037 vs『暗黒騎士』その3


 ――何故、生徒たちは教師の言うことを聞かないのだ。


 闇に飲まれた家松教頭は、『暗黒騎士』のデメリット効果によって理性を失っていた。教師であった自分と、化物に成り下がった今の自分。そこに、違いがないと思いこんでいる。かつて彼が若かりし頃は、熱意と活気に満ちた熱血教師だった。あの頃は体罰をしても咎められることなく、教師の威厳を保つことが出来ていたというのに。


「……退学にさせてやろうか」


 無敵と思われた『暗黒騎士』も、やはり耐久限界は存在する。特に『雷術士』の雷魔法や、『狩人』の射撃は明らかに生と死の境界に触れる攻撃であった。天職が別のものであれば、間違いなく死んでいただろう。


 ――雷。


 生徒たちは、どこかであの雷撃を準備しているに違いない。そう確信した家松教頭は、自らの在り方を闇に願う。


「――


 絶縁体のような性質を。

 銃弾を跳ね返せるほどの外骨格を。

 それはさながら、騎士が纏う鎧のように。

 あるいは、血肉に飢えた化物のように。


「ふぅうううううううううううううう……………………!!!!!」


 大きく息を吐きだして、進化を遂げた肉体を確認する。


「素晴らしい」


 ダメージは完全回復とはいかなかったが、これならば『雷術士』ごと生徒指導を果たせると確信する。ゆっくりと立ち上がった家松教頭は、獲物の在り処を示す血痕を追う。


「……んん……甘美な匂いだ」


 階段に滴る血を舐め取りながら、邪悪な笑みを浮かべて登っていく。階段を一歩ずつ上がる度に、生徒たちの存在がより近くに感じる。一瞬、彼女らを追いかけるよりも、他の階に潜んでいる生徒に教育してやっても良いと考えたが――。


「……っ」


 三階に差し掛かったところで、『暗黒騎士』としての本能が、警鐘を鳴らした。


「……『勇者』か?」


 彼自身が、梅木を恐れているわけではない。ただ、絶対的な相性差として、『暗黒騎士』は『勇者』に相当分が悪かった。あれは、魔を滅するために存在する天職だ。理性を失っても、本能が『勇者』から距離をとりたがる。


「今は、いい」


 それよりも、目の前の生徒に愛の指導をしてやらなければならないと、家松は階段をゆっくりと登っていく。血の匂いが、より強くなっていく。屋上の扉を前にするだけで、脳内には快楽物質が駆け巡る。


 ――揺るがない立場の上から、誰かに指導したかった。


 優位性という海に溺れた家松教頭は、己の欲望に忠実に行動する。


「屋上は、立入禁止だ」


 ドアノブを掴んで、


「――お前たちは、いくつ校則違反を犯すつもりだ」


 扉を開いた、


 ら、


 菜乃子が、矢を握りしめて宙を舞っていた。


「は――?」


 不意打ち? 矢? その細腕で? 毒? 否、無意味!

 今更その程度の攻撃で何ができる?


 助走をつけ、全体重を乗せた菜乃子の一撃が、『暗黒騎士』に襲い掛かる。その狙いは、鎧のような外骨格の、その隙間。


「――そこ」


 『武闘家』の俊敏性を生かして、間合いに踏み入ることに成功した菜乃子は、渾身の力で『矢』をぶっ刺した。外骨格をさけ、肉を引き裂き、深々と首筋に突き刺さる。


「それが、どうした?」


 まるでダメージを受けた素振りを見せず、


「――がはっ!?」


 矢が突き刺さったまま、躊躇なく菜乃子を蹴り飛ばす家松教頭。その顔は愉悦に満ちていた。


「だが、悪くはないぞ。たまには反抗してこそ、指導のしがいがある」

 

 小さな矮躯の女の子が、渾身の一撃を行ったとしても、その程度の威力では大したダメージを与えられない。そんなことは、菜乃子自身、百も承知である。


「――青葉さん!!」


「うん――!!」


 屋上の中心に指を掲げる『雷術士』が、ありったけの魔力を生成していた。『炎術士』として大した才覚を示せなかった丹羽里穂からしてみれば、同じ系統の天職とは思えぬほどの高密度の魔力である。


