020 人として生きるために
食人鬼を始末したイツキは、近くにある湖まで彼女を連れて行く。学校に戻る前に、いくつか確認しておきたいことがあった。
「……少しは、落ち着いた?」
学校からくすねたマッチ棒で焚き火を起こす。夜の森は少々危険ではあるものの、普段以上に糸を張り巡らせることによって安全を確保する。
「……なんで、追いかけてきたのよ。あたし、あんたを利用しようとしていたのに」
「そりゃ、見捨てられないでしょ。そこまでろくでなしになったつもりはないよ」
「ふぅん」
しおらしく、俯く心。
「にしても、良いタイミングだったわね。もしかして、ずっと伺ってたの?」
「うん」
悪びれることなく、即答した。
「鹿島さんの『泥人形』の性能を見ておきたかったから」
「ムカつく」
もっと早くに助けなさいよ、と言葉が出そうになるものの、常識が口を閉ざした。助けられただけありがたいと、本当はわかっている。
「なんで、逃げなかったの?」
逆に、イツキから質問した。
「泥人形のおかげで、時間は稼げそうだったでしょ? それなのに、動こうとはしなかった。それが、気になってさ」
「……別に」
じっと、イツキの瞳を見て。
「逃げ帰る場所なんて、どこにもないし。それに、ブサイクだったから」
「どういうこと?」
「あそこで逃げたら、ブサイクだと思ったから。これ以上……落ちぶれたくないの」
正直、イツキには彼女の気持ちが理解できなかった。泥人形を見捨てたところで、何かが変わるわけではない。むしろ、本能的に逃走することは、正しいはずだ。
「……変な女子高生だなぁ」
「あんたにだけは言われたくない」
むすっとして、視線を逸らされた。
「……ありがとう」
素直さは、遅れてやってくる。
「あんたが追いかけてくれなかったら、殺されていた。それだけは、間違いないし……」
それから、彼女は言葉を続ける。
「……もし、あたしが可愛くなくても、あんたは追いかけてくれたと思う。だから、素直に嬉しかった」
「そりゃそうだ」
可愛かろうと、可愛くなかろうと、イツキにとっては平等だ。
「俺が鹿島さんを助けようと思ったのは、『錬金術士』の能力が気になったからだし」
「……は?」
イツキの言葉に、目を丸くさせる心。
「鹿島さんが俺の『仕立て屋』に目をつけてたように、俺も鹿島さんの『錬金術士』に興味があるんだ。そうじゃなかったら、助けていなかったかも」
「……最低」
心底軽蔑した目線を向ける心。
「ああ、もうこんな奴ばっか! あたしも、あんたも、梅木たちも、ほんとろくでもないわね!!」
真心で人助けをするほど、善人ではない。だが、少なくともイツキと心は、無自覚に他人を傷付けられるほど悪人でもない。
「何のために、あたしは可愛くなりたいんだろ。こんなブサイクな泥人形の方が、あたしよりも価値があるんでしょ? 傷付くなぁ……」
「ゴシュジン、ジュヨウ、ナシ、カワイソウ」
「……しかもこいつ、性格悪いし」
破壊された泥人形は、人形のようなサイズにまで縮んでいた。常に心の側にいて、ぎこちない音を発している。
「そりゃ、俺が欲しいのは可愛い女の子じゃなくて、頼れる仲間だからな。平和な世界だったら可愛い女の子が欲しくなるかもしれないけど、ここは、異世界だし」
需要と供給が、成り立っているからこそ価値は生まれる。
「……それでも、可愛くあることは無価値じゃないだろ。付加価値としては、やっぱり凄い能力だよ」
それからイツキは、『針仕事』を発動させた。常備していた衣服用の素材を広げ、彼女のための衣装を製作する。
――『瞬間縫合』
「わ……」
糸と糸が紡がれて、物凄いスピードで仕上がっていく。デザインセンスのないイツキでは、彼女を彩る洋服を作ることは不可能だが――そこは、諦めて欲しい。いつまでも、彼女を下着姿のままでいて欲しくはない。イツキの気配りが選んだのは、少年の頃に来ていたパーカーだった。
