067 帰還


 それから数日の時間をかけて、校舎への帰路につく。正確にマッピングできたことによって、迷うことなく最短ルートを進むことが可能だった。幸い、『闇人』のような厄介な敵性生物と出会うこともなく、スムーズに帰還を果たす。


 ――とはいえ。


 本当に問題があるのは、ここからである。


「――おかえりなさい――え?」


 ドミニクとサムエルの存在は、校舎に残っていた者たちからすれば、寝耳に水。突如として現れた見たことのない蜥蜴型の生物に、当然のごとく混乱する。イツキや菜乃子、新奈はリザードマンとの信仰を経て互いに理解し合うことが出来たが、校舎組の生徒はそうではない。当然、受け入れるにはいくつものハードルがあった。


「大丈夫だから」


 到着した直後、ドミニクらと顔を合わせる前に予め聖凪たちに説明をしていたのだが、いざ改めて対面すると、恐怖を拭い去ることは不可能だった。恐怖から、攻撃を仕掛けなかっただけマシかもしれない。


「る、ルミちゃん~~~~~~~さ、さすがに怖いかも~~~」


 堀青葉は、瑠海の手を握りながら素直に恐怖を口にする。


「アオちゃ、だ、駄目だって、ね? 怖がったら、失礼だから!」


「そういいつつも、ルミちゃんだってぇ~~~~」


 引き攣った笑みが、当然の反応を示している。わかりきっていたこととは言え、イツキは申し訳無さそうにドミニクとサムエルに視線を向ける。


「あー……なんか、申し訳ないな」


「いや、予想していたからな。むしろ、怖がらない方がおかしいだろ。デカい生物ってのは、それだけ脅威だしな」


「こちらからお仕掛けているのだから、不自由な生活も覚悟の上ですよ」


 対する二人は、柔らかな態度でそれに応じる。校舎組と打ち解けるには、まだ少し時間がかかりそうだ。青葉や瑠海は、まだマシな方だ。本当に恐れている者は、校舎から顔を出そうともしない。


「ひえ~~~、大崎ってば、いきなり帰ってきたかと思ったら、おっそろしい化物連れてきたよー!?」


 坪井凌大の工房に引っ込みながら、『武闘家』岩澤新泰が声を上げる。


「念のため、あの生物に脅されている可能性も考慮しておくべきだな」


 『風術士』本橋大地が、メイド服のデザイン案に目を落としながら言葉を零す。


「どうでもいいって。そんなことよりも、本橋! 次は誰にメイド服を着てもらうかだ――!!」


 関係ない感想を抱いている者もいた。江頭幸太は、すっかり自分の欲望に素直だ。


「おーい、稜大? 大崎が帰ってきたということは、中里だって――」


「……ニナちゃん」


 稜大が、お姫様のように崇めていた少女が帰ってきた。そのことが、彼の心に引っかかる。


「弾薬なら、たくさん作ってある。欲しくなったら、向こうから勝手に取りに来るよ」


「……そうか」


 彼女に尽くすことを喜びとしていた稜大は、しかし自嘲気味に言葉を零す。欲張りになりかけている自分が、恐ろしい。


「なぁ、ニナちゃんに着せるなら、どんなメイド服が似合うと思う?」


「猟銃で撃ち殺されるぞ」


 真顔で大地は答えるが。


「いいや、そんなこたぁねえって。あれでも、ちゃんと耳を傾けてくれるから」


 結局のところ、彼らにとってリザードマンは、二の次なのであった。



 ◆



「大崎くん、あなたやってくれたわね!!」


 帰還したイツキらを呼び出して、臨時会議が開かれる。発起人は、校舎組のリーダーである平山聖凪であった。


「いきなり異種族の方を連れ帰ってくるなんて! ちゃんと事前に許可を取ってからにしてよ!」


「えー? いや、だからドミニクらを待機させて、先に説明したわけで……」


「あんなに大きくて恐ろしい怪物だと口にしてなかったでしょ!!? 心の準備もできてなかったから、萎縮しちゃったじゃない!!」


 最初にリザードマンと対面した聖凪は、かちこちに表情を凍らせていた。恐怖を我慢して唇の震えが止まらない。誰がどうみても、ビビっていた。


「話せばわかるよ、気のいい奴らだ」


「知ってるわよ、そんなこと!」


 だけど聖凪は、意外な反応を示した。


「大崎くんが、裏切りの恐れがある人を連れ帰ってくるわけないじゃない! だから、ちゃんとおもてなししたかったのに……!! 私、失礼な態度を取ってしまったわ! どうしてくれるのよ!」


「ああ、そういう……」


 予想外に、平山聖凪は異種族に対して寛容だった。やはり、どこかズレているとしか思えない。


「厄介だぞ、聖凪は」


 その様子を見ていた『呪術士』楠本朱鷺が、含み笑いを堪えながら言う。


「尻に敷かれないよう、頑張ってくれ。ようやく、聖凪の調子が戻ってきたらしい」


 彼女は異世界にきてから、責任感と重圧に押しつぶされていた。以前、『盗賊』市原神美とのやりとりを経て、ようやっと自分らしい振る舞いを取り戻し始めていた。彼女は、成績優秀でおしとやかだったから、カースト1位だったわけじゃない。集団の中心にたって、周りを巻き込んで影響を与えるから1位なのだ。


「それで、お客様のお二人はどこに?」


「えっと……校舎に入ると怖がらせるからって、今のところは校庭の脇の小屋に……」


「おかしいな。あんなところに小屋があったっけ?」


 すっとぼけた問いかけを、朱鷺は口にする。


「いや、その……飼育小屋だな。中型動物が何匹も入る大きさだから……あのサイズの『リザードマン』でもぎりぎりなんとか……」


「飼育小屋!?」


 素っ頓狂な声を上げて、聖凪は続ける。


「お客様をなんてところに住まわせているのよ! 早く連れてきて! いいえ、私が行くわ! そんな失礼なことできないもの!」


 聖凪は決して、リザードマンが怖くないわけではない。しっかりと、本能では恐怖を理解している。だがそれ以上に、イツキの行動を信用していた。だからこそ、恐怖よりもおもてなしを優先してしまう。


「……大した肝っ玉だ」


 イツキ自身、リザードマンの集落で恐怖心を拭いには、ある程度の時間が必要だった。それなのに彼女は、はりぼての根拠だけで信頼するという。輝きを取り戻し始めたクラスメイトを見ていると、自分の立場が少しずつ狭まっていくのを感じた。だが、それほど悪い気分ではないのはなぜだろう。


「朱鷺、ついてきてくれる?」


「もちろんだとも」


「……あー、わかった。案内するよ」


 彼女たちの積極性のおかげで、人間とリザードマンの友好関係は急速に進む。だがそれは、確かなリスクと隣り合わせであることは、誰もが理解していた。


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