030 若椿高等学校戦闘配置
明らかに異常な赤黒い空の色が、狂気を感じさせていた。
――『血溜まりの夜』が、やってきた。
イツキ、菜乃子以外の経験者は、すぐにそれを理解する。
「――迎撃準備をしろ! 戦闘部隊は予定通り武器を構えて配置につけ! 非戦闘員は学校の校舎に避難するんだ!!」
梅木の一声に、クラスメイトたちは弾けるように行動する。この日のために、戦闘職の面々は訓練してきた。ようやく、培ってきた能力を披露できる。
「イツキくん!」
「――わかっている!!」
『血溜まりの夜』の話を耳にしてから、いかにして仲間の身を守るかを考えてきた。イツキの仲間のほとんどが、生産職である。もし狙われてしまえば、ひとたまりもない。
「ここは任せたぞ、堀! 第一班、第二班は俺についてこい!!」
「う、うん……!」
校舎の守りを託された青葉は、動揺を隠しきれないまま指示を出し始める。仲間を引き連れて校舎の外へ向かう勇者の背中から、慌てて視線を切る。
「だ、第三班、所定の位置についてください!」
『第三班』と呼ばれるは、『雷術師』堀青葉をリーダーとした、非戦闘員の集まりである。主に生産職の中でも襲撃に無力なものが集められ、校舎の中で守りを固めることを役目としている。
班員は、
『狩人』小野寺瑠海、『錬金術士』鹿島心、『農家』神野帆南海、『仕立て屋』江頭幸田、『鑑定士』笹川菜乃子、『仕立て屋』大崎イツキである。
「あ、アオちゃ……」
「だ、大丈夫、大丈夫だから!!」
青ざめた表情で、彼女は震える肩を抱きしめる。
「こ、こういうときのために訓練してきたんだし……!! みんなのことは、私が守るから……!!」
基本的に、第三班の役目は何もない。ただ、第一班や第二班が敵を殲滅するのを息を潜めて待つだけだ。
「に、二階の多目的広場に集まってください!! いつでも逃げる準備を整えて、お喋りは禁止です! もし、校舎に食人鬼が侵入してきたら、私が倒します……!!」
若椿高等学校の校舎は、『聖女』の特殊技能、『神聖結界』が施されていた。加えて、かつてここにいた『建築士』の手によって、見た目よりも遥かに防衛拠点として強化されていた。それらの効力によって、結界の出入り口である正門を突破しなければ、食人鬼を含む魔物たちはそもそも校舎の中に踏み入ることすら出来ない。
「結界の出入り口を作らなければ、完璧なんじゃ?」
と疑問に感じて、尋ねたことがあったが。
「縛りがあるからこそ強固な結界が張れるの。だから、校舎の正門前が、私達にとっての鬼門よ」
『聖女』平山聖凪は、静かに答えてくれた。
「……ねえ、神野さんは?」
鹿島心が、最初に気が付いた。
「あの子、まだ保健室にいるんじゃないの!? あたし、引っ張ってくる!」
「あ、おい!」
我先にと、保健室に向かう心。早速、足並みが乱れかけていた。
「えっ? あっ……! え、えっと……!!」
自由奔放な心の行動に、どうしたらいいのか分からなくなる青葉。すぐにイツキが、立ち上がった。
「俺が付添うよ。青葉は、このままみんなを見ていて欲しい」
「う、うん……!! わかった……! お願いね……!」
何事もないはずだ。
予定通りにいけば、第三班は時間が経つのを待つだけでいい。
「――壮哉」
心の背中を追いかけながら、イツキは確信していた。
「お前がこのまま、終わらせるわけねえよな」
悪巧みの在り処を、探さなければならない。
◆
第二班のリーダーである平山聖凪は、自らの重責に胃が締め付けられていた。
「大丈夫?」
「うん……」
今にも吐きそうな聖凪を見て、すかさず朱鷺が優しく声をかける。
第二班は、
『聖女』平山聖凪、『呪術士』楠本朱鷺、『料理人』櫻井愛未、『鍛冶屋』坪井稜大の4名。
生産職の中でも、前線維持のために何らかの貢献ができる者たちが集められていた。基本は正門近くの詰め所で待機している。前線に近いこともあるため、第三班よりも遥かに危険度が高い。
「大丈夫っすよ、聖凪ちゃん! 正門は俺らが守ってっから!!」
