039 vs『勇者』その1


 第二班が身を潜める詰所では、第一班の圧倒的な戦果に活気が湧いていた。第一線で戦っていた生徒たちは、深手を追うことなく食人鬼を撃退し続けていた。敵の大群は大波のように押し寄せてはいたものの、結局のところは雑魚が群れるだけである。いくつかいた強力な個体ギフトアプフェルも、初動で『勇者』が屠ったことにより、勢いが弱まっている。もはや、『血溜まりの夜』を越えたも同然だ。


 ――だが。


「ねえ、朱鷺」


「どうした?」


 『聖女』平山聖凪が、不安げに第三班が隠れている校舎を眺めていた。


「校舎の方から……嫌な気配がするの。もっと邪悪な……恐ろしい、気配が。みんな、大丈夫かしら……」


「それは、『聖女』の特性?」


「わからない。だけど、直感が働いて……」


「……そっか」


 不安げな表情の聖凪と、儚げに微笑む朱鷺。


「気になるなら、聞かせてあげようか?」


「……え?」


 『呪術師』楠本朱鷺は、詰所の壁を指差していた。



 ◆



 ――同刻、校舎三階。


 踊り場から第一班、第二班の戦闘を眺めていたイツキは、背後から忍び寄る存在に気がついて振り返る。


「イツキ」


「……壮哉」


 どうしてここに? と。

 白々しいセリフは、飲み込んだ。


「糸か」


 張り巡らされた罠を、『勇者』は一瞬で看破する。張り巡らされた糸を躱しながら、ゆっくりと近付く。


「便利だろ? 俺だって、戦えないわけじゃない」


「…………」


 互いに、目的は理解している。

 『血溜まりの夜』に紛れて梅木壮哉が自分を殺そうとしていることも。

 また、返り討ちにして、『勇者』を殺そうとしていることも。


「……それで、『勇者』を止めるつもりか?」


「どうだろうな」


 菜乃子から聞かされていた、『勇者』の特性。それは、己が正義だと思われている限り、圧倒的なステータスの上昇を補正してくれるというもの。願い、信じ、託されることこそが、『勇者』の本質だ。

 もちろん、簡単な鑑定を行えたり、剣技に優れていたりと、細かい便利な能力はあるものの、それらは小手先の技術でしかない。結局のところ、存在の価値が他の天職とは大きく異なっている。


 大崎イツキの天職『仕立て屋』は、限界を超えた特殊な性能を有している。だが、そんな天職でも敗北しうるのが、この世界における『勇者』の定義であった。


「……最後に、確認しておこうか。全ての反抗を諦めて、投降しろ。今度こそ、俺に忠誠を誓え。お前はもう、殺すには惜しい人材となっている。俺だって、有能な奴を消したくはない」


「信じられるわけがないだろ。無能な人間を間引こうとするやり方は、必ず限界がやってくる。今だって、そうだろ? この第三班は、お前が無能だと判断した切り捨て候補の集まりだ。だけど俺たちは、生き残るぞ。あいつらは、とても優秀だからな」


 鹿島心は、勇敢さを示して神野帆南海を救ってくれた。笹川菜乃子は、能力を生かして時間を稼ぎ、『暗黒騎士』に布石となる楔を打ち込んだ。堀青葉は瀬戸際に異次元の雷魔法を発現させ、中里新奈は危険を恐れず化物に立ち向った。

 小野寺瑠海だって、生きる意味を知って、『狩人』として成長しつつある。今回は戦えなかったが、それでも彼女は無能ではない。


「俺にはお前の非情さが理解できないよ。お前は、『勇者』じゃない。ただの『独裁者』だ」


 独裁には、反乱がつきものだ。歴史がそれを証明している。


「それは、嘘だ」


 剣をイツキに向けながら、梅木は言う。


「――お前なら、わかるだろう。無能を抱えては、この世界では生きてはいけない。たしかに俺は、間違っていた。お前は無能ではなかったし、これから成長するやつもいる。だが……そうでない者がいることを、知っているはずだ」


