041 vs『勇者』その3


 ――どこで間違えた?


 みっともなく逃げる梅木は、三階の廊下を駆け抜けながら状況を分析していた。あのとき、何も知らず転移してきて、アホ面を浮かべていた大崎イツキを殺そうとしたときか? それとも、自分がクラスメイトを守らなければいけないと覚悟したあの日か?


「……ふざけるなよ」


 褒められた行為ではないことは分かっている。だからこそ、誰にも知られずに排除するつもりだった。それを、大崎イツキがぶち壊した。『勇者』の本音を暴いてしまったのだ。


「『暗黒騎士』も『炎術士』も、どいつもこいつも使えない……っ!!」


 理由はわからないが、あの二人が敗北したことはすぐに理解した。もし、彼らが健在ならば、『聖女』がこれほど容易く三階までやってこれるはずがない。先程まで続いていた戦闘の音も、すっかり聞こえなくなってしまった。失敗したという事実が、これでもかと突きつけられる。


「くだらない」


 『勇者』をどうして、信じない?

 『勇者』をどうして、崇めない?


 うちから湧き出てくる力が、目減りしていくのを感じていた。『正しい』と信じられているうちは、『勇者』は最強に近い。だが、第三班のみならず、第二班からの信頼すら失ったとなれば、弱体化は必至である。


「――調子に乗るなよ、大崎」


 もういい。

 もういいや。


「勝手にしろ」


 『勇者』は孤独でも生きていける。仮にクラスメイトからの信頼を失ったとしても、圧倒的な職業補正に守られている。守りがいのない奴らのために、心を苦しめる必要はない。あとは勝手にしてくれと、梅木は逃走を選択する。


 三階の窓に足をかけ、躊躇うことなく跳躍した。『血溜まりの夜』でありながら、梅木は躊躇なく食人鬼の森を突っ切る。ここからは、一人旅だ。終末世界だとは聞いているが、人里の一つや二つくらいはあってもおかしくはない。力を示せば、自分を受け入れてくれる場所もあるはずだと、根拠のない希望を見ていると。


「待てよ」


「…………」


 背後から、声をかけられた。まさかと思って振り返ると、大崎イツキが息を切らして追い付いてきていた。


「……馬鹿か? お前」


 わざわざ一人で外に来てくれるのか?


 この状況に追い込んだ張本人を目にした途端、抑えきれない憎しみが込み上げてきた。


「やっと、感情をむき出しにしてくれたな、壮哉。お前、そっちの方が似合ってるぜ」


「……うるさい」


 さて、どうやってこいつを殺そうかと、吟味していると。


「俺は正直、お前のやり方そのものは否定していないよ。俺とは立場上相容れなかっただけで、他人を間引くことは必要になることもある」


「……何を、今更」


「その基準が、俺とお前では違っていたんだ。だから俺は、壮哉を追いかけてきた」


 大崎イツキは、戦闘態勢を崩さない。


「――丹羽里穂が、死んだよ。家松教頭に殺されたらしい。それも、お前の計画のうちか?」


「ああ」


 迷うことなく、頷いた。


「そこだけは、予定通り上手くいったんだな。あとはイツキと教頭を俺が殺せばそれで終いだったんだが」


「……俺が、仲間を間引くことがあるとしたら、一つだけだよ」


 笑顔を脱ぎ捨てたイツキは、純然たる殺意を剥き出しにした。


「仲間を殺そうとする奴は、絶対に許さない。梅木壮哉――逃げられると思うなよ? お前は、ここで殺す」


 ここで逃したら、いつかまた復讐にやってくるかもしれない。仲間を守るためならば、イツキは人殺しに踏み切ることに躊躇いはなかった。


「……ははは」


 対する梅木は、乾いた声で笑う。


「やっぱりお前は、俺と組むべきだったよ。それだけの殺意をクラスメイトに向けられるだけで、狂ってるさ」


「お前が俺を狂わせてくれたんだよ。ありがとうな」


 殺らなきゃ、殺られる。

 自然界の大原則を、この世界に来てすぐに、教わったのだ。


「――じゃあ、やってやるよ」


 『勇者』は剣を抜いて、牙を剥く。


「全力で殺してやる、イツキ――!! 『仕立て屋』ごときが、『勇者』に勝てると思うなよ――!!」


 梅木壮哉は、信じている。

 自分が一番強いと、信じている。それは、『勇者』に求められる心の強さでもあった。何としてでも叶えたいものがある。守りたい人がいる。別にそれは、自分であっても構わない。強い心が、剣に力を与えてくれるのだ。