 彼女の魔力は、肉体ではなく天に注がれていた。いつの間にか、どす黒い雲が夜の闇に紛れている。


「それが、どうした――っ!!」


 家松教頭は、臆することなく吠え猛る。雷耐性を得たことにより、もはや彼にとっては『雷術士』など恐れるような相手ではないと――そう確信していた。


 はずだった。


「喰らえ」


 充電120%。

 最大出力にて放たれる雷魔法は――本物の雷を呼び起こす、天候干渉系の大魔法である。唸り声をあげる大空にとって、『暗黒騎士』など地面を這う虫けらと変わりはない。


「――『神罰』」


 振り下ろされた神の一撃は、避けることも耐えることもさせずに家松教頭の肉体に直撃した。魔力によって強化された自然の雷は、電気を通さない外骨格で包まれた『暗黒騎士』の体内を、ずたずたに引き裂いていく。


「ば、馬鹿なっ――!? ど、どおじて――っ!??」


 一瞬で黒焦げに様変わりした家松教頭は、再生能力すらも根こそぎ破壊されてしまった。明らかに、活動限界を迎えている。


「あ、アアア、アガガガガガガガガガガガ――!!」


 彼は、気が付かない。今、家松教頭の肉体に突き刺さった矢は、『鍛冶士』によって用意されていた電気を呼び寄せる性質を持つ矢だ。発生させた雷をコントロールできるほど、『雷術士』は万能ではない。せいぜい、ある程度方向を指定するだけである。よって、呼び起こした雷を正確に誘導するための伝導体が、必要だった。どれほど電気を通さない外骨格に包まれていようとも、体内に刺さったその矢が、電流を弾かれることなく内側へ誘導してくれるのだ。絶縁体によって電流の逃げ場がなくなったことにより、彼女たちが想定していた以上の威力が家松教頭を襲っていた。


「……やった、の?」


 もはや生きているのかどうかすら怪しい、黒焦げの家松教頭。先程とは違って、再生する兆しすら見えなかった。


「も、も~~~むり~~~~~~!!!」


 思わずその場でへたり込む青葉。魔力を使い切って、一歩も動ける状況ではない。


「……まだ、かろうじて……生きているですね」


 『鑑定眼』によると、即死はしていないようだ。だが、魔力はもちろん、肉体のあらゆる機能は破壊されており、もはやただ生きているだけの黒焦げの何かでしかない。


「あ…………あ………………」


 うめき声を上げながら、覚束ない足取りでさまよう家松教頭。先程までの凶悪さは欠片もなく、哀れで虚しいだけの存在に成り下がっていた。


「これでもまた、死ねないですか」


 だが、終わりのないものなど存在しない。菜乃子の『鑑定眼』は、家松教頭の命の残量をはっきりと視認する。


「あ、う……あ……」


 目も見えないせいか、屋上のフェンスに衝突する。黒焦げの家松教頭は、そのままフェンスにもたれかかった。


「う……」


 だが、フェンスは彼の身体を支えることは出来ず、そのまま重量に押し負けて家松教頭ごと落下してしまった。悲鳴をあげることもなく、彼はあっけなく、地面へと衝突する。べちゃっとする音が、やけに虚しく響いた。あれほど暴れまわった化物の最後は、驚くほどあっさりである。


「……もう一歩も動けません」


「わたしも~~~~~」


「ニナも、無理」


 『鑑定士』、『雷術士』、『狩人』。

 まるでシナジーのない歪なトリオではあったが、それでも彼女たちは大役を果たした。『暗黒騎士』という、極めて有害な天職持ちを相手に、大きな戦果を上げたのだ。


「さぁ、イツキくん」


 菜乃子は、儚げな笑みを浮かべて囁いた。


「――あとは、君だけですよ」


 先程、家松教頭が本能的に察知した、校舎の三階。そこでは、『仕立て屋』と『勇者』が遭遇している。どのような結末になるかは、誰にもわからない。ただ一つ言えるのは――この時点で、梅木壮哉の計略は、大失敗を迎えた、ということだ。


「新しい服が、必要」


 ぼろぼろの制服を剥ぎ取って、新奈はため息を付いた。


「イツキくんに作ってもらおうぜい」


 そろそろ女子高生の本分に戻りたいと、誰もがそう願っていた。



 

 

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