060 襲われた集落
此処から先は、もう一段階リスクが上昇する。覚悟を決めたイツキらは、気配を殺して食人鬼の森を抜けることを選択する。菜乃子の索敵によれば、森の果ては近いという。リザードマンや『闇人』と遭遇していたことも、その証なのかもしれない。
「…………」
そんな中、新奈は許可を取ることなく先行し始める。松下華音が先頭を進んでいたが、彼女では不意打ちに対処できないだろう。特に『闇人』は、現状では新奈の弾丸以外の攻撃を素通りする。
「……よし」
森の中を飛び交うように、木の枝を伝って進んでいく。小柄な彼女の体格と、『狩人』の特性におかげで授かった身体能力だ。森の中の彼女は、ひときわ曲者である。
やがて彼女は、イツキらよりも先に食人鬼の森の最果てを目にすることとなる。
「……広い」
森の終わりに待っていたのは、広大なる大平原だった。地平線がくっきり見えるほど、景色は開けていた。しばらく辺りを様子見していると、下りの起伏のある場所を発見した。その先に、集落のようなものが見え隠れしている。
「……リザードマン」
高い木に登った新奈は、類まれない視力で集落を観察する。
「うおっ、何だこりゃ!」
遅れてイツキたちも、森の終わりに辿り着く。
「凄いな……これは。美しい平原が広がっている……!」
その後に続くように、華音と菜乃子が姿を見せた。
「イツキ」
「ん?」
頭上から声をかけられたイツキは、新奈の存在を確認する。
「集落がある。たぶん、リザードマンの」
視線を固定したまま、報告する。
「だけど、なにか変。慌ただしい……? いや、襲われている?」
「なんだって?」
「――『闇人』だ」
イツキらの脳裏に走る戦慄。
そして自分たちに課せられた、『どうする?』という四文字。
◆
集落内に響き渡る悲鳴と混乱は、『リザードマン』たちにとって絶望に近い状況であった。帰ってくることのない偵察兵、突如として現れた『闇人』、死に囚われる仲間たち。通常、このあたりに存在するはずのない凶悪な魔物が襲撃してきたことにより、阿鼻叫喚の地獄と化す。
「奴らには物理攻撃は通じん! 速やかに、集落を放棄して逃げよ――!!」
すでに何人もの仲間たちが、『闇人』に取り憑かれて眠るように殺されていく。死んでしまったことが信じられないほど、美しい死に様だ。まだ生きていると勘違いして、助けに行ったものから狙われていく。
「撤退だ、撤退だー!!」
その中でひときわ声を張り上げているのは、リザードマンの集落の次期族長、ヴィヴィートだった。他のリザードマンよりも二回りほど大きいその肉体は、美しく鍛え抜かれていた。だが、これまでの血の滲むような鍛錬ですら、『闇人』には通用しない。
「逃げるったって、どこにですかっ!?」
族長の娘である、サムエルが悲鳴のような声を上げた。
「わからぬ! だが、逃げる以外にどうしようというのだ!!」
彼らにとって、今回の『闇人』の襲撃は寝耳に水の展開である。そもそも、ここら一帯で『闇人』が目撃された事例すら存在していない。ましてや彼らが集団で集落を襲うなど、前代未聞である。屈強で優秀なリザードマンの集落は、彼らの奇怪な行動により地獄と化す。
「何してんだ、サムエル! 誰よりも先にてめーが逃げなきゃなんねーだろが!」
「だ、だけど……!!」
サムエルの幼馴染である、ドミニクが声を荒らげていた。
「先に逃げろ、二人共」
ヴィヴィートが、殺意をむき出しに『闇人』と対峙する。手には綺羅びやかな剣が握られており、彼の実力の高さが伺えた。だが……。
「ば、馬鹿言うな、ヴィヴィート! お前でも、『闇人』は斬れねえだろ!!」
「やってみなければわからん」
筋金入りの頑固さでもって、回答する。だが、誰かが『闇人』を引き受けなければ、逃げることもまた困難である。
「お前は、次期族長なのに」
ドミニクは、半泣きになりながらサムエルの手を握りしめる。
「俺は、心に従うぞ!」
「そうしろ」
振り返ることなく、剣を握り締めるヴィヴィート。
そして、背後で足音が遠ざかっていくのを確認した彼は、一呼吸置いて――一瞬で、『闇人』に斬りかかる。
「……ふん」
だが、当然のように刃は『闇人』の身体を貫通する。まるで手応えのない感覚に、戸惑いを隠しきれない。
「化け物が」
それでもヴィヴィートは、愚直に剣を握り締める。
剣で斬れないものはないと、彼は信じているのだ。
「――次こそは、斬る」
気が狂ったわけではない。
やけになったわけでもない。
本気でそう思っているからこそ、彼は今日まで最強のリザードマンとして君臨してきた。
相手が『闇人』であろうと、関係ない。
だが。
――BANG!
