021 ハリボテの秩序とその歪み
イツキと菜乃子が若椿高等学校の校舎に戻ってきてから、一週間が経過した。最初の宴をきっかけにコミュニティに受け入れられた二人は、すっかり馴染んでいた。学校組は全部で19名、無秩序な世界を生き抜くために、協力し合う必要がある。
「前衛職、集まれ!!」
松下華音、序列6位、『重戦士』。
彼女を中心として集められた戦闘職のうち、前衛に当たる者が校庭に集合していた。
新田元弥、序列5位、『戦士』
岩沢新泰、序列16位、『武闘家』
西山知花、序列19位、『槍術士』
これに『勇者』である序列2位の梅木壮哉を加えた5名が、学校組の防衛ラインである。
「……毎日、戦闘を想定して訓練しているようですよ。磨けば磨くほど、天職は力強くなります。進化していくのは、イツキくんの天職だけではありません」
窓越しに訓練の風景を眺めながら、菜乃子は説明する。
「意外と、少ないんだな」
「大半は生産職の方ばかりですからねえ。その分、戦闘職は魔物に対して強力無比ですよ。基礎ステータスに補正がかかっているらしく……もはや、人間離れしています。戦うときは、要注意ですよ」
「……そうだな」
運の悪いことに、前衛職の4名は梅木一派に所属している。もし、梅木を殺そうとすれば、彼らが立ち塞がるだろう。
「校庭の反対側にいるのが、後衛職の人たちですね。前衛職の方と同じように、毎日天職を磨いているようです」
楠本朱鷺、序列3位、『呪術士』
丹羽里穂、序列9位、『炎術士』
本橋大地、序列10位、『風術士』
堀青葉、序列11位、『雷術士』
以上、4名である。
うち、堀青葉は小野寺瑠海の狩りに随行しているため、不参加である。
この世の物理法則を無視した、いわゆる魔法と呼ばれるものを彼らは扱う。まだまだ、初歩的な魔法しか使えないようだが、もし際限なくレベルアップしていくのなら、恐ろしい使い手になる可能性も否定しきれない。
「……『呪術師』って、何してんだろうな。訓練の様子をみても、さっぱりわからん」
「うーん、朱鷺さんは見学しているだけですからね。文字通り、相手を呪う能力としか……」
「鑑定士でもわからないことがあるんだな」
「隠蔽されているのかも知れませんね」
「そんなこともできんのかよ……」
ふと、楠本朱鷺との会話を思い出すイツキ。不思議な雰囲気を持つ女子高生は、腹の中を見せてくれない。
「で、残りが生産職ってわけだ」
戦闘職の面々と違い、生産職には訓練の義務はなかった。それぞれの天職に見合った仕事が事前に振り分けられており、ノルマさえこなせばそれ以外は何をしても自由だった。
例えば『仕立て屋』であるイツキには、布製品の制作や、衣服の修繕が課せられていた。
「大崎くんの仕事はとても丁寧で評判ですよ。見事な腕前です」
生産職の管理を任されているのは、イツキたちのクラスの担任である、酒井先生である。どうやら、異世界転移の巻き添えで、運ばれてきたらしい。管理職として培ってきた能力を、生産職のまとめ役として存分に発揮していた。
「……そういや、『仕立て屋』はもう一人いるんだよな」
「はい」
江頭幸田、序列26位、『仕立て屋』。
クラスの陰キャグループに属しており、口数がとても少ない男子生徒である。彼は少し、デザインに対しての拘りが強く、自分の思うような洋服以外を作りたがらない。そのため、学校派の中でも浮いた存在になっていた。
「江頭の作る洋服って、下品でさ。だから、女子はみんな制服を着ているってわけ」
イツキたちのねぐらである2年6組の教室に居座るのは、先日騒動を引き起こした鹿島心である。
「露出が多いのはいいとしても、趣味丸出しって感じで、キモいんだよね。だから、大崎がいてくれて助かるーって感じ」
「……どうしてここに、鹿島さんがいるです? 仲間みたいな顔しないでくれませんか?」
「あら、別にいいでしょ。大崎には、あたしの錬金術の力が必要なんでしょ? パーカー作ってくれたし、協力してあげるわよ」
「早くそれを脱ぐです。鹿島さんには似合わんですよ。制服をおすすめします」
犬猿の仲なのか、菜乃子はやけに心に絡んでいた。対する心も、まんざらではなさそうにあしらう。
「残念だけど、あたしの制服、森から帰ってきたらずたずたに斬り裂かれていたのよね。おおかた、知花か里穂の仕業だろうけど……普通、そこまでやる? さすがに、ドン引きしちゃった」
今でこそ平然と口にしているが、斬り裂かれた制服を目にしたときの彼女の様子は、相当にショックを受けている様子だった。制服が、惜しかったわけじゃない。友達だと思っていた相手から受ける仕打ちがこれだとは、なかなかに受け入れられなかったのだ。
「えっと……あと重要なのは、『料理人』と『鍛冶屋』ですね」
櫻井亜未、序列13位、『料理人』
坪井稜大、序列21位、『鍛冶屋』
両名とも、学校派閥では必要不可欠な、重要な役目を担っている。
「大崎も知ってるだろうけど、櫻井さんの料理は抜群に美味しいわよ。こんな異世界でも味を楽しめるなんて、悔しいけど凄いわ」
「鍛冶屋だって、同じだよな。前衛職の武器や防具は、坪井が作ってるんだろ? この二人は、学校組の生命線だ」
「生命線なら、『狩人』のお二人を忘れてはいけません」
小野寺瑠海、序列14位、『狩人』
中里新奈、序列20位、『狩人』
うち、瑠海とは面識があるものの、中里新奈とはこちらに来てから一度も顔を合わせたことはない。学校にいるときは、カースト下位の男子に混じって姫扱いを受けているらしいが、詳細は不明である。
