056 息災を


「ニナもいく」


「え?」


 イツキの調査隊に立候補したのは、全く予想していない人物だった。


 『狩人』中里新奈。

 戦闘職と生産職の中間にいる、狙撃手だ。肩にかけられた猟銃が、彼女の意欲をありありと示していた。


「理由、聞いてもいい?」


「イツキと菜乃子が死んだら困るから」


 彼女は集団の利益を求めない。いつだって、己の利益を優先する。


「まだ、ニナの衣装を作ってもらってない。菜乃子、デザインにこだわりすぎ」


「……そういうこと」


 戦闘職ではないが、戦闘職並みに戦力が期待できる相手だ。確かに、『狩人』は探索に向いている天職である。申し出を断る理由は見当たらない。


「肉なら、多めに狩っておいた。燻製にしておいたから、保存にばっちり。ニナが留守にしても、瑠海がいる。問題はない」


「わかったわかった」


 きらきらとした瞳を真っ直ぐ向ける。これと決めたことに対しては、彼女はどこまでも素直だ。


「それに、イツキと菜乃子の隣の方が、ニナも安全だし」


「……ん?」


「私は、勝てない相手の味方になる。それが、自然界を生き抜く秘訣。弱者は強者に従うべき」


 彼女は独特の感覚で、イツキや菜乃子のチートっぷりを確信していた。だからこそ、側にいることで利益があると見込んでいるのだ。どこまでも正直な奴だと、イツキは苦笑いを浮かべる。


「遠くに行って、死なれたら困る。イツキたちがいないと、校舎組は全滅するから」


「……そうならないように、頑張ってんだよ」


 聖凪の雰囲気は、以前に増して明るくなっている。よく笑うようになったし、気が付けば誰かが聖凪に声をかけるようになった。リーダーとして、立場を築き上げつつある。だから、以前のような状態ではないはずなのだが。


「暴力だって、大事」


「……そうだな」


 勘がいいから、やりづらい相手だ。正直な話、新奈はイツキが一番苦手とするタイプである。誤魔化しや嘘が通じず、本質を見極める。もし、チート天職に恵まれていたら、彼女はとてつもない存在感になっていただろう。


「んじゃ、明日の早朝に校門前に集合な」


「わかった」


 それでも頼もしい味方であることに変わりはない。



 ◆



「ねえ、大崎」


 鹿島心が、目を逸らしながら声をかける。


「……ん?」


 翌朝。

 出発の準備を終えたイツキは、集合までの時間、周囲の罠の張り直し作業に勤しんでいた。これからしばらくの間、校舎を留守にする。万が一、何者かに襲撃されたときのために、強力な罠を残しておきたかった。


「珍しいな、こんな朝早くに」


 まだ、朝日が昇り始めた頃合いだ。


「別に」


 見送るために、わざわざ早起きした。なんて、口が裂けても言えやしない。


「理由もなく目が覚めることだってあるでしょ」


「そりゃそうだ」


「…………」


「…………」


 それからしばらく、両者の間に無言が流れた。イツキはひたすらに、黙々と罠の強化を施し続ける。片や心は、そんなイツキの様子を穏やかに見つめていた。言葉を話すことはなかったが、不思議と居心地の悪さを感じない。むしろ、それは二人にとって極々自然な空間のように感じられていた。


「あー……」


 しばらく経った後、沈黙を破ったのはイツキの方だった。


「そういや、出発する前に衣装を作り直そうか? 可愛いのがいいって言ってたよな」


 今、心が身に着けている衣装は、夜這い騒動があった夜、イツキが急ぎて間に合わせた子供らしいデザインのもの。決して、心の趣味ではないものであった。それから時間は経過して、いつかは改めて衣装を用意しようと思っていた。新奈のように強いこだわりがなければ、ある程度の衣装なら用意できる。――いや、用意してあげたい。それが、イツキの偽りなき本心だった。


「んー、そりゃ可愛い心を更に可愛くする衣装は欲しいけど……」


 だが、煮え切らない心の回答。


「今はこれ、愛着持っちゃったしなぁ」


「……っ」


 くしゃっとした苦笑いですら、整いすぎていて見惚れてしまう。絶対なる美しさの前に、イツキの心は不覚にも暴れる。


「それに、今は可愛い服を楽しんでいる場合じゃないし。この後、すぐに出発するんでしょ? そんなもののために魔力を消費しちゃ駄目だって。大崎らしくないわね」


 ふふふ、と素の笑いを零す。

 言われて初めて、確かに自分らしくないとイツキは気付かされる。


「変わったな、鹿島さんは」


「心って呼びなさいよ。そっちの方が、可愛いでしょ?」


「ああ、そうだな」


 そうまで言い切られると、認めるしかない。


「確かに心は、可愛いよ」


「よし」


 嬉しそうに、満面の笑みを浮かべる。その言葉が、何よりも彼女が欲しかったもの。


「その代わりさ、みんなが安心して暮らせるような場所を作ってよ。んで、それから心のためのカワイイ衣装を作って! それも、一着じゃ駄目だからね! たくさんのカワイイを作るの! ね?」


「また無茶なことを」


 だが、それはイツキの目指すところと限りなく近い未来だ。現実世界に帰ることが叶わないのなら、自分たちが安全に暮らせる囲いが必要だ。


「だから」


 ふっと、素に戻った心は。


「――気をつけてね」


「ああ」


 穏やかなとは、また違う。

 されど悲しみを帯びたわけでもなく。


 様々な感情を磨り潰して、極々自然に紡がれたその一言。

 彼女はそれを伝えるために、頑張って早起きしてきたのだ。


「お土産よろしく」


「魔物の首でも持ってこようか?」


「さいてー」


 二人きりの空間で、楽しそうに破顔する。

 朝焼けの雰囲気が、もしかしたら彼らの心を感傷的にさせているのかもしれない。


「……ハァ」


 そんな二人を、草葉の陰から見守る影。


「ゴシュジン、イガイト、ヘタレ……」


 泥人形こと「いっくん」が、ため息をついていた。


「チュー、シロ! オラ! チューダ! ナンナラ、オシタオセ! ドーセ、アイツ、ドーテー、ダロ!! イケ、イケイケイケイケ!!」


 居酒屋で悪酔いする親父のような、ガサツな応援。


「ヤッチマエ! オラ! ヤッチマエ! カァー!!! ニンゲン、マジ、ヘタレ……!! ココロ、ヘタレ……!! ザコ……!!」


「……誰が雑魚だって?」


「ア……」


 はしゃぎすぎた泥人形は、容易くご主人さまに見つかってしまう。


「あんた、坪井の工房の材料になってみる? さぞ出来の悪い素材になりそうだわ……!!」


「ヒ、ヒヒィィィイ――!! ゴ、ゴジヒヲ~~~~!!!」


「まったく……」


 ため息をつきながら、やや罰が悪そうにイツキの方へと振り返るココロ。


「…………」


 だが、彼は泥人形のことは気にもとめず、黙々と罠の作業に没頭していた。


「……無事で帰ってきなさいよ」


 聞こえないような声で呟いた心は、足音を殺しながらその場を立ち去ることにした。

 これ以上、彼の仕事の邪魔をしてはならないと判断したのだ。


「ゴシュジンノ、キャラナラ、モット、ガツガツ、イッタホウガ、ヨクネー?」


「うっさい」


「イテッ!」


 帰りを待ってくれている人がいる。

 そのことが幸せだと気付くまでに、まだもう少し時間がかかりそうだ。

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