耳にしたことのない炸裂音が聞こえたかと思うと、『闇人』の身体を白い光が貫いた。すると『闇人』の身体はたちまち苦しそうに震え、光に飲まれるよう消滅していく。そこにいたものは、何が起きたかを理解していない。否、ただ一人――ヴィヴィートだけが、弾丸の軌道を目視していた。
「……何者だ?」
それからも絶え間なく続く銃声。
一発毎に、『闇人』はこの世に存在を留めることができずに、祓われてゆく。
「いや、今はただ、感謝しておくべきか」
小高い丘の上に、見慣れない猟銃を構える少女の姿を、ヴィヴィートは捉える。銃の存在を知らない彼らは、彼女が魔法のような力を用いて、『闇人』を祓ってくれたのだと認識する。
「ヴィヴィート! 『闇人』が……!!」
「ああ、わかっている」
戻ってきたサムエルとドミニクが、喜びに満ちた声で言う。
「一体、何が……? ヴィヴィートが、『闇人』を……!?」
「いや、違う。私では、手も足も出なかった」
「なら?」
「あそこだ」
小高い丘にいた少女が、すっと立ち上がる。
すべての『闇人』を、撃ち抜いた彼女は、ゆっくりと背を向けていた。
「待て」
ヴィヴィートが、声を漏らしていた。
聞こえないはずの距離でも、構うことなく訴えかける。
「待ってくれ……!! 今の力は、一体どういう――!!」
聞こえないのなら、聞こえる距離まで追いかければいい。
ヴィヴィートは後先考えることなく、彼女の背中を追いかける。
「おい、ヴィヴィート!?」
呼びかける声をも無視して、彼は走り続ける。
どうして? お礼を言いたかったから? 違う。
――どうやって、『闇人』の身体に干渉できたのか?
その答えが、喉から手が出るほど欲しかったのだ。
集落を守る『竜戦士』ヴィヴィートは、どんな相手が相手だろうが負けるわけにはいかないのだから。
「――初めまして」
そこには、見慣れない生物の姿があった。
一人は、先程の少女だ。
近付いてみれば、想像していたよりも遥かに小さい。
もう一人、同じくらいの背丈の少女がいる。彼女は男の背中に隠れるように見を縮こませている。だが、視線だけは確かにヴィヴィートに向けられていた。
「……貴殿らが、『闇人』を祓ってくれたのか」
「厳密には、この子一人で、だけどな」
中心で笑顔を浮かべる青年は、その裏に力強い警戒心が伝わってくる。友好的なのは、見た目だけだ。
「ならば、礼を言わなければならんようだな。リザードマンは、受けた恩を忘れない」
それに、と。
「不躾だが――先程の攻撃は、見事であった。改めて礼を言わせてもらう」
心からの尊敬を、『狩人』の少女に向ける。
「我が名は、ヴィヴィート。この集落の次期族長である。此度の礼に報いるため、どうか我らが集落に立ち寄っていただけないだろうか」
違う。
ヴィヴィートが彼らを集落に招きたいのは、礼を伝えるためではない。先程の少女含め、明らかに手練の存在を見て、血肉湧き踊った。本来、リザードマンは好戦的な種族である。強き者を見ると、利害によるところよりも、信念に基づく部分で行動してしまう。
義を失ったわけではない。
それ以上に、『闇人』に屈した自分と、それをたやすく打ち破った少女の存在に恐れおののいたのである。
「……本心ではなさそうですが、嘘は言ってなさそうです。信じてみても良いのでは?」
「そっか」
そして男は、最後に言った。
「『闇人』を祓ったのは、この子の独断だ。俺は、放っておくべきだと結論付けていたから、変に感謝しないで欲しい。人の手柄を奪うつもりはないからな」
「……承知した」
それでもヴィヴィートは、意志固く続ける。
「それでも、貴公らに救われた事実は爪の先ほども変わらん。心より、感謝している」
「……義理堅いんだな」
それが、イツキたちとリザードマンの、初めての邂逅である。
そして、地獄のような戦いの、始まりでもある。
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