046 押しに弱そうな女子を探せ!


「――糸が欲しい?」


 二年六組の教室を訪れた本橋大地は、江頭幸田と同じ『仕立て屋』であるイツキに協力を求めにやってきていた。


「ああ。仕事で使う訳では無いが……その、人間関係の形成に必要なんだ。大崎なら、質の良い素材を持っていると聞いてな」


「ふぅん」


 江頭幸田と本橋大地がペアを組まされていることは知っていた。なるほど、察しのいい委員長は、自ら率先して打ち解けようとしているのか。


「じゃ、貸しってことで」


「助かる」


 必要な糸の種類を聞いたイツキは、備蓄しておいた素材を手渡す。戦闘用に張り巡らせる糸とは違い、これらの素材用の糸は生成に少し時間がかかる。初めて能力を発動させたときのように、一瞬で生成し、縫合することも出来なくはないが、節約しておきたいのが正直なところだった。強力な能力ではあるが、いかんせん燃費が悪いのだ。


「しかし、聞いた感じだとろくでもない衣装を作りそうだな……」


 苦笑いを浮かべながら、知らんぷりを決め込むイツキ。



 ◆



「おーい、素材貰ってきたぞ」


「わっ!?」


 実家に帰るような感覚で、家庭科室の扉を開く大地。やはり幸田は鉛筆を握りしめたまま机にかじりついている。もう何度目のデザイン案だろうか。


「上等な素材らしいぞ。よかったな」


「あ、あ、ありが、とう……」


 気さくに接してくれる相手というのは、久しぶりだった。あの日以降、宣言通り、家庭科室に通い詰めた大地は、メイド服の制作に協力していた。


「しかし、何を悩んでいるんだ?」


「こ、細かいところだよ……フリルをどの程度盛るかとか……あとは、どんな人に来てもらうようにイメージするとか……似合う、似合わないもあるし、向き不向きもある。前は、菜乃子ちゃんだけを考えておけばよかったから……」


 肝心の彼女に拒絶されて、すっかり意気消沈していた。最初こそは息巻いていたものの、やはり強い言葉には弱い。


 ひとまず、自ら着たくなるようなメイド服を作るところがスタート地点だったが、いきなり躓いてしまう形となってしまった。


「最初は、誰かをイメージしてしまえ。他人のために用意したものが、他の誰かの目に魅力的に見えることもあるはずだ。お前は、まっすぐそこに突き進んだ方が力を発揮できる」


「た、確かに……」


 器用な真似は、自分には出来ない。

 やれるところから、手を付けてみようか。


「あれ? 何やってんの本橋? こんなところで珍しいね」


 そこに、たまたま通りがかった鹿島心が窓越しから声をかける。突然の女子高生の登場に、幸田は反射的に目を逸らしてしまう。


「仕事を任されてな」


「ふーん、サボってるのかと思った」


「鹿島こそ、随分と暇そうだな」


 鹿島心は、大崎によって制作されたラフな衣装に身を包んでいる。もともと、モデルをやっていたこともあって、どんなものでも着こなし方が様になっている。だが、メイド服はどうだろう? 露出を抑えられば抑えるほど、彼女のスタイルが隠れてしまう。


「なぁ、鹿島。お前、もしあれだったら――」


「待って待って待って!!」


 慌ただしく、幸田が本橋の口を封じる。


「な、何をする! 駄目でもともと、声をかけてみるのは――」


「無理」


 顔を真っ赤にさせながら、幸田は続ける。


「無理無理無理無理!!! げ、芸能人とか、無理!! し、死ぬぅ……!!!!!」


「……やれやれ」


 光の当たる場所には、とことん弱かった。もはや、鹿島という存在は彼にとっての太陽なのだろう。遠くから直視しようとしても、眩しすぎてみれない。近付いてしまえば、その身を焦がす。


