042 第二回|学級裁判


「どういうことか、説明して欲しい」


 朝を迎えた第一班、第二班のクラスメイトたちは、第三班に襲いかかった悲劇を知った。もはや梅木一派がイツキを含む第三班を皆殺しにしようとしていたことは誰の目にも明らかである。なお、新田玄弥と西山知花はすでに校舎から逃亡していた。梅木の死を耳にしてからの、素早い判断である。


 だからこそ。


「…………」


 唯一、梅木の死亡を耳にしながら、逃亡を選ばずにその場に残った者がいた。


 松下華音 序列6位 『重戦士』


「……何の言い訳もしようがない。私は、壮哉のことを信じていた。だから、大崎のことを人殺しだと認識していたし、排除することもやむを得ないと……」


 悔しさに唇を噛み締めながら、本音を口にする。


「だが、信じてくれ!! こ、殺すのは大崎イツキだけと聞いていたし、『暗黒騎士』のことも知らなかった……!! こんなことなら、私は計画など絶対に認めなかった……!!」


「……いや、俺は死んでもいいのかよ」


「そ、そういうわけじゃ……」


 失言に気付いた松下華音は、青ざめる。


「一人くらいなら仕方がないとか思ってたのかな」


「……返す言葉もない。梅木から、大崎の凶暴性を聞いて……鵜呑みにしていた。私が、馬鹿だったんだ」


 どうやら彼女は、イツキが梅木を殺そうとしていることのみを教えられていたようだ。イツキの牙が聖凪に向かわないようにするため、今回の計画に加担していたという。華音と聖凪は、昔ながらの友達である。危険に対して、過敏になっていたというわけだ。


「どうして逃げなかったです? ここに残ったら、ろくでもない扱いになることはわかっていたはずですが」


 笹川菜乃子が、『鑑定眼』を発動させながら質問する。


「逃げて、何の意味がある……? 私は、無実のはずのクラスメイト殺しに加担していたんだぞ……? 然るべき裁きを受けなければならない。生き恥を晒すことは出来ない……」


「……ふむ」


 ちらりとイツキに視線を向ける菜乃子。本音であると、鑑定結果を伝える。


「騙されていたのだとしたら、情状酌量の余地がないではないけど……返り討ちとは言え、死人が出てるんだよな。はいそうですかと、許すわけにもいかない」


「……当然だ」


 粛々と罪を認める華音。

 逃げた馬鹿二人も、彼女を見習って欲しいものだと呆れるイツキ。


「――で? 他のみんなは、どれくらい梅木の暴走に関わっていたの? 何も知りませんでした、なんて言葉は通じないよ」


 鹿島心曰く、梅木一派から与えられた仕事をこなすことが、校舎組に滞在できる条件だという。それを満たせない菜乃子や瑠海が、追放の対象となっていた。


「俺が最初に異世界に転移してきたとき、笹川菜乃子が追放されていた。たまたま、俺と落ち合えて生き延びられたが、本来なら彼女はあそこで死んでいてもおかしくはなかった。何せ、身包み剥がされて、裸の状態だったんだぞ」


「……嘘でしょう?」


 動揺する聖凪の瞳。やはり、嘘を吐いている様子はなかった。


「本当ですよ。里穂さんに脱がされました。まぁ、『鑑定士』なんてあまり役に立ちませんからね。しかもわたしは、みなさんよりも遅れて転移してきました。そのことが、梅木くんの恨みを買っていたようです」


「……この中に、それを知っていた者は?」


 梅木一派のメンバーは、梅木、新田、丹羽、西山、松下の五名である。だが、この五人だけでクラスメイトの追放を行っていたとは考え難い。その辺りをはっきりさせなければ、一連の事件は決着を迎えない。


「俺がこの校舎に辿り着いたときに、瑠海の追放裁判をやっていたよな。あのときの参加メンバーは、梅木がクラスメイトを追放していたことを知っているんだろ? 今更、知らなかったとは言わせない」


 見張りや狩りの仕事のある市原神美や中里新奈は、校舎組の方針にほとんど関与していない。よって、この二人は追放劇に一切関与していなかった。また、例外的に、楠本朱鷺も出席していなかった。彼女は『呪術師』としての研鑽を優先しており、梅木派に関わらないように立ち回っていたようだ。


 他、神野帆南海、岩沢新泰、坪井稜大、江頭幸田の四名についても、裁判に出席していない。理由は様々だが、共通しているのはそもそも梅木側から出席の要請がなかったという。特に新泰は、小難しい話が嫌いなせいで、その手の話はぶん投げていたようだ。


 残りは、追放される側である堀青葉、小野寺瑠海、この両名は当然除外する。したがって、あの裁判に出席しつつ、今この場にいるのは、平山聖凪、鹿島心、松下華音、櫻井愛未、本橋大地の以上五名である。


 この五名こそが、追放劇に関与した危険因子であった。

 

