031 毒林檎狩り
『食人鬼』
イツキらが敵対する人形の亡者は、ただひたすらに生身の人間を喰らうことを目的としている。それ以外に、彼らの生態系は不明だ。人間のみを狙うことから、捕食目的かと思われていたが、そもそも人類が滅んだこの世界において、人を喰らって生きる生物がいるとは思えない。
彼らはただ、人を喰い殺す。
生きるために殺すのではなく、殺すために殺すのだ。
天職の力を得、『食人鬼』に対応する術を得た人間は彼らのことを軽んじるが、しかし、『血溜まりの夜』が食人鬼の本能を呼び覚ます。
――ギシャアアアアアアアアア!!!!!!
熱病にうなされるかの如く、血肉湧き踊る。手枷から解き放たれた獰猛な魔物は、平常時とは比べ物にならない速度で若椿高等学校を襲撃する。猿のような俊敏さで森を駆け抜けるさまは、恐怖そのものだ。
――だが。
「テンション上がってんじゃねえぞクソが」
「ギ?」
先走った食人鬼の首が、瞬く間に切り落とされた。血走った瞳は、最後まで自分を殺したものを視ることはなく。
「――ア」
血飛沫が宙を舞って、絶命する。
「……ふん」
『勇者』の天職は、控えめに言ってチートである。梅木壮哉は、単純な戦闘力ならばクラスメイトの中でも比類なき強さだ。誰一人として、真正面からでは勝てないだろう。『勇者』は、ただひたすらに、強いのだ。まるで、運命に愛されているかのように。
「やるねえ、『勇者』サマ」
「何が『血溜まりの夜』だよ。いつもの食人鬼と変わんねぇ」
「そう思っているのは、壮哉だけだろーぜ」
新田元弥、5位、『戦士』。
『鍛冶士』によって制作された大剣を振り回しながら、食人鬼の群れに突撃する。高校生とは思えない筋肉の鎧に包まれた元弥は、そこらに生えていた大木ごと食人鬼を薙ぎ払う。
「ははっ、すげえ威力!」
天職によって補正がかかった一撃は、超人的な威力を発揮していた。『勇者』ほどではないものの、やはりその力は驚異的である。
「何匹でもかかってこいやあ!! お前らなんか、敵じゃねえんだぜ!!」
――キヒッ。
だが。
そんな彼らの元へ、新たなる脅威が現れる。
変異種『毒林檎』――通称、ギフトアプフェル。大崎イツキが遭遇し、笹川菜乃子に傷を負わせた、より凶悪な化物である。当然、『血溜まりの夜』によって凶暴性が更に増していた。ギフトアプフェルの鉤爪が、血に飢えている。
「面倒そうだな」
新田元弥は、本能的に理解した。初めて見る化物が、自分の生命を脅かす可能性があることを。
「どけ」
だが。
「――こいつは、俺が殺る」
『勇者』にとっては、食人鬼とさしたる違いはなかった。
「適当に暴れたら、予定通り作戦を決行する。あとは任せたぞ」
「……頼もしい勇者サマだ」
梅木壮哉の冷ややかな眼差しが、道化を演じるギフトアプフェルを捉える。
――キヒ?