「へー、あんたら意外と仲良いんだ」


 興味なさそうに、適当な言葉を残して去っていく心。彼女にとって、特に何でもない会話だったのだろうが――。


「……し、死ぬほど緊張した……」


「……相手は、同じ高校生だぞ。ったく、変に意識しやがって……」


 はぁ、と。

 苦笑いを浮かべながらも、大地は幸田の性格を面白がっていた。


「んじゃ、鹿島は諦めるとして……他に、誰か着てくれそうな女子はいるかな」


 顎に手を当てながら、思考する。


「……神野は?」


「め、メンヘラはちょっと……あと、近付いただけで、刺されそうだし……」


「似合うと思うがな」


 幸田からしてみれば、そこで神野帆南海の名前が出てくることは意外だった。何故彼は、彼女の名前を口にしたのだろう。


「……もしかして、本橋ってああいう女子が好みなの?」


「…………」


 予想外の質問に、言葉が詰まる大地。


「……いや、そういうわけじゃ」


 眼鏡の位置を中指で直しながら、言葉を続ける。


「あいつとは、小学生の頃からの付き合いなんだよ。だから、すぐに名前が出ただけだ」


「……幼馴染」


 ぐっと、唇を噛みしめる幸田。女子とのそういう関係が、彼にしてみれば喉から手が出るほど羨ましい。


「断っておくが、お前が気にしているような関係じゃないからな。付き合いなんてほとんどなかったし、今では他人だ。いや、クラスメイトか……」


「で、でも、名前が出てくるくらいは、気にしているんだ……」


「……やれやれ」


 こと女子のことになると、なかなか引き下がってくれない。


「別に、深い意味はないぞ。ただ……あんな風に、メンヘラをこじらせるような女子ではなかった気がするだけだ。大人しめではあったが、聡明な女の子だった」


 もういいだろうと、話を打ち切る大地。


「じゃ、他は? どうせ、平山聖凪も難しんだろう?」


「か、鹿島さんよりはマシだけど……やっぱ、恐れ多いっていうか……普通の子がいいなぁ……」


「……まぁ、平山さんのようなタイプは、お前みたいなやつとは相性が悪そうだもんな。逆に、松下華音はどうだ? 意外と、ああいうタイプが……」


「ない」


 即答だった。


「怖いし、恐ろしいし、何よりメイド服が似合うとは思えない。あれだけは、絶対にない」


「……厳しい奴だな」


 男子顔負けの運動神経を誇る彼女は、男子よりも女子からの人気が高い。平山聖凪の側に帯同している様は、騎士のようである。


「あ」


 ふと、丁度いい相手を思いついた大地は。


「――堀青葉はどうだ?」


 確信を得て、名前を口にした。


「彼女はとてもいい意味で、普通の女子高生だろう。等身大の女の子って感じだ」


「それ、アリ」


 びしっと。

 間髪入れずに、幸田は指を指した。


「堀さん、押しに弱そうだしイケそう」


「お前が押すのか?」


「……交渉は、本橋の仕事だろ」


「お前……」


 いい感じでクズっぷりを発揮している。だが、男同士の間では悪い気はしない。こういう明け透けのない会話が、不思議と心地よかったりするものだ。


「堀さんのためのメイド服を製作するぞ! うおおお!! テンション上がってキター!!!」


「……いや、採寸は?」


「ふん、問題ないよ。すでに彼女のデータは我が手中にあり!」


「はぁ? 『仕立て屋』って、他人のスタイルまで読み取れるのか。恐ろしいな」


「いや、えっと」


 言葉を濁す幸田は、言わなくてもいいのに正直に答えてしまう。


「……酒井先生の机に、健康診断のときのデータがあって……それを、ちょいと……」


「……お前、最高だな」


 これには、さすがの大地も大笑いだった。

 女子からしてみれば最低極まりない行為だが、もはやここまで来ると笑うしかない。


「ちなみに、小野寺瑠海は駄目なのか?」


「うーん、悪くはないけど……ちょっと性格悪そうじゃない?」


「あれくらい、普通だろ……」


 彼女の名誉のために補足しておくが、瑠海は決して性格が悪いわけではない。社交性の高さから感じる人付き合いの広さや、頼まれてもはっきりと断れるだけのしたたかさが、幸田の目には性格が悪いように見えるだけである。自分にとって、良いか悪いか。対人経験の浅い幸田にとって、それだけが相手を評価するポイントだった。


「勝手に人を内面を判断するのも、ほどほどにしておけよ」


「……ど、努力するよ……」


 江頭幸田には、危うさがべっとりとこびりついている。そのことを理解していた本橋は、経験を積むことで馬鹿な真似をしないように成長させたいと思うようになっていた。彼の考えや発想が未熟なのは、彼が悪人だからではない。ただ、成長する機会をスルーしてしまっただけ。


「……と、思わないとやってられん」


 頼むから、友達のままでいてくれよ、と。


 いつの間にか情が湧いてしまっていることに、彼はまだ気が付いていなかった。

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