「なぁ、本橋大地。特にお前は、死んでもおかしくないような試練を課そうとしていたそうじゃないか。追放しない代わりに、危険地域に単独で行かせる? そんなもん、衣服を剥ぎ取って食人鬼の森に置き去りにした梅木と何も変わんねえぞ?」


「ま、待ってよ! 大地がそんなことするわけないじゃん!!」


 咄嗟に、新泰が庇おうとするものの、大地本人がそれを諫める。それからゆっくりと、口を開いた。


「大崎の言葉は、真実だ。俺も、クラスメイトの追放に加担していたと言っても過言ではない。あのときは特に、食糧難だった。追い詰められて、危険思想に手を出していたよ」


「……大地」


「だが、大崎の殺害計画のことは誓って知らなかった。それに、笹川の追放の件も同様だ。身包みを剥いでなど、許すわけがない。そもそも梅木は、笹川が自主的に校舎を去ったと説明していたんだ」


菜乃子が何も言わない以上、それが真実であると判断したイツキは、次のクラスメイトの名前を読み上げる。


「松下華音は……真っ黒として、じゃあ櫻井さん。君はどうなんだろう?」


「……っ」


 びくりと肩を震わせる。


「櫻井さんは、裁判の間もずっと何も言わなかったと聞いている。だから、賛成していたとは言い難いけど……反対していたわけでもない。いや、現状を良しとしているのなら、賛成になるのかな」


「わ、私は……その」


 気弱な少女は、涙を浮かべながら言う。


「その……通り、です……。弁明の余地も、ありません……」


「…………」


 何もしなかったから、罪に問われないわけではない。なにもしないことを選択肢した罪もある。だが、彼女を強く責めることはできなかった。梅木のような強権を握る人物がいて、彼女が何かを発言できるとも思えない。無力も罪ではあるが、そこまで言うのは酷である。


「じゃ、最後に平山さんだね」


「……私は」


 クラス切っての才女は、大地の提示した過酷な試練に同意していた。仕方がないと、周りを納得させようともしていた。無言よりも、遥かに瑠海を追い詰めたことだろう。


「何も、言えないわ。だけど……梅木くんがクラスメイトを追放してたことは、本当に知らなかったの。他の子もそうだと思うけど……笹川さんは、自分から出ていったって、聞いていたから……」


「それを、鵜呑みにしたんだな?」


「ええ、そうよ。少し前にも、細谷くんたちが自分からここを出ていったから……何人も、彼を追いかけていったし……笹川さんも、そうなのかなって思っていたわ……」


「他に追放されたクラスメイトは?」


「い、いない……と、信じているけど……正直、わからないわ……。たけど、不自然にいなくなった子はいないと思う……」


「あたし、知ってんぜ。何せ、『盗賊』としてずっと見張ってたからな。梅木の野郎が何をしてきたか、何人追放してきたか。今回の計画のことだって、概ね把握していたしな」


「……へ?」


 話に割って入ってきたのは、市原神美だった。


「まず、追放されたのは笹川だけだよ。他は全員、自分の意志で出ていった。ま、操られていたとかそういうのがあったら知らんけどな。少なくとも、梅木一派の誰かに連れられてってのは笹川だけだった」


