027 大崎イツキ暗殺計画
3年1組の教室にて、梅木一派の中核が集っていた。
『勇者』梅木壮哉、『戦士』新田元弥、『槍術士』西山知花、『炎術士』丹羽里穂、『重戦士』松下華音の以上5名である。
「ねえ、壮哉ぁ。ちょっと最近、心の奴、調子乗ってない? 大崎に気に入られたかなんか知んないけど、ちょーっとうざいっていうかぁー」
生意気な声色を奏でながら、中学生のような矮躯の知花は言う。
「知花の言う通りじゃない? 大崎、絶対にあたしらのこと恨んでるし……なんか、校舎内でも受け入れちゃってんのよね。正直、ヤバくない?」
梅木と共に、イツキの殺害に失敗した丹羽里穂は、涼しい表情の裏では焦っていた。もし、イツキが復讐に乗り出すとしたら、自分たちが真っ先に狙われると確信している。
「……追放するべきだ。大崎に心を許しかけている奴もいるぜ。特に、使えないとされていた連中を取り込んでいるらしい」
笹川菜々子を始め、鹿島心、小野寺瑠海と堀青葉が既に大崎一派として扱われている。彼女ら4人は、既に梅木壮哉よりも大崎イツキを頼りにしていた。
「手遅れだ」
だが、梅木壮哉に焦りはなかった。
「大崎は、上手くやったよな。俺たちの居場所に溶け込んで、自分の有用性を示した。もしあいつを追放すれば、俺たちの立場が悪化する。最悪、反乱を起こされるかもな」
「別にいいんじゃねえの? 皆殺しで」
「馬鹿言うな」
冗談とはわかりつつも、梅木は一笑する。
「俺たちは、戦闘職ばかりだ。この世界で生き抜くには、生産職の力が必要不可欠だ。それは、戦闘職の俺たちが一番わかっていることだろう」
人知を超えた天職は、魔法のような現象を起こしてくれる。生産職の存在は、この生活の基盤といってもいい。
「だからこそ、俺たちは他の連中の評価を下げずに、大崎を始末する必要がある」
「……なぜ、大崎イツキを殺す必要がある。やつが有用なのは明白だ。むしろこちら側に取り込むべきではないのか」
『重戦士』松下華音が静かに声を上げる。彼女は唯一、梅木一派の中核メンバーではないものの、個人的な都合でこちらに加わっていた。
「俺と大崎が、殺し合いをしたからだ」
「……何だと?」
「あいつが転移してきたときに、俺と里穂が出くわしてな。最初はにこやかに対応していたが、本性を剥き出しにして襲いかかってきた。『仕立て屋』だからといって、油断するな。あいつの能力は、得体が知れない」
「そ、そうだよ! あいつ、虫も殺せないような顔して襲いかかってきて!! だから、うちらも応戦して……!!」
「そ、そんなバカな……!! クラスメイトを襲う理由なんて、どこにある……!!」
「忘れたのか、華音」
梅木は、ゆっくりと語る。
「――家松のクソ野郎は、生徒を裏切って襲いかかってきたじゃねえか。そのせいで、仲間が殺された」
「っ!?」
「あのときもお前は、同じことを言っていたな。俺たちはとっくに覚悟ができているというのに、お前だけは甘いことを口にする。この世界で生き抜くためには、これまでの甘い考えを全て捨てろ。そうでなきゃ、大切な『聖女』様は守れねぇぞ」
「……せ、聖凪っ……!!」
華音がこの集まりに加わる理由。それは、大好きな平山聖凪のためのみであった。現状、梅木一派に付き従うことが、生きるためのベストな選択。そのために彼女は、梅木の仲間になることを選んだのである。
「そうだな、その通りだ……私には、覚悟が足りない……」
「安心しろ。華音に大崎殺しは任せることはない。俺たちだって、そんなことはしたくはない」
「……壮哉くーん、策があるのー?」
「ああ」
そして梅木は、窓の外を見つめた。