 例えば、家松教頭のように。

 己の欲に負け、衝動に従って行動する人間とか。


「お前は後発組だから、知らないだけだ。俺とお前の違いはそれくらいしかない。もし、立場が逆だったら、お前も俺と同じ決断をする」


 意志は固く。


「俺は、みんなのために無能を殺すよ。それを邪魔するものも、等しく殺す。俺は別に、独裁者になりたいわけじゃない。ただ、一人でも多くのクラスメイトを救いたいだけだ」


 性悪説。

 結局のところ人間は怠け者であり、堕落していて、悪人である。意志が強く、能力に長けた人物でなければ、己の悪性を制御することは難しい。故に彼は、弱きものを間引いていく。


「正しいのかもね、それは」


 無秩序な終末世界では、誰もが大きな不安を抱えて生きている。平和な世界とは、何もかも違うのだ。丹羽里穂のように、強大な力を手にしたがゆえに、不安を逃れるために間違ったことに手を染めてしまう者もいる。


「だけど無能側に振り分けられた俺らとしては、たまったもんじゃない」


「お前は有能側にしても良いと言っている」


「無理だね」


 だって、イツキは知ってしまったから。


「俺だけが助かるのなら、意味がない。この世界に来てから、無駄に仲良くなりすぎた。俺はもう、みんなを見捨てられない」


 脳裏に浮かぶ、仲間の横顔。

 生き残るために彼女らを見捨てられるわけがなかった。


「代替案を提示しよう。お前が教育するのなら、他の奴を見逃してやっても良い。鹿島も小野寺も神野も、そもそも無能な天職というわけではない。お前次第では、これから無能を脱却することもできるはずだ」


「……本当か?」


「ああ」


 ふっと、梅木は優しく笑った。不意に見せた、現実世界にいたときと同じ顔。


「お前を見ていると、そういう未来もあり得るんじゃないかって、思い始めてきたよ」


 それは、予想外の言葉だった。

 殺意に満ちた彼らは、殺し合うことでしか答えを見つけられないと思っていた。矛を収めて和解するなど、子供には考えられない決着の付け方である。


「……それなら、戦う意味はなくなるな」


「手を組んだ方が、これから先の生活も安定するはずだ」


「壮哉……」


 いつの間にか、互いを名前で呼びあうようになっていて、何かが変わったのだろうか。ままごとのような友達ごっこに、絆されたのかもしれない。


「頼むよ、イツキ」


「……そうだな」


 甘い、と。

 人は言うだろうか?


 だけど、そういうものを信じてもよいだろう。彼らはまだ、高校生なのだから。喧嘩して、殴り合って、互いを知って、認め合う。それを繰り返して、人との付き合い方を学ぶのだ。


 差し出された手を握り返したイツキ。


「ありがとう」


 爽やかな笑顔を浮かべた壮哉は。


「――


「……あ?」


 左手に握られていた剣が、イツキの脇腹を襲った。


「~~~~~~~~!??????????」


 寸前のところで身を捩ったおかげで、なんとか致命傷を避けたものの、おびただしい量の血液が舞い上がる。


「そ、壮哉っ――!!!!!!!!!」


「……何だお前、寝てんのか?」


 驚くほど冷めた目で、イツキを見下ろす壮哉。


「お前の存在は、俺の失敗そのものだ。知っているやつは、生かしちゃおけねえんだよ。さっさと死んでくれ。今なら、家松教頭が生徒殺しの罪を被ってくれる」


「そ、それがお前の本性か……!」


「当たり前だろう。今更、和解するわけがない。この校舎にいる奴らは、皆殺しだ。どうせ、お前はぺらぺら喋ってんだろ? だったら、口封じしなくちゃな」


「家松教頭……?」


「ああ、お前は知らなかったっけな。『暗黒騎士』の天職を持つ、変態教頭だよ。里穂の手引によって、校舎に侵入している。お前を殺したら、家松を使って他の全員を殺す。それから家松を殺せば、悲劇の『勇者』の出来上がりだよ」


