045 メイド女子高生誕生計画
好き嫌いがあれば、相性の有無もある。人と人が生活していく中で、馬の合わない相手がいるのも仕方がない。梅木一派が支配している間は、気心の知れた仲間同士だけで行動することがほとんどだった。今更、交友を深めようとは誰も思わなかったのだ。
イツキ自身、信頼できる仲間と話す機会が多くなっていたことを自覚しながら、その状態が危ういことを理解していた。自分たちはまだ、互いに何も理解していない。同じ教室で生活していながら、関係性を育めてはいないのだ。
「あえて、ミスマッチを作ろうと思う」
イツキが聖凪に提案したのは、異文化交流。
仕事の効率化の悪化に目を瞑りながら、人と人とを繋ぎ合わせて、相性の中身を探る。相手を知り、自分を知ってもらうことが、何よりも重要だと考えていた。
「……うん、良いと思う! 強引に引き合わせるやり方じゃないのなら、私も賛成。えっと……仕事の割り振りを、今までになかったような組み合わせにしたら良いんだよね」
「ああ、互いの仕事内容を把握しておくこと、学んでおくことが大切だという名目で行うんだ。まぁ、あんまりソリが合わなさそうな組み合わせは避けて欲しいけど、クラスメイトのことなら平山さんが一番詳しいと思うから、そこは任せるよ」
「わかったわ」
リーダー就任以降、彼女はとても精力的に努力を重ねていた。イツキの期待以上に、みんなの先頭に立ちながら、集団を統率している。多少爪の甘いところはあるものの、友達の朱鷺がそれをサポートする形だ。最初こそイツキへの怯えが目立っていたものの、忙しさからその様子もすっかり薄れていた。
だが、誰しもが平山聖凪のように、後悔や苦悩をバネにして前を向けるわけではなかった。大崎イツキのことをよく思わない人物もいる。周囲が変わろうと努力をしていても、冷めた目で変わることを拒むのだ。それはもう、個人の習性といってもいいものだろう。
◆
江頭幸田 序列26位 『仕立て屋』
大崎イツキの影に隠れてしまった、いわゆるオタクグループの針金のような体格の男子高校生である。普段は坪井稜大と、校舎組から離脱した古市七翔の三人グループを形成していた。もちろん三人とも、筋金入りのオタクである。彼らは閉鎖的なグループの中で共通の話題で盛り上がり、学生生活を謳歌していた。特にイジメられることもなければ、変に干渉されることもなく、独立した人間関係を完成させていたのである。
「古市の奴、僕たちを裏切りやがって、細谷についていきやがってさ……」
一人、家庭科室にこもる彼は、もう何度目かわからないほどの恨みを口にしていた。
「ど、どう考えたって、校舎の方が安全なのに……女子も、いっぱいいて……ふ、不良の奴らのとこにいくなんて、馬鹿なやつだ……」
紙と鉛筆を握りしめながら、ある少女の身体を思い浮かべる江頭。
「くそくそくそっ……女の子の衣装って、ぜんぜんわかんない……」
単純なワンピースやラフな格好ならともかくとして、女子と無縁な生活を送ってきた男子高校生にとって、女の子の衣装を考案することは非常に難解である。イツキですら、誰かに図面を起こしてもらわなければ制作できないのだ。
「どうして、こんな世界に……!! 早く、帰りたい……」
本当なら、自宅のPCの前に座って、二次元に思いを馳せているはずなのに。インターネットのない世界は、彼にしてみれば地獄も同然であった。二次元から強制的に引き剥がされ、現実を目の当たりにした彼は――今更のように、三次元に目を向けたのである。
「……さ、笹川菜乃子ちゃん……」
地味で、小さくて、ちょっと口が悪くて、実に彼好みの女子高生がいた。華やかな鹿島心や、カーストトップの平山聖凪は欲張りだが、彼女ならばいけるのではないかと考えていた。何せ、自分の順位が26位で、彼女は29位なのだ。格下の女子なら、まだ強気にいける。
「ひ、ひひひ……」
それを恋心と呼んで良いのか。
それを愛情だと呼んでも良いのか。
「……こんなところにいたのか、江頭」
「っ!?」
家庭科室に訪れるは、学級院長である本橋大地だ。平山聖凪同様、イツキから『なかったこと』にしてもらうことで、責任からときはなれた人物でもある。
「な、何だよ本橋……! ぼ、僕に、用か……?」
「仕事の命令を受けたのさ。相互理解を深めるため、別分野の仕事を手伝えってさ」
「ええ……? 本橋が僕の仕事の何の役に立つの……?」
彼は自分のポリシーとして、女の子の衣装しか作りたくないと公言していた。ブチギレたイツキがせめてタオルや布くらいは作れとにこやかな笑顔で迫ったことで、彼も承諾。以降、生活用品や包帯、ガーゼ等を作ることが彼の仕事となっていた。
ちなみに、当然だが彼に衣装を作ってもらいたいと言う女子は一人もいない。