「ごめんな、壮哉」


 一つ、梅木壮哉にとって不運があったとするのなら。


「しょうがないよ、うん。これは、どうしようもない」


 最初に殺そうとした相手が、ぶっ壊れのチート天職を持っていたことである。


「……え?」


 すぱっ、と。

 斬りかかろうとしたら、支えをなくして顔面から転んでしまった。慌てて立ち上がろうとしたが、うまくいかない。何故だか、梅木は立ち上がれないのだ。


「?????????」


「壮哉」


 惨めに地面で悶える『勇者』に、教えてあげる。


「――足、ないよ?」


「あ……」


 魔法でコーティングされた強化鋼糸が、イツキと壮哉の間に仕掛けられていた。勢いよく切りかかった壮哉は、真正面から糸に引っかかってしまったのである。なまじ早い分、切れ味は抜群だった。支えとなる右の軸足が、すぱっと切り飛ばされてしまう。


「ふ、ふざけ――!!」


「『大鋏』」


 かつてギフトアプフェル戦にて開眼した、イツキの三種目の神器。何もない空間から取り出されたのは、神々しい銀色の大鋏だ。


「――『断裁』」


「ひっ!?」


 『勇者』の加護に守られた剣ごと、壮哉の右腕を切断する。防御不可の絶対なる断裁は、圧倒的な殺意をこの世に披露する。


 『勇者』は、間違いなく最強の天職である。だが、信心を失い、また自己研鑽の足りていない梅木は、その天職を有効活用できているとは言い難かった。彼を脅かす存在がいないせいで、強くなる理由を失っていたのだ。


 対する『仕立て屋(限界突破)』は真逆である。『勇者』を殺すために知恵を振り絞り、常に能力を研ぎ澄ませ、復讐の機会を伺っていた。安全な領域で、ひっそりと牙を研いでいたのだ。


「近寄らせなければ、『勇者』の剣技は意味をなさない」


 張り巡らせた『糸』は、接近したものを切り裂いていく。


「不意打ちで武装解除してしまえば、『勇者』に抵抗の余地はない」


 足を切断し、武器を破壊し、腕を飛ばす。それら全てを、離れた位置から成し遂げたイツキは、誰よりも勇者が『強い』と理解していた。故に、何もさせない。不意打ちと罠で、正確に殺す。


「あ、あああああああ――っ!?」


 本来、いくらイツキの天職がチートとはいえ、『勇者』も同じくらいにチート級である。真正面、同条件で戦えば、イツキの方が劣勢を強いられるはずだ。だが、ここは戦場。ここまで積み重ねてきたものの違いが、圧倒的な差を生んでしまう。精神的に追い詰められた『勇者』は、いとも簡単に罠にかかり、驚くほどあっけなく殺されるのだ。


「――止めろ、止めてくれッ! 俺はまだ、死にたくないっ……!」


「いや、残念」


 いたずらに、命を弄ぶつもりはなかった。


「もう、首が飛んでる」


「――え?」


 ――『断裁』


 宙を舞う梅木壮哉の首は、自分の胴体を見て驚いていた。


「嘘だろ」


 一切、彼を近寄らせることなく、中距離で戦闘を完結させる。それが己の最強の戦い方であり、これ以外に勝ち筋はなかった。


「ばいばい、『勇者』」


 誰にも見られることなく梅木壮哉の殺害を完遂したイツキは、横たわる死体から目を逸らすことはなかった。


 

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