 無表情で、梅木は言う。


「――みんなを、救えなかった。って、な感じ? くだらないが、こうすることで強くなるのが『勇者』なんだよな……」


「……丹羽里穂も、殺すのか」


「当然だろ。あいつは、戦闘職の中でも飛び切りに無能だ。それに、何を勘違いしているのか、俺にまとわりついてくる。従順なうちは便利だが、そのうち手に負えなくなることは目に見えている」


「……外道だな」

 

 会話をすることで時間を稼いで、見えないところで斬られた箇所を縫合する。出血量には驚いたものの、意外と傷は深くはないようだ。状況を、冷静に観察する。


 ――よし、


「……なぁ、壮哉。言ってなかったことが一つあってさ」


「何だ?」


「俺の能力についてだよ。『仕立て屋』なんだが……ちょっと、特殊な性質を持っていてな? 糸は、好きなものを生成することができるんだ」


「……初耳だ。他の『仕立て屋』とは違うのか」


「ああ。しかも、強いイメージを念じれば、性質を加えることもできる。見えない糸とか、な? 通常は存在しない特性まで付与できる」


「何だって……?」


 その言葉に、壮哉はイツキから距離を置いた。彼の中の本能が、危険を感じ取ったのだろう。特殊能力を帯びる糸など、彼は耳にしたことがなかった。だとすれば、沢山の糸が張り巡らされているこの教室は、危険極まりない。


「それらを踏まえた上で、一つ質問だ」


 勝利を確信したイツキは、手札を開示する。


?」


「……は?」


 部屋中に張り巡らされた糸に、視線を向ける壮哉。よくよく観察してみれば、部屋の外にも糸は繋がって、ぴんと張り詰めている。その糸の先を視線で追いかけると、第二班が潜んでいる詰所にまで糸が伸びていた。


「糸電話、だって?」


「糸っていうのは、空気よりも音と相性がいい。何でもない普通の糸ですら、それなりの距離をとっても音を伝えることができる。なら、魔法によって強化された、糸ならば? とてもクリアに、俺たちの会話を誰かに届けることができるってわけ」


 『勇者』は、己が『正しい』と信じられていてこそ、その真価を発揮する。だが、梅木壮哉という人間は、信じるに値する人物なのか? その声を聞きたければ、糸電話を通して耳を澄ませてくれ。


「さっきのお前の自白」


 ドヤ顔で、イツキは指差す。


「『?」


「――ハッタリだ!!!!!!!」


 大きな声が、教室内に響き渡る。


「たかが糸電話ごときで、音声を聞かせられるはずがない! これはお前の計略に決まって――」


 その真贋は、すぐに明らかになる。


「――どういうことなの?」


 『聖女』平山聖凪が青褪めた表情で言葉をこぼした。


 息を切らせながら、一心不乱に走ってきたことがひと目でわかった。梅木壮哉の自白を聞いた彼女は、危険を顧みず、事の真相をその目で見つめるためにやってきた。戸惑いが八割、悲しみがニ割。そしてその瞳は、『勇者』が『悪』であることを確信している。


「違う」


 言い逃れが不可能であると、彼はすぐに理解していた。


「違う!」


 それでも、彼女にだけは信じてもらいたかった。


「違うんだ、俺は――!!」


「――何も、違わない」


 涙を目に浮かべた彼女は、声を震わせて言う。


「ここに来るまでに、丹羽さんの遺体を見たわ。あれも、梅木くんの仕業なのね」


「……あ」


 もう、駄目だ。


 梅木の心が、それを本能的に理解した。


「あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 理性が外れる音がした。


 彼を『勇者』と認めてくれる人は、この世界に誰一人として存在しない。

 




 

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