二章 加速する加虐性、失われる人間性
044 次なる脅威に備えなければ
『血溜まりの夜』から、二週間程の時間が経過していた。平山聖凪を中心とした校舎組の再建は、最初こそぎこちなかったものの、特に大きな問題が起きることもなく順調に進んでいた。
梅木が支配していた頃よりも、各自のクラスメイトが協力的であったことが、その理由に挙げられる。『なかったことにする』というイツキの辛辣な救いは、彼らの意識を変えていく。イツキ自身もまた、彼らとの関係の再構築は最重要課題であった。彼は決して、独裁者になりたいわけではない。だからこそ、平山聖凪をリーダーに指名したのだから。
「……はぁ」
だが。
そんな中で、笹川菜乃子は無自覚な疎外感を覚えていた。
「『勇者』を殺すのは、わたしだったはずなのに……やはり、無力ですね……」
彼女が思い返すのは、あの『血溜まりの夜』のこと。全く役に立っていないとは思わないが、それでもイツキのためにもう少し貢献したかった。特に、仲間殺しの咎を彼に背負わせてしまったのが、心残りである。
「……最近では、わたしよりも他の子といっしょにいることも多いですし……」
鹿島心、堀青葉、小野寺瑠海の三人といることが多かった。しかも彼は、『仕立て屋』の能力を使って彼女たちに衣装を制作している。自分だけが、という特別感も失われ、コミュニティ内では陰キャである自分の積極性のなさを否応なく痛感させられていた。
「……はぁ」
『鑑定士』という役目は、あまり重要な仕事を任せられない。イツキと相談した結果、鑑定した天職を自分の能力として使える(但し、実現可能なもののみ)能力は、秘匿事項として扱うことになっていた。そのため、他人の天職を利用して貢献することが出来ないのだ。故に彼女は、生活魔法を使って校舎のあちこちを掃除するのが日課となっていた。
「……そろそろ、約束を果たして欲しい」
何気なく廊下を歩いていると、中里新奈の声が聞こえてきた。隣りにいるのがイツキだとわかった途端、きゅっと胸が締め付けられる。
「約束?」
「忘れたの?」
ジト目を向けた新奈は、淡々と言葉を続ける。
「小野寺さんの狩りを見守る代わりに、ニナの衣装を作ってくれるって言ってた。イツキは、噓つき?」
「違う違う! 前も言ったけど、デザインがわかんないんだよ! それを教えてくれなきゃ、作れないって!」
「……むう」
中里新奈は、あまり服装について詳しくなかった。狩猟に向いた服というものがどんなものかはわかるが、うまく言葉にして説明できない。ましてやデザイン案を出してくれと言われても、どうしていいかわからないのだ。
「……わたしがデザインしましょうか」
話題に入るきっかけを見つけた菜乃子は、勇気を振り絞って声をかける。視線は、そっぽを向いていた。めんどくさそうな声色と態度だが、内心はドキドキである。特に、新奈はほとんど会話もしたことのない相手だ。緊急時ならともかく、日常の中だと陰キャの自分が顔を出すのだ。
「……できるの?」
「菜乃子なら、たしかに可能かも! 今着ている奴だって、菜乃子がデザインしたやつだよ」
「すご」
片や新奈も、淡々として感情があまり見えない。菜乃子とはまた違った意味で、他人と距離をおきがちである。
「じゃ、お願い」
「し、仕方ないですね……」
躊躇いなく菜乃子に目を合わせようとする新奈だが、菜乃子はそっぽを向き続ける。彼女の視線に、耐えられない。
「きて」
「え?」
「デザイン、して」
ぐい、と腕を引っ張って、空き教室に菜乃子を連れ込む新奈。イツキのことなど、放置である。
「頑張れよー」
「ええええ」
本当は、イツキと話す口実を作りたかっただけなのに。
今日も今日とて、彼女はなかなか好きな人と関わることが出来ないでいた。
◆
新奈と菜乃子と別れたイツキは、校舎裏にある花壇に顔を出していた。
「神野さん」
「あら」
保健室から外の世界へ。鹿島心に連れられて、彼女も異世界に生きることを決意したようだ。
「鹿島さんなら、ついさっきどこかへ行ってしまったわよ」
「いや、鹿島さんに特に用があったわけじゃないよ」
「?」
自分の元を訪れる可能性を、彼女は考えていなかった。不思議そうに、首を傾げるばかりである。
「畑の調子はどうかなと思ってさ」
「……見張り?」
「違うって」
苦笑いをしかながら、手を振る。
「残念だけど、本格的に稼働するには時間がかかりそうよ。作物を育てるに向いている土壌がないの。今は、ゆっくりと土を育てているから」
地面に手を当てながら、じっと動かない帆南海。
額の汗を見るに、見た目以上に身体に負荷がかかっていることが予想される。
「へぇ、そういうのもできるんだ。『農家』って、凄いね」
「……地味だけどね。地味な私にはお似合いよ」
「地味だなんて、とんでもない」
はい、これ、と。
後ろに隠していた真っ白な帽子を、帆南海の頭に乗せた。
「……何するの」
「日差しが意外と強いから、差し入れ。よければ、貰って欲しい」
女の子が気に入ってくれるようにと、無骨なデザインにならないように配慮したつもりだった。心の意見を聞きながらの、精一杯の差し入れ。
「わたしに?」
「うん」
「……そう」
深く帽子を被り直して、視線を隠した帆南海は。
「あなた、気が利くのね。ありがとう」
「このくらいなら、お安い御用だよ。服装について何かあったら、いつでも言って欲しい。制服の修繕から新しい衣装製作まで担当しているし」
「至れり尽くせりね」
「それしか脳がないもので」
神野帆南海の反応は、あいも変わらず淡白だった。だが、以前よりも他人との関わりを持とうとしていた。鹿島心のように明るく振る舞える訳では無いが、彼女もまた変わろうという意志があるのだろう。
「じゃがいも、トウモロコシなら育てられるわ。学校の備品に、種があったの」
「へぇ、それは凄い。なんだかんだで、校舎ごと異世界転移してくれたのはありがたかったな」
備蓄量は限られているが、本当に助かっている。
「だけど、本音を言えばお米を育てたいわ」
「米?」
「ええ。種籾があれば……なんとかなるのだけど」
作物が育てられるだけで、ありがたい。それでも米を求めてしまうのは、日本人ゆえの衝動か、あるいは。
――そろそろ、米が食べたいんだよ。
かつてイツキがその場の勢いで口にした言葉を、彼女は今でも覚えていた。
「……地道にやるわ。根気よく頑張ることが、作物と仲良くするコツだから」
「人間と一緒だな」
「え?」
「積み上げたものを壊さないように、繊細に扱わなければならない。何も、変わらないよ」
「……そうね」
梅木の支配を振り返ってみると、やはり強引なやり方ではコミュニティを継続させていくことは出来ないのかもしれない。現実世界に帰る目処が立たない以上、ここで永住する可能性も覚悟しておかなければならない。遠い未来を見据えながら、目の前の課題に取り組むべきだ。
「言葉をかわさなければ、理解できないことも多い」
次なる脅威が訪れるまで、校舎組の結束力を高める必要があるだろう。
「……一つ、進言してみるか」
横のつながりを強固なものとする。
二度と校舎組の中で対立しあわぬようにしなければならない。
菜乃子のヤキモチを知ってか知らずか、イツキは交流の輪を広げようとしていく。
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