038 vs『暗黒騎士』その4
「うわ」
彼女を初めてみたのは、高校の合格発表の日だった。整った鼻筋と、まんまるな瞳。すらりと伸びた足に、引き締まったウエスト。そこに存在しているだけで、圧倒的な存在感をこれでもかと放っている。どれだけ自分を磨こうとも、彼女の領域にたどり着くことは不可能だ。化粧の方法を覚えて自分に自信を持ちかけてた丹羽里穂は、これが本物の美人だと痛感する。
彼女の名前は、鹿島心。
当時からモデルとして活動する、正真正銘の本物だった。
そんな鹿島心を目撃した里穂は、その日に固く誓った。
「もし、一緒のクラスになったら最初に声をかけて、友達になろう」
性格は、どんな子なのかな。ちょっと口が悪くらいの方が、逆に安心する。でも、中身まで完璧だったら凄くない? あー、見た目だけで友達になりたいって、不純かな? だけど、いいよね。本当に、キレイだもん。
なんて。
そんなことを考えるくらいには、ひと目見たときから鹿島心に目を奪われていた。
彼女たちの出会いは、卑屈なものではなかった。ただ純粋に、彼女とお近付きになりたかっただけ。誰がそれを罪だというのだろう。間違えてしまったのは、そこじゃない。そこじゃなかった。
「里穂、行こっ!」
「――うん!」
彼女と友達になれた里穂は、口が悪くも面白い心の存在に、すっかり魅了されていた。運良くクラスメイトになれて、本当に良かった。だが、そんな彼女の楽しい日々は、あまり長くは続かなかった。
――鹿島さんって、何であんなのと友達なんだろうね。
それは、ふと耳にした里穂への陰口。気にしなければいいのに、よせばいいのに、その噂を確かめようと耳を澄ませてしまう。
――腰巾着だって、絶対!
――釣り合い取れてねえなぁ!
――ブスと一緒にいた方が可愛く見えるからじゃね?
陰口は知らないところで降り積もり、ふとしたときに里穂の心を抉る。浮かれていたのは自分だけで、周囲の人間は里穂の存在を許してはくれなかった。誰よりも先に声をかけ、心の隣を手にしたことがこんなにも妬まれるのか。
「ねえ、心。なんで丹羽と友達やってんの?」
誰かが聞いた、何気ない疑問。
里穂が聞いているとも知らずに、心は躊躇うことなく回答する。
「さぁ?」
あっさりと。
「特に理由なんてないけど」
つまらない話題だと思っているのか、スマホに視線を落としたまま適当に言葉を投げていた。
「…………」
丹羽里穂は、知っている。ちゃんと、心の言葉の意味を分かっている。彼女は真実、そのままの意味で言っただけ。そんなことは、わかっているからこそ!
「……理由」
求めてしまった。
それ以上を、欲しくなってしまった。
自分が彼女に対して思ったように、彼女にも確かな理由を持ってもらいたかった。徐々にねじまがる、鹿島心への敬愛は、やがて憎しみに転じていく。
「わかってるって」
自分と心は、釣り合いの取れない花。
「もういいって」
自分を磨くことで、その高みに登ることは出来ない。
自分には、そんな器量もない。
なら、心の方が落ちてきてくれたら――?
「……あーあ」
確かにこれは、邪悪だと自嘲した。
そして、無秩序な終末世界が、彼女の憎しみを解き放ってしまう。
◆
致命傷を受けた丹羽里穂は、いまだに意識を失わずにぼんやりと争いを眺めていた。燃え上がる保健室では、炎の勢いが弱まっている。どうやら、消火に成功したらしい。指一本、動かすことは出来ない。もはや死を待つだけの状態だ。
「……しんどいわね」
保健室から出てきたのは、神野帆南海だった。生きていることに、不思議はない。鹿島心が助けると言った以上、助かっているに決まっている。彼女はそういう子だと、里穂は知っていた。
「重い……」
彼女は心の身体を支えながら、やや引き摺って移動しようとしていた。二人は別に、仲が良い友達同士ではない。だが、どうしてだろう。里穂の視界からは、二人が十年来の親友のような、気心の知れた関係のように見えてしまう。
――どうして。
声にならない声が、彼女の心から放たれる。
――どうして……そこにいるのが、あたしじゃなかったんだろう。
心の声。
答えは、言われる前からわかっている。
――醜い。
殺されることによって、『生』から出るしがらみから解き放たれた彼女は、ようやくあの頃の気持ちを思い出した。ただ、魅力的な女の子と友だちになりたかった。本当は、ただそれだけなのに。
――ざまあみろ。
それが、自分に相応しい言葉だ。
今更のように理解しても、もう遅い。
どれほど後悔しようとも、全ては終わってしまった。
「心」
許しを求めているわけではない。
むしろ、これが自分の本質であると身にしみて理解させられてしまった。性格の悪い、イジメっ子。自分のためなら友達すら裏切り、他人を殺す。こんなにも薄汚い人間が、鹿島心の隣にいて許されるわけがない。だからこれは、当然の結果。唾を吐きかけられるのがお似合いの人生だ。
――ぐちゃり、と。
里穂の背後に、何かが落下してきた。あいにく、立ち上がることすらままならないため、確認すら不可能だ。しばらくすると、正体不明の何かは、窓の外から校舎に侵入してきた。のろのろと、地面を這う芋虫のように、とても緩慢な動作である。
「ア…………ア……」
『暗黒騎士』家松教頭……の、成れの果て。
黒焦げで、もはや死ぬ寸前にしか見えないそれは、死物狂いで生にしがみつこうとしていた。
――馬鹿な奴。
本当に、醜いね――。
間違っている人間は、思い知らされなければ大切なものが何かすら気が付かない。
死ぬ寸前になってようやく始まりの気持ちを思い出すのなら、最初からこんなことをしなければよかったのに。だけど彼女は、弱かった。考えが至らずに、正しいこともわからず、ゆくあてのない感情を衝動的にぶつけてしまう。十年そこそこしか生きていない子供には、少々手厳しいかもしれないが――。
これが現実世界なら、ど派手に喧嘩して、罵り合って、対話することも出来ただろう。天職という凶器と、終末世界という環境が、彼女に間違える機会を多種多様に与えてしまった。それが、極限状態の恐ろしさ。幼い女子高生を異世界に飛ばせば、こういう間違え方もざらに発生する。
――どこいくのよ。
声にならない声が、再び。これは、あの二人を追いかけようとしている。
地を這う黒焦げの背中に投げかけられる。
――あんたはここで、おしまいだって。
指一本、動かせない。
だけど、できることはあった。
――よくも、あたしを殺してくれたな。
心の声は、あの黒焦げには届かない。いや、届かなくて良い。死人の戯言は、胸のうちに留めておくに限る。途切れかけの意識の最期に求めたのは、一握りの青い炎。丹羽里穂が生涯最期に行き着いた、純然たる炎魔法だ。
「ア――」
追いかけさせない。
お前はここで、一緒に死ね。
動かなくても発動できる魔法は、やっぱりどう考えてもチートだ。
「アアアアアアアアア――!!」
今度こそ、今度こそ、『暗黒騎士』は灰に還っていく。どこまでも醜い存在だったが、残された灰は純粋に美しい。生前の黒さと対比される、極めて真っ直ぐな白だ。
しかし、彼女にとってそんなことはどうでもよかった。
ただただ、丹羽里穂の意識は別の方へと向けてられていた。
――心。
姿の見えない、かつての友人へ。
「火傷の痕、残らないと良いなぁ……」
いつまでも、美しい貴女でいて欲しい。
ただそれだけを願って、彼女は絶命した。
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