「死ね」
正当なるチート天職が、食人鬼に終わらない悪夢を見せつける。
◆
一方、若椿高等学校正門前では、大量の食人鬼が『神聖結界』の綻びを目指して急襲していた。
「風の刃よ、吹き荒れろ――!!」
『風術士』本橋大地によって放たれたかまいたちが、押し寄せる食人鬼を薙ぎ払った。『炎』『雷』『風』の天職が存在しているが、彼の『風術士』としての能力は誰よりも磨かれていた。
風を操り、武器として振るう。
近接職業と比べても圧倒的な殲滅力に、食人鬼たちは為すすべもなかった。
「……あれ? 俺の出番なくね?」
『武闘家』である岩沢新泰は、退屈そうに唇を尖らせる。だが、そんな心配をしなくとも『血溜まりの夜』は盛り上げどころを見逃さない。
「良かったな、アラタ。援軍だ」
第一波を蹴散らしても、すぐに第二波が訪れる。
――キヒヒヒヒヒ
変異種『毒林檎』。
通称、ギフトアプフェルが、三体同時に姿を見せる。伸び切った鉤爪をがちゃがちゃと鳴らしながら、気味の悪い声で笑う。
「ふん!」
大地はすぐに風の刃を叩きつけたが、ギフトアプフェルには魔法による攻撃はあまり効果的ではなかった。風の刃が、彼らの身体を傷付けることはない。生まれ持つ魔法耐性が、大地の天敵として立ちはだかる。
「ちっ、こいつは任せるぞ、アラタ――!!」
「合点承知」
にやりと笑いながら、拳を構える新泰。
『一閃』
「――ッ!」
ノーモーションから繰り出される神速の拳が、最前列にいたギフトアプフェルの顔面を殴りつけた。何が怒ったかすら理解できないギフトアプフェルは、悲鳴のような声を上げて威嚇する。
「もっとだ、大地」
拳を武器とする『武闘家』は、速度と拳の重さに特化している。そして――幼馴染である本橋大地が、『風術士』としてのバフを施していた。
「捕まるなよ」
風を味方につけることができれば、『武闘家』の能力を底上げできる。この二人がコンビを組んでいるのは、性格的な相性の他に、天職同士の相互補完作用を期待してのことだった。単体では『勇者』には叶わなくとも、二人が手を組めばそれに匹敵する。
――キイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!
暴走状態のギフトアプフェルですら捉えられない、新泰の神速の殴打。一発一発は大した威力ではないものの、何度も重ねることで芯に届きうる。
「オラオラオラオラオラオラオラオラ!!!」
風とワルツを踊るように、新泰は美しい舞を披露する。凶悪な彼らの鉤爪は、新泰の身体に掠らせることで精一杯だった。
――ガガガガガガガッ!!
一匹、二匹と、活動限界に追い込まれたギフトアプフェルは、その醜い身体を地面に預ける。そして、最後の一匹を仕留めようとしたところで――
「――どけ、新泰」
「え?」
『戦士』である新田元弥が、背後からギフトアプフェルを一刀両断にする。耳障りな絶叫を奏でながら、三体のギフトアプフェルは殲滅された。
「えー!! 今、俺がとどめを刺そうと思ってたのにー! ヒドイよ元弥ー!!」
「あ? 知らねえよ。つーか、このキショいのこっちにも来てたんだな。壮哉があらカタ掃除したと思ってたんだが……」
残る通常の食人鬼を蹴散らしながら、現状確認に移る。
「何なの? こいつ。初めて見たんだけど。壮哉くん、何体くらい間引いてくれてたの?」
「十三、四くらいだ。『勇者』強すぎだわ。名前は、ギフトアプフェルっていうらしい。食人鬼の変異種だってよ」
「……いやいや、強すぎでしょ。んで? その『勇者』サマは?」
「単独行動中。あいつはそっちの方が強いしな」
「なる~~~」
会話をしているうちに、第二波もあらかた方がついてしまった。いくら『血溜まりの夜』とはいえ、この程度の魔物ではもはや驚異とはならない。
「……予想より、数が少ない。それに、さっきから森の中からすげえ音がしてるし……華音が暴れてるんだろうな」
巻き添えを食らうというただそれだけの理由で、正門から離れて戦う少女。第一班の強力無比な盾は、最前線で大量の食人鬼を相手に立ちはだかる。
松下 華音 序列6位、『重戦士』
実直な性格とは裏腹に、豪快で無遠慮な戦闘スタイルであった。
「この分だと、今夜は楽勝そうだな」
「大地~それ、フラグってやつだよぉ~~」
第三派をのんびり待ちながら、談笑する三人。
◆
だが。
『血溜まりの夜』に潜む悪意には、別の狙いがあった。
魔物の侵入を許さない、聖女の『神聖結界』の弱点。
――人間には、無力ということを。
「――さて、教育指導の時間だ」
裏門から忍び寄る、『暗黒騎士』、家松教頭。
誰もが彼の襲撃を、予想していなかった。
「やはりこの世には体罰が必要らしい」
その矮躯は、闇に飲まれ、肥大化していた。
「こっちだよー、教頭センセ」
そして。
彼を手引きする、クラスメイトの影。
「――いい子だ」
『炎術士』丹羽里穂は、第三班を血祭りにあげるために暗躍していた。
「全員、殺してね。それが、『勇者』のお望みなんだから」
「もちろんだ」
第一班、第二班、共に正門前で死力を尽くしている。
後方に意識を向けるものは、誰もいない。
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