066 分かれ道


 松下華音とヴィヴィートの一騎打ちは、小一時間ほど続いた。圧倒的な防御力を誇る華音の守りを崩すには、歴戦の戦士でさえも手こずった。


「――決着だな」


 だが、体格差から生まれる体力が、勝負を決した。

 膝をつく華音は、兵装を維持する力すら残されておらず、突きつけられた剣に逆らえなかった。


「私の負けだ」


 数々の生傷を帯びながら、どこか清々しさを感じさせる表情。戦いの中で交わした思いがそうさせるのだろうか。


 決着を理解した観客が、わっと歓声を上げた。見ごたえのある一騎打ちを見せてくれたことで、彼らのテンションも絶好調であった。


「カノン、元気になった」


 新奈が嬉しそうに呟いた。


「久しぶりに笑顔をみたかも」


「…………」


 何者にも無関心のように見えて、実のところよく仲間を見ていた。そのことを、イツキはただただ思い知らされる。チート能力を得ても、足りないものがたくさんある。リザードマンの集落では、深くそのことを自省させられた。


 リザードマンに労いの言葉をかけられる華音の横顔は、不思議な充実感に満ちていた。校舎にいるときよりも生き生きしていたのは気の所為ではない。


 だからこそ。


 松下華音がリザードマンの集落に残ると言い出しても、誰も驚きはしなかった。



 ◆



 出発の朝。

 憑き物が落ちたような表情で、華音は口を開く。


「――もっと強くなってから、校舎に戻るよ」


 環境が人を育てる。

 彼女にとってリザードマンの集落は、絶好の経験値稼ぎの場だ。それを見過ごすほど、彼女は愚かではなかった。


「本当に、いいんですか?」


 最後まで菜乃子は不安げだったが、新奈やイツキは彼女の決断に異を唱えない。彼女の決断の重さを理解しているのだ。


「これじゃあまるで、人質交換みたいだな!」


 能天気に笑うドミニク。

 彼もまた、華音のように異種族の文化に興味を覚えた存在だ。


「……本当に、ついてくるのか?」


「おう! コウシャって建物に、興味あんだよ。異世界の技術で作られたんだろ? 『建築士』として、ひと目見てみてぇわけだ!」


「ごめんなさい、この人は一度言い出したら聞かないから……」


 『建築士』ドミニクとその婚約者サムエルが、イツキたちに同行したいとの申し出があった。少し悩んだものの、華音が世話になることと、『建築士』の魅力には抗えなかった。以前の『血溜まりの夜』でボロボロになった校舎を、どうにか改築したいと逡巡していたところだった。


「俺たち以外の信頼を得るのは、難しいぞ。それに、身の安全を保証することも出来ない」


「わかってるって、そんなこと。だけどそれは、ここに残ったって同じだろ? だったら、自分のやりてぇことを優先したいじゃねえか」


「そういうわけだから、許して頂戴。こう見えてこの人、腕は優秀だから」


「新婚旅行みたいですね」


 仲睦まじい二人を見て、菜乃子もすっかり毒気を抜かれてしまっていた。警戒することすら馬鹿馬鹿しくなるほど、企みの影は見えやしない。


「ドミニクは使い勝手がいい。是非とも、使い倒してくれ」


「こちらこそ、松下さんをよろしく頼みますよ。最強の戦士にしてくれ」


「もちろんだ」


 サイズ感の違う握手は、握るというよりも覆うようなものだった。だが、その手付きの優しさに、リザードマンとイツキらの友好が感じ取れた。


「ねえ、ヴィヴィート」


 それから新奈は、抱えていた銃を差し出した。


「これ、使って。『闇人』が来たときの対処法が必要だろうから」


「……これは?」


 新奈が切り札として使用していた、猟銃である。もちろん、聖女の加護つきの弾丸もセットである。


「使い方は、カノンに聞いて」


「……貴重なものではないのか?」


「そうだけど?」


 何か? と。

 当たり前のように、新奈は首を傾げる。


「次に襲撃を受けたら、ひとたまりもないんでしょ? だったら、カノンのためにもこれを渡しておく。だから、負けないでね」


「……そうか」


 新奈の気遣いを受け入れたヴィヴィートは、深々と頭を下げる。


「心より感謝する。『闇人』が侵攻してきた際には、リザードマンの誇りをかけて彼女を守ろう」


「敵わないなら、逃げるんだよ。生きることを、諦めないで」


「……そうだな」


 自分よりも小柄な少女に、心よりの感謝を捧げるヴィヴィート。やはり彼らにとって、彼女は救世主様なのである。


「出来ることなら、そなたにはずっとこの集落にいて欲しいのだが」


 族長であるブラジェイは、今もまだ新奈を求めているが。


「これ以上ここにいても、意味がないから」


「心苦しいな。これほどまでに我らの文化が乏しいことを嘆いたことはない」


「そういう意味じゃない。ニナたちだって、あまり余裕はないから」


「……そうか」


 ぐっと、言葉を堪えて。


「それならまた、是非ともこの集落を訪れて欲しい。我々は、君たちの来訪を心より望んでいる」


「わかった」


 それ以上、ブラジェイは引き止めの言葉を口にしなかった。彼女の意志を尊重することもまた、彼らにとって大切なのだ。


「お世話になりました」


 荷物をまとめたイツキは、改めて別れを告げる。短い間だったが、リザードマンには随分とよくしてもらった。友好的な関係を築けたことは、大きな収穫と言えるだろう。


「大崎、面倒をかけるな」


 気まずそうな笑みを浮かべながら、華音はいう。


「松下さんの方こそ、大変そうな選択肢を選んだね。だけど、悪くはない」


「次に会うときは、お前たちの信頼を得られるような戦士になってみせるさ」


「あはは」


 知らない間に、一皮むけている。その時点で彼女は信頼の置ける仲間だというのに。


「では、そろそろ行くですよ」


「よし」


 出発の挨拶もそこそこに、彼らはリザードマンの集落を出発する。ここに来たメンバーが一人減って、二人増えた。旅は道連れ世は情け。人間とリザードマンという歪なパーティが、再び食人鬼の森を目指す。


「人の住まう里、楽しみね、ドミニク!」


「おう、楽しみだなぁ!」


 寡黙な華音と違って、なんとも賑やかな道のりになりそうだった。


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