『武闘家』である岩沢新泰が拳を掲げた。天真爛漫な性格は、こんな環境下でこそ光り輝く。
「前回と同じ襲撃規模なら、楽勝だよ! ね、大地!」
「油断はできないな。少しでも知恵が回るのなら、前回の失敗からしっかりと備えているはずだ。気を引き締めるべきだろう」
「あんま怖がらせるなよー、だから大地はモテないんだって」
「今、それは関係ないだろう!」
本橋大地と岩沢新泰は、梅木率いる第一班に所属する戦闘部隊だ。彼らは正門付近に陣取り、『血溜まりの夜』の襲撃を待ち受ける。真後ろに控える第二班を守るため、死物狂いで戦うのだ。
「なぁ、本橋……『鍛冶士』である俺や、『聖女』『呪術師』の二人がここにいるのはわかるんだが、なんで『料理人』の櫻井がここにいるんだ? 最悪を考えるんなら、第三班に避難させておくべきじゃねえの?」
坪井稜大、21位、『鍛冶師』が、今更ながらに異を唱えるが。脂ぎった横顔が、冷静な言葉を紡ぐ。
「坪井の言うことももっともかもしれんが、梅木なりの理由があるのだろう」
「たぶん、前衛の誰かが愛未ちゃんのことが好きなんじゃね? 側にいてほしいとか!」
「そんな馬鹿な理由な訳がないだろう!」
「えー! 絶対そうだと思うんだけどなー!」
「……ふっ」
新泰の明るい声に、聖凪や朱鷺に笑みが溢れる。息が詰まるような雰囲気が、随分と緩和されていた。
「愛未ちゃんが怖いなら、第三班に行っても良いんだよー? 壮哉には、大地が説明してくれっから!」
「お前なぁ……!」
「あはは……ありがと。だけど、大丈夫。みんなのこと、近くで見守っているから! 頑張ってね!!」
「合点承知!」
考えようによっては、第一班に近いほうが安全とも捉えられる。櫻井愛未の選択は、意外と的外れではなかった。
「じゃ、いこっか」
バンテージを巻いた『武闘家』岩沢新泰は、凛々しく声を上げた。
「ああ」
それに続くは、『風術士』本橋大地。正門前に陣取る、強力無比な幼馴染コンビである。
「……ご武運を……!!」
背中には、『聖女』がついている。
守るべきもののためなら、男子高校生は戦えるのだ。
◆
そして。
校舎の屋上には、二つの影があった。
片方は、『狩人』中里新奈。
もう片方は、『盗賊』市原神美である。
彼らはどの班にも所属することなく、襲撃者の情報を集めることに特化した諜報部隊である。二人共、直接的な戦闘力には欠けるものの、見張りや伝令役にはうってつけの実力だ。
「……臭えなぁ」
新奈と神美は、元々あまり仲が良くはなかった。片や、カースト下位のお姫様、片やパンク系の見た目のサイコ女子。気が合うはずもなく。
「『狩人』ならもうひとりいんのに、なんで姫だけなんだよ。マジで臭え」
「……もしかして、ニナに話しかけてる?」
「いんや? ただの独り言さ」
何かあったわけではない。
ただ、二人はあまりにも違いすぎると言うだけ。
「ま、何が起きてもあたしは知らねえし。だが、せっかくの祭りなんだ……盛大に、はしゃいで欲しいねえ」
「ニナの邪魔だけは、しないで」
「知るかボケ」
新奈は弓を構えながら、真っ赤に照らされた森を見つめていた。
――来る。
それを察知したのは、ほぼ同時だった。
瞳ではなく肌が、魔物の到来を知らせてくれる。
すかさず彼女は、大群が押し寄せる方向へと火矢を放った。美しい放物線を描いて、校舎にいる仲間たちに襲撃の方角を知らせた。
「すっげ」
常識はずれの射程と精度に、神美も息を巻いていた。
「じゃ、あたしは行くぜ」
「……え?」
見張りの任務を放棄して、階段へと向かう神美。
「任務は……」
「だってここ、退屈なんだもーん。どうせなら、最前列でショーを楽しみたいじゃねえか」
邪悪な笑みを浮かべて、神美は去っていく。
「……怖い人」
静かに一言つぶやいた彼女は、再び弓を構える。
遠くから、魔物の雄叫びが聞こえてきた。
本格的な戦闘が、今まさに始まっていた。
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