036 vs『暗黒騎士』その2
「――校則違反だ、廊下を走るなぁああああああああああああああああ!!!!」
校舎の一階にこだまする、家松教頭の叫び声。身軽な身のこなしで逃げ回るは、もちろん菜乃子だ。先程の強烈な電撃によって運動機能が低下したことにより、『暗黒騎士』は満足に動き回れないようだ。
これほど大声を上げていれば、二階に隠れている非戦闘員たちも事態に気が付くだろう。だが、怒りに満ちた家松教頭は、もはや菜乃子以外の標的には目もくれない。
「オイ」
カサカサと虫のような動きで迫る、一匹の泥人形の姿。
「オクノ、キョウシツニ、ゴシュジンガ、ヤスンデイル。アイツヲ、チカヨセルナ」
小型の分、敏捷性に優れているのか、はにわのような見た目をしながら高機動で動き回るさまは、やや気持ち悪かった。片言であることも、当然影響している。
「鹿島さんが……!? わかったです!」
「ジカンナラ、オレガ、カセイデヤル」
勇ましく背を向けた泥人形は、『暗黒騎士』と対峙する。その背中は、不思議と頼もしかった。錬金術士によって生み出された新たなる生命体は、ご主人のピンチに呼応して、立ち上がる。
「カカッテキナ」
「ぬいぐるみを学校に持ってきてはいけませええええええええええんん!!!!」
「ア」
家松教頭の一撃が、堂々と立ち塞がる泥人形を一刀両断する。
「――オレ、ヨワッ」
「出オチじゃないですかあああああああああ!!!!」
どれだけシリアスな状況でも、鹿島心の泥人形はネジが一本外れていた。
「マダダ」
だが。
壊されることを前提とした、泥人形の時間稼ぎはここからであった。
「――っ!」
砕け散った泥人形のパーツが、急激に熱を帯び始める。『暗黒騎士』の邪悪なオーラに反応して、急速に熱を放ち始めた。文字通り捨て身の、神風アタックだ。
「ハゼロ」
「――――――――――――ッッッッッッ!!!!!!!!!!」
咄嗟に頭部を庇った家松教頭は、爆発の衝撃を間近で受ける。だが、強力な外骨格が、彼の内面を傷付けるにはいたらない。既に、人間としての枠を超えつつある彼の身体は、より深い闇に堕ちるために、甲虫のような進化を遂げていた。
「……花火を持ち込むのも禁止だよ。お前は本当に、不良生徒だなぁあああああああ!!!!!」
暗黒は、あらゆる色を飲み込んで黒に染める。現在進行系で強化を遂げる化物を見て、あまり猶予がないことを察する。
「……逃げるのも、限界ですね」
かといって、まともに戦ってなんとかなる相手でもない。もう一人くらい味方がいてくれたらと、そう願ったそのときだった。
「――邪魔」
真後ろから、声がした。
「撃つよ」
「……!」
菜乃子は、反射的にしゃがんだ。理解するよりも早く、身体が動いていた。振り向きざまに見えたのは、30口径の狩猟用ライフの銃口。『狩人』中里新奈が、本来のスタイルで殺意を剥き出しにしていた。
――BANG!
躊躇いのないその一撃は、無防備な家松教頭の眉間を貫いた。
「な……っ!!」
いくら強力な外骨格に覆われていようとも、必ず弱い部分は存在する。森に潜む狩人は、一度狙った獲物を逃がすことはない。
「まだ」
相手は、得体の知れない『暗黒騎士』
――BANG!
頭を撃ち抜いたところで、本当に死ぬかは分からない。
――BANG!
想定しうる限りの急所を、狙い撃つ。
――BANG!
弾倉内に5発、薬室内に1発。
――BANG!
出し惜しみしていい相手ではないことは、明白だ。
――BANG!
頭、首、心臓、肺、みぞおち、股間。絶え間なく放たれた弾丸が、家松教頭の身体に打ち込まれる。ぐったりと倒れた獲物は、うめき声を上げながらその場に倒れ込む。警戒心は残したまま、中里新奈はゆっくりと構えを解いた。
「……死んだ?」
「わ、わかりません、です……」
何故、狩猟用ライフルを持っているの?
おそらくは、彼女以外の殆どの人間が知らなかったはず。彼女は非戦闘職でありながら、戦闘職にも匹敵する武器を手にしていたのだ。『狩人』が武器として適性があるのは、弓だけではない。
「駄目かも」
「――っ!?」
撃ち抜かれた傷口から、真っ黒な瘴気が溢れ出していた。殺しても殺しても死なない『暗黒騎士』は、それでも尚立ちあがる。
「……銃はいかんだろ、銃は。中里ォオオオオオオ!!! 先生に銃を向けるとは何様だぁああああああああああ!!!」
瀕死のまま、絶命を回避する。
それこそが、『暗黒騎士』としての唯一無二な特性であった。あと何度殺せば死ねるのかは、家松教頭自身にも分からない。深刻なダメージを負ったせいか、それでもすぐに動くことの出来ない『暗黒騎士』は、瘴気に包まれながら己の身体を修復する。少女たちが懸命に与えたダメージが、一秒ごとにかき消されていく。
「ずるい」
弾丸を打ち尽くした新奈は、汗の量が尋常ではなかった。どこか怪我をしているのか、無理をしているのは明白である。時間稼ぎが必要なことは、すれ違った青葉から聞いていた。そんなもの必要はないと勇んできたものの、狩猟用ライフルですら通用しない。歯がゆさを噛みしめながら、彼女は次の一手を懸命に振り絞る。
「……これを」
彼女の身体は、限界だった。いくら万能薬で復活したとはいえ、この身体は既に気力を使い果たしている。ここに駆けつけるだけで、精一杯だ。
「これは?」
「第二の矢」
真っ黒な矢を、菜乃子に託して。
「……失敗した、けど。そろそろ、時間稼ぎは十分かも」
菜乃子の逃走劇と、ゴーレムの爆発に、新奈の銃撃。手札を使い切ってもこれだけの時間しか稼げなかったが――それでも、何とか目標タイムに達していた。
「屋上に、誘導して」
そこには、フル充電の『雷術師』が獲物を探している。
「一緒に、いくですよ」
新奈の身体を抱えて、菜乃子は歩を進める。
「……ありがとう」
真後ろには、真っ黒な暗黒に包まれた家松教頭が。
「待て、貴様ら――!!」
闇の彼方から、菜乃子の肢体を凝視していた。
蛇のような性格は、諦めることを知らない。
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