063 初めての異文化交流
それから数日間、人間とリザードマンの奇妙な交わりが始まった。最初こそ、互いに警戒混じりに接していたものの、もっとも信頼されている新奈が躊躇いなく関わりを持とうとしたことで、ゆっくりと慣れ親しみ始めていた。
「これは何?」
「魔物の肉でございます。大平原に生息する、我らの主食となる食料です。お気に召していただけましたか?」
食事に招かれ、過分に振る舞われる食卓。
ためらうことなく手を付ける新奈に、リザードマンたちの目元が緩む。
「悪くない」
「ははは、中々舌が肥えていらっしゃる」
明け透けなくやり取りする新奈の人格は、彼らからも親しみやすいのだろう。
「よう、人間」
そんな中、イツキらに興味を持つリザードマンが現れ始める。
「俺の名前は、ドミニクだ。ここでは『建築士』をやっている。お前らの住んでいる家も、俺が作ったんだぜ? 凄えだろ!」
比較的若めの、小柄なリザードマンが声をかけてきた。小柄とは言っても、成人男性よりも一回り大きい。あくまで他のリザードマンと比べての話である。
「大崎イツキだ。よろしく」
彼らには握手の文化がないため、名前を告げて微笑む。ドミニクはリザードマンらしい厳かな雰囲気はあまりなく、彼らの中でも親しみやすい雰囲気を纏っていた。
「中里さんなら、うちにはいないよ。族長のところじゃないかな」
彼女を尋ねてくるリザードマンは大勢いるため、このようなやり取りは日常化していた。ドミニクもまた、その手の者だと勝手に想像していたのだが。
「ん? いや、特にそういうわけじゃない。普通に、人間に興味があっただけだ」
「……へえ」
目を細めるイツキ。
「あの方は、ちょっと気軽に声をかけらんねえだろ? だが、イツキは別だ。同じ男として、付き合ってくれると思ったわけよ!」
明朗に笑うドミニクは、前向きな性格をしているようだ。相手から距離を詰めてくれるとは。
「それなら俺も、リザードマンの風習や文化に興味がある。是非とも話を聞かせて欲しい」
「よしきた!」
それから二人は、長時間に渡ってとりとめのない会話を交わした。情報収集のための雑談というよりは、横道に逸れたり、脱線したりと、実に自由気ままな内容だった。イツキ自身、最初こそ情報を引き出してやろうと臨んだものの、ドミニクの会話好きの一面に流されてしまい、主導権を失った。
「んで? イツキはどいつが本命なわけ? まさか三人全員ってことはねえよな?」
種族は違えど、恋愛の話で盛り上がるのは変わらない。女子三人、男子一人のグループを見つければ、そういう質問が飛び出すのも自然な流れだろう。
「いや、今んところはそういう感じじゃなくて……」
「あ、わかった。本命は拠点に残してきた仲間の中にいるんだな?」
「え」
一瞬、鹿島心の横顔が脳裏に浮かんだ。慌てて首を振りながら否定する。
「い、今は生き残ることしか考えてないんだよ。ほら、さっきも言っただろ? 俺たちは転移したばかりで、何もわからない。そういうことに夢中になっている場合じゃないんだ」
「そんなもんか? むしろ、逆なんじゃねえの」
砕けた口調で、ドミニクは続ける。
「いつ死ぬかもわからないからこそ、今を大事にしろって。守るべきものがいると、死ぬほど頑張れるぜ?」
「……ああ、ドミニクは婚約者がいるんだもんな」
「へへへ」
ドミニクは、リザードマンの集落において、特に重要なポジションについているわけではない。だが、ドミニクは族長の娘と幼い頃から時間を共にし、彼女との婚約を結ぶにまで至ったという。
「本当なら、あいつはヴィヴィートが娶るものだと誰もが思っていたんだが……諦めなければ、幸せってもんは舞い込んでくるんだな」
「口説き落としたの?」
「そりゃもう、惨めになるくらいに」
「よく婚約できたな」
「うるせえよ!」
ドミニクとの会話を通して、リザードマンの集落の実情を概ね理解することができた。彼らはとても好戦的で、勇敢な種族だ。しかし、一方で義に厚く、不遜を嫌う傾向にある。偶然とはいえ、彼らとの関係を深められたのは僥倖だった。出会い方を間違えれば、武器を取り合っていたかもしれない。
「コウコウのコウシャ、にお前たちは住んでいるのか? 建物ごと転移するなんて、聞いたことねーなぁ」
『建築士』であるドミニクは、校舎の話題になると飛びついてきた。仕事柄、やはり異世界の技術は気になるのだろう。ちなみに、彼らにはイツキたちのような天職は預かってはいない。割り振られた職業は存在しているが、天職とそれは格が違っていた。イツキのように、瞬時に道具を縫合したり、素材を生成することはできない。故に彼らの生活は、どこか原始的な側面があった。文明レベルは、イツキらとそう変わりがないように思う。
「今度、うちの嫁を紹介するよ」
「まだ婚約者だろ」
「うるせえ、時間の問題だ」
親しみを深めていたイツキは、ふと転移する前の記憶を思い返していた。あの頃、クラスに馴染めていなかった自分は、こんな風に誰かと雑談をすることはなかった。この世界にきて、梅木に裏切られ、それ以降は人が変わったように気を張り詰めていた。今、目の前にある安らぎが、本来の自分を想起させる。
「……気を緩めすぎるなよ」
こんこん、とこめかみを叩いて、自分を諫める。
ドミニクを信頼していないわけではないが、それとこれとは話は別なのだ。いつか、彼らと対立する理由が生まれるかもしれない。種族の違い、文化の違いが、決定的な摩擦を生んでしまうかもしれないのだ。そんなとき、自分はどうするべきか。
「サムエルも、人間に興味津々なんだ。今度、紹介するよ」
「ああ、楽しみにしている」
人懐っこい、少年のような心を持つリザードマン、ドミニク。
願わくば、いつまでもこのような関係を続けていきたいものだ。
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