035 vs『暗黒騎士』その1


 『暗黒騎士』

 クラスメイトには与えられなかった特殊な天職は、笹川菜々子の『鑑定眼』によってその特性が明らかとなる。


 闇に落ちた騎士は、他人を殺す毎に強くなる。血を啜った量が多ければ多いほど、その刃は研ぎ澄まされていく。特性として、筋力や耐久力に著しい上昇補正が欠けられるが、逆に精神性が低下し、凶悪な思考に汚染されていく。『狂戦士』にも似たバッドステータス付きの天職は、圧倒的な戦力を有しながら若椿高等学校を急襲する。


「こら、笹川」


 もはや、家松教頭は理性を失っていた。


「――先生に会ったら、まずは挨拶だろう」


 形だけは教師の真似事をしながら、ただ血に飢えているだけ。丹羽里穂の返り血を浴びながら、恍惚な表情で次の獲物を視界に捉える。


 『理性崩壊』


 家松教頭の凶行は、もはや話し合いでかたをつけるのは不可能だった。


「んん? なんだ、その服は。登校する際は、学校指定の制服に着替えてこなければならんだろうに」


「……っ!」


 『鍛冶士』坪井稜大から譲り受けた長槍を構える菜乃子。『鑑定眼』によって模倣した、『槍術士』としての能力で戦うつもりだった。


「残念だ、笹川。お前はとても聞き分けの良い生徒だったというのに――」


「ひ」


 膨大な殺意が、菜乃子の足を釘付けにする。『暗黒騎士』の放つ威圧感に、彼女は指先一つ動かすことができなかった。


「まさか、ここまで……!」


 菜乃子は、理解していた。

 家松教頭が、梅木壮哉の手引きによって自分たちを殺しに来たのだと。だが、その戦力を見誤っていた。これは、個人が太刀打ちできる領域を超えている――!


 そのときだった。


「――穿け、『遠雷』」


 目にも留まらぬ圧倒的な速度で、菜乃子の横をイナビカリが迸る。まるで反応できなかった家松教頭は、振り上げた剣を通して雷をモロに食らってしまう。


「アガアガアガガガガガガガガガガガガ――!!!!」


 高圧電流を流されたような衝撃が、家松教頭の身体を襲った。いくら頑丈な身体であっても、雷を受けてノーダメージでいられるわけがない。


「ナノちゃん! 大丈夫!?」


 規格外の不意打ちを放ったのは、『雷術士』堀青葉だった。


「あ、青葉さん……!」


 目を疑うような威力の雷を、何でもない普通の女子高生が放った。その事実に、思わず菜乃子は冷や汗をかく。何度経験しても、天職の異常性には慣れない。


「い、今のなんですかっ!? 雷を放ったんですか!? 家松教頭、黒焦げですよ!?」


「ナノちゃんが、襲われてたから、手加減できなくて……!!」


 『炎術士』や『風術士』とは違い、彼女の『雷術士』は異質であった。同じ属性魔法の使い手でありながら、何故だか攻撃に特化しすぎていた。高火力、超速度、高燃費。本来、ユーティリティに優れる天職として用意してあったのが、青葉が扱うととても使い勝手が悪くなってしまう。


「き、貴様……っ!! 教師に、なんてことを……!!」


 だが、『暗黒騎士』はそれでも屈することはない。 


「教師に反抗するとは――何たる不良学生か!! この私自ら裁いてやらねばならんようだな――!!」


 怒りを剥き出しにして、未だ痺れる身体を強引に動かそうとしていた。


「青葉さん、もう一発は!?」


「む、無理だってぇ~~~!! もう充電空っぽだもん~~~~~~!!」


「あー……そういえばそんな仕様でしたね」


 低威力の電撃ならともかく、高威力の雷のようなものは、ある程度魔力を練らなければ放てなかった。不可避の凶悪な一撃ではあるものの、連発できるようなものではないのだ。


「今すぐ魔力を練ってください!!」


「今やってるから待って~~~~!!! 十五分あれば、チャージできると思う!」


 先程よりも、高威力な雷撃を。

 それくらいの魔法でなければ、第三班が家松教頭に対処するのは不可能だろう。幸いなことに、理性を失った家松は、菜乃子に強い怒りを覚えている。逃げ回り、時間を稼ぐことは可能だろう。


「……他の皆さんは、二階に?」


「う、うん……」


 なら、外に逃げるわけにはいかない。万が一、菜乃子を追いかけることを諦められたら、他のクラスメイトに危険が及ぶ。


「三階には、イツキくんがいますし……」


 そして何よりも、外にいる第一班、第二班のことが信用できなかった。彼らに助けを求めようとして、逆に殺されることが怖かった。


「屋上」


 青葉が、力強く口にした。


「空の下なら、もっと強い雷を放てるはずだよ。それに、倒せなかったとしても、みんなを逃がせる時間ができる。あいつを、屋上に誘導しよう!」


「わかりました。それでは私が時間を稼ぐので、青葉さんは屋上で魔力を練っていてください。どれくらい稼げるかはわかりませんが、やってやるですよ!」


 『鑑定士』のチート能力によって、菜乃子は何人かの生徒から能力を模倣していた。今、右手に抱えている槍を一人前に扱えるのも『槍術士』を鑑定し、自分の能力として再現しているからだ。魔法系や、得意なものは真似できないが、自分の肉体で再現可能なものについては、真似できるらしい。


「『武闘家』」


 逃げ回るのなら、身のこなしに特化する必要がある。故に菜乃子は、新泰から鑑定した『武闘家』に模倣対象を切り替える。本物には敵わないとは言え、自由に能力を再現できるのは、やはり異常な天職である。


「……信じてますよ、青葉さん」


「死なないでね、ナノちゃん……!!」


「はい」


 先程の雷撃のおかげで、『暗黒騎士』の動きは鈍い。これならば時間稼ぎくらいは可能だろうと、菜乃子は確信する。


「――終わったら、またイツキくんにお洋服を直してもらわなければなりませんね」


 見据える未来の先には、彼がいて。


「頑張りましょう!」


 窮地であっても、菜乃子は笑っていた。



 ◆



 同刻、屋上にて。


「……許さない」


 致命傷を受けたと思われていた中山新奈が、ゆっくりと立ちあがる。手には、神々しい空っぽの容器。『治癒術士』から譲り受けていた万能薬エリクサーが、彼女の命を救っていた。


「こんなところで、貴重な薬を使っちゃうなんて……!!」


 訳あって、万能薬エリクサーは製造数に限りがあった。本来なら、こんなときに使うようなものではないというのに。


「――殺してやる」


 『狩人』が、戦場に参加する。


 そして彼女は、弓を捨てた。


「あなたは、狩られる側だ」


 隠してあった狩猟用ライフルを手にした中里新奈は、『暗黒騎士』を獲物と定めていた。


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