043 『陽だまりの朝』


 かくして『血溜まりの夜』は、朝日の訪れとともに終結を迎えた。


 死者三名


 丹羽里穂 序列9位 『炎術士』

 死因:『暗黒騎士』家松広志によって斬殺。


 家松広志 教頭 『暗黒騎士』

 死因:『炎術士』丹羽里穂によって焼死。


 梅木壮哉 序列2位 『勇者』

 死因:『仕立て屋(限界突破)』大崎イツキによって失血死。


 また、梅木一派の解散により、一部のクラスメイトが校舎から離れた者もいた。


「やっべぇ、梅木の次は絶対俺じゃん……! 逃げるしかないっしょ」


 新田玄弥 序列5位 『戦士』


「あっちゃー、里穂死んじゃったの? やばばば、あたしも逃げよーっと」


 西山知花 序列19位 『槍術士』


 この両名は、大崎イツキ殺害計画に加担していたこともあって、混乱が収まる前に逃走していた。梅木亡き今、これまでの罪を追求されることを恐れたのだろう。


 よって、校舎に残ったのは以下になる。


 女子11名


 平山聖南  序列1位 『聖女』

 楠本朱鷺  序列3位 『呪術師』

 鹿島心   序列4位 『錬金術士』

 松下華音  序列6位 『重戦士』

 市原神美  序列8位 『盗賊』

 堀青葉   序列11位 『雷術士』

 櫻井愛未  序列13位 『料理人』

 小野寺瑠海 序列14位 『狩人』

 中里新奈  序列20位 『狩人』

 神野帆南海 序列22位 『農家』

 笹川菜乃子 序列29位 『鑑定士』


 男子5名


 本橋大地  序列10位 『風術士』

 岩沢新泰  序列16位 『武闘家』

 坪井稜大  序列21位 『鍛冶師』

 江頭幸田  序列26位 『仕立て屋』

 大崎イツキ 序列30位 『仕立て屋(限界突破)』


 以上16名である。



 ◆



 平山聖凪がリーダーとして就任してから、今後のことについて深く話し合いが続けられた。イツキから『なかったことにする』というプレッシャーを与えられたこともあってか、拙いながらも一生懸命、校舎組の未来のために状況を変えていこうという意志が感じられた。イツキの様子をびくびくと伺いながら、というのだけはいただけなかったが、それ以外は概ね見込みどおりである。


 これまでのこと、これからのこと。

 誰か特定の一派に任せるのではなく、なるべく沢山のクラスメイトに話し合いに協力してもらって、最終的な判断を聖凪が下す。汚名返上しようと、あの四人は特に頑張っていた。


「ねえ」


 話し合いが終わりに差し掛かったところで、それまで無言を貫いていた鹿島心が声を上げた。


「もう、いい? 早く、里穂を埋葬してあげたいんだけど」


「……そうね」


 殺されそうになった張本人の言葉とは思えなかった。誰もが、驚いていたように思う。いや、違うか。イツキらは、彼女の行動に驚きを覚えることはなかった。心らしいと、目を細めるだけだ。


 埋葬場所は、校舎裏のグラウンドの片隅。せめて眠る場所は、学校の敷地内にしてあげたかった。「梅木は?」という声を、誰も上げなかった。森の外で殺されたのだ――今頃、食人鬼の餌になっているだろう。


 最初は、男子らで穴を掘り始めていた。動物に掘り返されないよう、深い穴が必要だった。だが、次第に女子たちもスコップを手にとって手伝い始めていた。やはり率先していたのは、心だ。


「……里穂はさ」


「うん」


 彼女は、超えてはならない一線を超えてしまった。


「どこにでもいる普通の女の子だったんだよね」


「うん」


 終末世界に身を落とし、心の弱さに漬け込まれた。


「もしさ、あたしがあんたに助けられていなかったら……同じように、馬鹿なことしてたんじゃないかなーって思うわけ」


「うん」


 だけどそれは、彼女だけではない。


「梅木も、そうだったのかな。いや、あれはさすがにやりすぎかも。うん、ちょっと擁護できない」


「ははは……そりゃ辛辣だな」


「大崎を本気で殺そうとしてたんだから、しょうがないよ。救えない悪い子もいるし……どうしようもないほど弱くて、救われない子もいる。里穂は……後者だった」


 スコップを動かす、きめ細やかな白い腕。炎上した保健室の中にありながら、火傷のあとは一切残されていなかった。


「熱くなかったの」


「……え?」


「里穂の炎ね、熱くなかった。保健室は大炎上してたけど、その炎はあたしを焼かなかったの。バカだねー、あいつ。変なところで、臆病だから。口では火傷させてやるって息巻いてたのにさー……」


「…………」


 炎耐性があるんじゃないの?