「そ、そのはずだ……!! 追放の件だって、食糧難が発端で始まったものだ……!! 梅木だって、馬鹿じゃない。いたずらにクラスメイトを殺すはずが……」


「いや、思いっきり第三班を皆殺しにしようとしていたけどな」


「ぐうっ……!!」


 泣きそうな表情で、見つめられてしまったイツキ。呆れる他なかった。


「食糧難が発端ってのも真実だよ。梅木一派の企み、盗み聞きしてたからねえ」


「……となると、随分と梅木は信用されていなかったんだな。ここを旅立ったのは、大半が男子だろ? 女子ばかりがここに残っている」


「えっぐいケンカしてたからな。あれはマジ最高の見せもんだったよ」


 けらけら笑う市川。彼女の立場は、明らかに異質だった。


「……市川は、見て見ぬ振りをしていたんだな」


「いや、知らねえし。つーか、笹川が追放されたの知ったのだって、帰りに梅木と里穂の二人だったから、事後的に理解したわけだし」


「俺の殺害計画のことは?」


「あ? なんだよ、止めて欲しかったのか?」


「…………」


「あたしは、お前に咎められるようなことをした覚えはねえなぁ」


 他のクラスメイトとは違って、堂々と振る舞う市川。だが、イツキ自身、彼女の言い分に納得していた。


 止めて欲しいはずがない。むしろ、その計画を逆手に取ろうとしていたのだ。そこまで理解して傍観者に撤していたのなら、むしろ評価が上がる。


「……まぁ、こんなところかな」


 と、イツキが話をまとめようとしていると。


「待ってよ、あたしは?」


 鹿島心が、声を上げていた。


「あたしだって、あの場にいたし……うーんと、正直何を発言したのか覚えてないんだけど、どうせ小野寺さんに不利な発現をしてたんじゃない?」


「そういう報告は受けていないけど」


「……え?」


 イツキの視線につられて、瑠海を見つめる心。


「え、えっと……アオちゃ……」


「自信持って、ルミちゃん」


「うん……」


 瑠海と青葉は、手を握り合いながら互いを勇気づけ合う。


「た、たしかに……冷たかったけど、いつもの鹿島さんと同じだし……他の人みたいに、怖くはなかったかもって……」


「はっはっは、『聖女』サマは怖かったわけか!」


 空気の読めない市川神美が、腹を抱えて爆笑する。


「…………」


 ぎゅっと唇を結んで、視線を落とす聖凪。


「……変なの。どうせ、ろくでもないことを口にしてそうなんだけどな」


「そうだとしても……まぁ、鹿島さんだし」


「お人好しだなぁ……」


 青葉と瑠海、心の間には、すでに信頼関係が成立しているようだ。イツキが知らないところで、すっかり仲良くなったらしい。


「……どうしたら、いいのかしら」


 片や、聖凪、愛未、大地、そして華音の4人は、神妙に俯いていた。あのとき、瑠海を裁こうとしていた者たちが、今では立場を逆転し、裁かれる立場に立たされている。今なら、当時の瑠海の気持ちが理解できるはずだ。


「だってさ、どうする?」


 対するイツキは、今晩の献立を尋ねるのような気軽さで、瑠海に話を振った。


「え、ええええ……っ!? えと、振られても、困るし……それに、あのときの私は、みんなの足を引っ張ってたから……あまり、強く言えなくて……」


 お人好し。

 その発言を、イツキは待っていた。


 彼女は、違う。

 梅木一派とは、まるで違う。

 他人を慮り、弱き者の気持ちに寄り添うことができる。


 あの高飛車で傲慢だった鹿島心だって、イツキとのやりとりの中で学び、成長したのだ。人間的に、彼女たちはとても美しい。


 この場で自分を追放しようとした者たちに、裁きを受けろと言わないのが、彼女の人間性。だから、小野寺瑠海に結論を出させたら、こうなるに決まっている。


 故に、大崎イツキが判決を下す。


「じゃあ、俺が決めさせてもらうよ」


 彼は、とても清らかな笑顔を浮かべていた。


「――


 満面の笑顔。


「すべて、なかったことにするんだ。俺たちは、昨日まで普通のクラスメイト同士だった。悲しい記憶も、目を覆いたくなる出来事も、全部忘れて。明日から、みんなで頑張って生きていこう!」


 全てを許す。


 そう捉えてもらっても差し支えないほど、圧倒的な救済であった。


「……本当に、それでいいの?」


 対する4人の反応は、複雑だった。許されるはずがないと覚悟していたのに、それに釣り合わぬ答え。肩透かし? いいや、むしろ転じて、のだ。


「だって、そうしなきゃ、明日から生きていくことすら大変だからね。ここは、終末世界。協力しなければ、生きていけないし!」


 その場にいた者で、イツキの言葉を額面通りに受け取った者はいない。誰もが同時に、理解させられたのだ。


 ――


 ただ、あえて被害者としての立場を貫くことによって、今後の反抗の目を潰したのである。自分たちが一方的に被害を被って、それでも笑顔でなかったことにあげよう。それを、『勇者』を殺した人間が言うのだから、末恐ろしい。


 ――


 明確に言葉にしないことによって植え付ける、容赦ない楔。


「だって俺は、信じているんだ。みんなは極限状態で判断を間違えただけで、本当はちゃんと仲間を信じて、頑張ってくれるって。そうでしょ、平山さん?」


「え、ええ、もちろんよ……!!」


 平山聖凪は、力強く頷くしかない。何の罪に問われることもなく許されてしまったという状況が、今後の彼女たちに縛りをかける。善良な人間であるのなら、今後は信頼回復のために全力で励むだろう。信じて欲しいから、認めて欲しいから。


「じゃ、平山さん」


「何かしら」


「校舎組のリーダーは、任せたからね」


「……え?」


 気が付けば、逃げ道すら失っているのだ。


「いや、当たり前でしょ? この中で一番人望があるのは、平山さんだし。みんなも、異論はないと思う」


「だ、だけど私は……!!」


 何かを口にしようとしたけれど。


「――、ね」


「……!」


 悲痛な表情を歪めたのは、聖凪だけではなかった。櫻井愛未も、松下華音も、本橋大地も、みなが同じような表情を浮かべている。


 彼らは、許しが欲しかったのだ。

 己の罪と向き合って、裁かれて、そして、またもとの関係に戻りたかった。だけどイツキは、その工程をすっ飛ばす。罪を償う機会すら、奪い去ってしまうのだ。悪党ならば、しめたと舌なめずりをするだろうが、彼らはただの高校生。そんな風には考えられない。


「容赦ないねえ」


 市原神美は、楽しそうに笑みを浮かべる。


「――おめでとう、大崎。あんたがここの、独裁者だ」


 イツキにしか聞こえない声で、神美は囁いた。


「あれは、キツイぜ」


 罪を償えなかった彼らは、たとえ許しをもらえたとしても、永遠に加害者なのである。






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