「三日後、『血溜まりの夜』がやってくる。これに乗じて、大崎を殺害する。みんなの手を汚させることはない。俺の手で、全部終わらせる」
「他の不穏分子はどうすんだ?」
「里穂、名簿を見せてやれ」
「へーい」
そう言って彼女は、一枚の紙切れを取り出した。
鹿島心 4位 『錬金術士』
堀青葉 11位 『雷術士』
小野寺瑠海 14位 『狩人』
神野帆南海 22位 『農家』
大崎イツキ 30位 『仕立て屋』
酒井實 担任
「何だ、これは?」
「三日後にはこの学校からいなくなる者のリストだ」
「――っ」
「全員、暗殺対象は覚えた? 燃やすよー」
証拠隠滅のため、名簿はすぐに燃やされる。
「こ、こんなに……殺すのか?」
「人聞きの悪い事を言うな。大崎は壮哉が殺してくれるが、他の奴は食人鬼に襲われて死んだことにする。『血溜まりの夜』が発生すれば、全員が無事生き残ることはありえない。さり気なく、自然に、対象を死に誘導するぞ」
「……前回は……何人死んだ?」
「生徒二人と、教師一人だな」
「今度は……六人も……」
肩を震わせて、怯える華音。だが、その目は覚悟を決めていた。
「……およ? ねーねー、壮哉くん! どうしてここに、笹川さんがいないんですかぁ? あの子、大崎のお気に入りですよねえ」
「『鑑定士』は必要だから、なるべく殺したくはない。食料調達にも役立つし、頭も回る。殺すには惜しい存在だ」
「……大崎くん殺されて、協力してくれますかねえ?」
「そこはバレずにやるさ」
にっこりと笑みを浮かべる、梅木壮哉。
だが、殺意に浸かりきったその眼差しは、残酷な未来を見通していた。
◆
「――『血溜まりの夜』?」
「はい」
夜、2年6組の教室に戻ってきたイツキは、菜乃子から新しい情報を教えてもらう。
「どうやら、魔物が特別に強くなる夜があるようです。朱鷺さんからお伺いしたので、嘘はないと思いますよ」
「へぇ……この世界に来てからずいぶんと経つけど、一度も見たことないな」
「わたしもです。ですが、先に転移した皆さんは、一度だけ経験したそうですよ。そして、その夜は壮絶な戦闘が絶えず繰り広げられていたようです」
「……なるほどね」
この校舎に足を踏み入れてから、ずいぶんと傷が多いなとは感じていた。修繕された箇所も非常に多く、大規模な戦闘が行われていたことは間違いない。
「満月が血溜まりのように紅く染まることから、誰かがそう呼んだそうです」
満月という言葉に引っ張られて、イツキは窓の外を見上げた。
「……月の満ち欠け的には……まだしばらく、満月はやってこなさそうだな」
半月が視界に写ったことで、ほっと胸を撫で下ろす。
「凶暴化した食人鬼や魔物が、人間の匂いを感じ取って群れをなして襲撃してくるようです。普段は簡単に倒せる食人鬼も、戦闘職の天職持ちですら苦戦するとか」
「……だからあいつらは、戦闘職に訓練の義務を課していたのか」
再び訪れる『血溜まりの夜』に備えているのだ。
「少し……糸の強化をしておくか」
この世界には、まだまだ知らないことがたくさんある。今は平穏でも、明日はどうか分からない。
「イツキくんしか、わたしを守れないのですから、よろしくですよ」
「ああ、任せておけ」
気が付けば、菜乃子との時間に安心感を覚えるようになっていた。
この子を守ることが、今の自分の役目だと信じている。
――だが。
このときイツキは、しっかりと考えておくべきであった。
半月だから満月はまだ先だというのは――現実世界の常識である。
ここは、無秩序なる終末世界。
三日後、『血溜まりの夜』は確かに訪れる。
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