「ルミさんは相変わらず、獲物を狩れないらしく、肩身の狭い思いをしていらっしゃるようですが……反対に、中里さんは順調のようです。ふっと学校に帰ってきては、野生動物を納品する……だとか」
「あの子、無口だから何考えてるのかわかんないのよねー。だけど、あの子のおかげで食糧事情はギリギリ何とかなってるって感じ」
「んで、残りが……特殊な職業だな」
平山聖凪、序列1位、『聖女』
鹿島心、序列4位、『錬金術士』
市原神美、序列8位、『盗賊』
神野帆南海、序列22位、『農家』
笹川菜乃子、序列29位、『鑑定士』
「んー、『聖女』の平山さんは、毎日せっせとお薬を作ってるみたいだから……実質生産職ね。あと、神野さんも生産職だけど、引きこもってるから役立たずかな」
「市原さんは、『盗賊』の特性を生かして見張りについているようです。警備の仕事は前衛職のお仕事でもありますが……」
「んで、役立たずの『錬金術士』と」
「うっさいわね~~~~~~~~!!」
「へっぽこゴーレム、ちょっとは強くなった?」
「……無理ね。元々の頭が悪いから、不器用すぎて何も出来ないわよ。前と比べて、少し固くなった程度かな」
あれから、こっそりと錬成の特訓に打ち込んでいたが、あまり効果を得られていない。
「複数体錬成できれば頼もしい兵隊になるのですが」
「それも、無理。あたし、一匹だけしか作れないもん」
「……使えないですねえ」
「うざっ」
ようやく天職を発動させたはいいものの、心の能力はお世辞にも大した役に立たない。梅木にこのことが露見すると、秒で追放されそうだ。
「んで、最後に保健室に引きこもる『農家』の神野帆南海……か」
心曰く、生徒たちに協力する意志を一切見せることはない。最初こそ期待されていたものの、『鑑定士』の加入によってもはや完璧に諦められている。菜乃子の鑑定眼によって得られる自然の恵みがあれば、わざわざ『農家』に頼る必要もなかった。
「……俺と、鹿島さんと、神野さんに、ルミ……あと、青葉も危ういかな」
「何の話よ?」
「もし、梅木が強引な手段で俺たちを排除しようとしたときに、切り捨てられるクラスメイトの名前」
「……え? マジ?」
「菜乃子だけは、たぶん大丈夫。とはいえ、非協力的な態度だと、ろくな目にあわないだろうけど……」
「逆に言えば、仲間に引き込みやすい相手だとも言えるかな。だけど、神野さんは聞いている限り難しそうだな……」
「あれは、絶対無理。心、何度か通ってたんだけど……話が通じなかったよ」
「……そっか」
再び、窓から校庭に視線を向ける。
無秩序な世界を生き抜くために、真面目に訓練を続けるクラスメイトを眺めながら、歪みを探す。
「……戦える奴が欲しいな」
その視線の先には――。
◆
糸による罠のおかげで、野生動物を狩る効率は数段上昇した。大崎イツキの存在は、食糧問題に困っていた学校組を救うことになる。そのため、梅木とのいざこざを知らない者たちは、こぞって大崎のことを褒め称えるようになっていた。梅木のリーダーシップ能力を疑う訳では無いが、明らかに流れは変わりつつあった。
「ねえ、朱鷺って大崎くんと仲良かったっけ?」
3年3組の教室をねぐらとする、『聖女』平山聖凪が唐突に尋ねる。
「……気になる?」
「そりゃ、ね……彼のお陰で、小野寺さんは追放されずに済んだわけだし……」
「別に、仲良くなんてなかったよ。だけど、異世界に来てからは違った印象だから」
「違ったって?」
「人間性を、失っていない。だから、私は彼にとても好意的だよ」
朱鷺という女子高生は、いつだって自然体で振る舞っている。変わらないその様子が、異世界においては少し異質であった。
「でも……華音は警戒しろって言うのよね。必要なとき以外に、大崎くんとは関わらないようにって」
「大切な聖女様を、取られたくないんだろうね。彼女は、梅木のことを随分と信頼しているようだし」
「逆に、小野寺さんや笹川さんは、大崎くんを慕っているようなの。何だか、クラスの皆が、バラバラになっていくような気がして……」
「それは違うよ、聖凪」
まっすぐと、見つめ返して。
「2年3組は、とっくにバラバラになっている。あの日、細谷と梅木が仲違いを起こして、私たちは終わったんだ。ただの、元クラスメイトだよ」
「……そうね」
「そのうち、また一波乱起きるだろうね。そのときに、信頼できる相手が明らかになるさ」
梅木一派と、大崎一派。
中核のメンバーの結束は硬いものの、それ以外は割りと心が揺れている。
「心配なのは、むしろ鹿島さんかな。この間の一件から、仲良かった女子グループでから嫌がらせを受けているらしい。全く、異世界にきてまで弱い者いじめとは、暇な子たちだ」
「……仕方がないよ」
そこで彼女は、朱鷺の予想外の言葉をこぼした。
「鹿島さん、ワガママだったし……大崎くんが有能だとわかると、色仕掛けして迫るし……あんまり、いい気がしない……かな」
「……おや」
「なんてね。そう思っている子、意外といるんじゃないかなって」
にっこりと、彼女は笑みを浮かべた。
「そうだね」
楠本朱鷺も、笑顔で返す。
「……まだまだ、荒れそうだね」
梅木 vs 大崎の構図は、水面下ではとっくに始まっているのだった。
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