 とか。


 空気の読めないことを、口にしそうになったイツキは、目を伏せた。

 それは、知らなくて良い真実だ。


「今頃、あの世で後悔しているかもね。あたしに火傷させておけばよかったって」


「それは、違う」


 目を合わせずに、イツキは否定した。


「丹羽里穂は、『暗黒騎士』にとどめを刺した。教頭の亡骸を検めたが、鹿島さんの逃げていた方角を追いかけていた可能性が高い。死ぬ寸前、憎んでいる相手の利になるようなことをするだろうか。あの子は多分、最後に鹿島を守ろうとしたんじゃないかな」


 これもまた、真実だ。


 伝えるべき真実は、迷うことなく口にする。


「……だったら、もうちょい早くに思い出して欲しかったなぁ。あたしら、友達だったんだし」


「イジメられても?」


「そりゃケンカくらいするって」


「さすが、カースト上位」


 陰キャ引きこもりのイツキとはわけが違う。


「それ、やめて。嫌いなの」


「どうして?」


「あんたが30位の順位に何の意味があるの? どうでもいいじゃん、あんなの」


「……ははは」


 女子高生は、強いな。

 男子高校生は、結構弱いぞ。


「こんなもんか」


 大きな穴を掘ったイツキたちは、それから静かに丹羽里穂と別れを告げる。誰もが、涙を流すことはなかった。彼女と深い関係にあるものは、心以外にこの場にはいない。それでも、じんじんと脈打つような痛みが、彼らの心臓に訪れる。やはり関係が希薄な相手とはいえ、クラスメイトなのだ。何も思わないはずがなかった。


「これで、最後にしてよ」


 誰かが、呟いた。


 それは無理だと、誰もが思った。



 ◆



「ああ、首尾よくいって何よりですねえ。鬱陶しい教頭先生もいなくなりましたし、優秀な手駒も手に入りました」


 食人鬼の森を突き進む、中年男性が一人。


「結局、あの人は女の子を襲いたかったのか、教育指導をしたかったのか、わかりませんでしたねえ。力に溺れるというのは、まさにあのことを言うのでしょう」


 イツキらの担任である、酒井貢である。


「しかし、彼らは私が消えていることを忘れていませんか? いやあ、影が薄いって、悲しいですねえ。別にいいんですけど」


 それから、柔和な笑顔を浮かべて。


「そう思いませんか? ――梅木くん」


「…………」


 首のない死体相手に、同意を求めていた。


「ああ、申し訳ございません。首、私が持っているんでした。ほら、どうぞ。気持ち悪いので、自分でつけてくださいね」


 動作が緩慢な梅木の死体は、なかなか上手く首を繋げられない。


「いいんですよ、落ち着いて。ゆっくりでいいんです」


 笑顔は、変わらずに。


「――あなたはもう、私の下僕なのですから」


 イツキは、死体が食人鬼になることを想定した上で、四肢切断をし、首を刎ねた。度々現れる食人鬼には再生能力はなかったし、念入りに死体を損壊しておけば問題ないと判断していた。それこそが、彼唯一の失敗である。


 首が取れようとも、手足が千切れていようとも、要は繋ぎ合わせてしまえば良いのだ。こと死体に関してなら『仕立て屋』以外にもそれを可能とする天職が存在する。


 『屍術士』


 死者を使役し、意のままに操る天職が、この世界には存在する。


 骨を磨り潰す程に徹底しなければ、いけなかった。それを当時のイツキに求めるのは、酷であろう。一介の高校生としては、むしろ残酷に、冷酷に、悪魔のように徹していたと言える。計算外は、見知らぬ天職の存在。警戒することは、不可能だろう。


「うるさいから、口は閉じていましょうねえ」


 よろよろと酒井の背後を歩く梅木の死体。果たしてそこに、意志はどの程度残されているのか。


「もっと、お仲間が欲しいですよね」


 もはや梅木に、尊厳など欠片も残されていなかった。死んでもなお、この世に縛られ使役される存在。酒井にとって梅木とは、使い潰せる便利な駒でしかない。


「――私は、みなさんの担任ですから」


 やはり、酒井は柔らかな笑みを携えて。


「異世界でも頑張りますよぉ! 友達百人作りましょうねえ」


 次なる敵は、宵闇の底で牙を研いで待ち構えている。







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 第一章は終わりです。第二章はすぐに始まりますが、応援していただければなと思います。

 ここまでお読みいただいてありがとうございました。


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