「役には立たないだろうな。ま、勉強してこいってことだろうな。俺も、江頭も、互いのことあんま知らないしな」
「……せめて、女の子が良かったなぁ」
そう呟きながら、書きかけのデザイン案に視線を落とす江頭。
「お前……転移してくる前は、女にがっついていたっけ? 意外だよ、興味ないと思ってた」
「だ、だって……こっちには、三次元しかないんだし……それに、一緒に生活してると、嫌でもそういう目で見ちゃうよ……」
良い意味でも悪い意味でも、江頭幸田は正直だった。やはり、転移による環境の変化が、オタクで後ろ向きだった彼の性格を変化させている。
「鹿島さんとか、凄いよね……え、えっちな気分になっちゃうじゃん……いいなぁ、大崎……どうして僕の『仕立て屋』とは違うんだろ……」
「あいつ、能力を人前で使わないからわからんが……随分と高性能な能力らしい。江頭の『仕立て屋』は、制作に時間かかるのか?」
「うん……まぁ、自力でやるよりは圧倒的に早いと思うけど……バスタオル作るだけでも、1時間はかかるよ。しかも、すごい疲れるし……」
「他の生産職もそんなもんだよな」
結局のところ、魔力切れがあるため大量生産は難しい。だからこそイツキも、自分で全て作ろうとはせずに、江頭に仕事を頼んでいるのだろう。
「大崎は、人殺しなんだよね? 梅木クンを殺した……うう、怖すぎる……あいつとはいっしょにいたくない……」
「……あれは、仕方がない。残酷な結末だが……俺は正直、大崎の気持ちがわかるよ。まぁ、俺が言えるような立場じゃないんだがな……」
「人を殺して正当化される世界……なの?」
「それは、異世界も現実世界も同じだ」
ここまで会話したところで、互いにある事実に気が付く。
――意外と、会話が成立している。
「べ、別に面白くないだろうから、本橋はサボってていいよ。一緒に仕事してたって言っておくし」
「いや、そういうわけにもいかないな。平山さんの狙いも、わからないでもないし」
この場には、駆け引きなんてものは存在しない。肩肘張らずに、素直に会話にのめり込むことができる。異世界転移がもたらしたものは、彼らが思っている以上に多種多様だ。
「……んで? さっきから何を書いてるんだよ。それ、仕事じゃないだろう」
「わっ!? みないでよ……!!」
「へぇ、江頭って案外絵が上手いんだな」
「素人に毛が生えたレベルだよ。神絵師には……なれない……」
「そういうものなのか。しかしこれは……あれだろ、メイド服ってやつだよな」
丁寧に書き込まれたデザイン案は、誰がどう見てもあのメイド服。以前、菜乃子に作ってあげると息巻いていたものよりは、数段落ち着いたデザインをしている。どうやら、坪井稜大に指摘を受けて再検討しているようだ。
「メイド服だけなら……自信があるんだ……! ぼ、僕は、大のメイド好きでさ! 菜乃子ちゃんや、他の女子たちにも是非着て欲しいんだよね! 制服姿もぐっと来るけど、やっぱりメイド服が至高よ! そう思わない!?」
「……まぁ、わからんでもないな」
意外なことに、本橋大地は彼の言葉を否定しなかった。
「うちのクラスは、可愛い子が多い。見飽きた制服姿だけではなくて、こういう服装をしてくれたら、生活が華やかになるだろう。中には望んで着てくれる女子がいてもかしくはない」
前回、菜乃子に拒絶されたのは、あまりにも気持ち悪い押し付けだったから。加えて、無駄に露出度の高いデザイン。それを改善するのであれば、満更なきにしもあらずの夢である。
「……もしかして、本橋もこういう系好きなの?」
「嫌いではない」
目をそらした。堅物の委員長のように見えて、意外と素直な反応だ。
「デザイン案は悪くない。だが、まだまだ魅力に欠けているな。もし、これを女子に着せたいのであれば、自ら望んで着たくなるようなものにするべきだ。女の子の目線に立って考えよう」
「本橋は、詳しいの?」
「俺が女にモテるようなタイプに見えるか?」
「……ぼ、僕よりは?」
「慰めにもならないよ」
論理的な嗜好を好む本橋は、女子との会話が致命的に苦手だった。頼られることがあっても、異性として好かれることはあまりなかった。
「いいだろう、仕事ではないが、お前の目的に協力してやる。これこそが、平山さんの狙いだろうし」
「ほ、本当!?」
「ああ。そういう楽しみがあった方が、人間は頑張れる」
これまでの生活では、心の余裕が足りていなかった。
そうでなければ、クラスメイトを追放しようだなんて考えるはずもない。
「そ、そうと決まれば、デザインの練り直しだ! あと、素材も集めないと!」
江頭幸田と本橋大地の、メイド女子高生誕生計画がひっそりと開始する。
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