「はい、これ。可愛くはないだろうけど、我慢してくれ。そのまま学校に連れ帰ったら、100%誤解される」
「……ありがと」
パーカーの他にも、短パンと靴を製作する。カジュアルでややボーイッシュな服装だが、モデル出身の彼女が着用すると、途端に決まって見えた。洋服というのは、どう着こなすかよりも、誰が着るかの方が重要なのだと、イツキは思い知らされる。
「こういうの、初めて着るかも」
「俺がガキの頃に来てたデザインだぜ」
「うわぁ……確かに小中学生が着てそう」
それでも心は、嬉しそうに着用していた。だぼだぼのパーカーが、短パンの裾を覆っている。まるで、下に何も履いていないような印象を受けるデザイン。生足が収まる小洒落たスニーカーは、アクセントとして非常に引き締まっている。
「ま、あたしが着たら、何でも可愛くなるんだけどね」
「否定できないから困る」
「……え?」
意外そうに、心は驚いた。
「あたしのこと、カワイイと思ってくれてるんだ」
「あ? そりゃそうだろ。いくらなんでも、鹿島心を可愛くないなんて言うやつがいたら、逆張り野郎にも程がある。見た目だけは、学校で一番だろ」
「ミタメ、ダケハ、ネ」
「うるさい、バカゴーレム!!」
「ギエー」
指でぱしんと吹き飛ばされた泥人形は、ブサイクな声をあげながら倒れ込む。
「そっか、そっかー。やっと、あたしをカワイイって認めたかー。あー、良かったー!」
「……?」
イツキはもう、覚えていない。夜這いされたときに、彼女にブサイクだと口にしたことを。だが、こうまで彼女が喜んでいるのは、それだけではないはずだ。
「それにしても……大崎の天職、凄すぎない? 食人鬼を瞬殺してたし、洋服や靴まで一瞬で作っちゃって……あれ? もしかして、隠してた?」
「ああ」
だから。
「――誰にも言わないで欲しい」
あえて、彼女に能力を披露した、その理由。
「どうして?」
「だって」
小さな悪意が、心の眼前で芽吹いた。
「――俺と菜乃子は、梅木たちに殺されそうになっているからな」
「……へ?」
仲間になってくれる相手を、見定めていた。孤立しがちだった彼女は、切り崩すには丁度いい相手である。
「梅木の裏の顔を、教えてやろうか? あいつはとんだ、悪王だぞ」
『錬金術士』の能力は、申し分ない。ワガママだが、素直な一面も確認できた。何より、彼女には良心が存在する。それこそが、イツキが最も重要視する適正だった。
◆
2年5組の教室では、堀青葉と小野寺瑠海が窓の外を見つめていた。
「隣の……さっきのって、大崎くんだよね?」
「うむうむ、夜這いとはアダルトですなぁ」
二人は同じ教室をねぐらとしており、ペアで行動していた。
「いやぁ~~~、本当に、大崎くんには助けられちゃったね」
「うん……あそこで割って入ってくれなかったら、本当に追放されてたし……」
学級裁判に割って入ってくれた、救世主。二人は何度もイツキに感謝していた。
「……アオちゃは、大崎くんの話、どう思う?」
「梅木くんのお話?」
「そ」
「う~~~~ん~~~~」
再会の挨拶もそこそこに、イツキは彼女たちにひっそりと話を通していた。彼らが何のために学校に着て、どのような未来図を思い浮かべているのかを。
「……学級裁判の前だと、何かの冗談だとしか思えなかったけど……今は、どうしてもね……」
「あたしを追放するって決めたときの梅木くん、すっごい怖かったよ。ナノちゃんや大崎くんを殺そうとしたのだって、多分、本当なんだと思う……」
――信じられる仲間を集めて、旅立とうと思っている。
――二人にも、できれば仲間に加わって欲しい。
大崎イツキは、優秀な人材を引き抜くために学校にやってきたのだ。多少、無理をしてでも食糧難を克服したように見せたのは、仲間になるメリットを提示するため。
「なんか、嫌だな」
青葉は、悲しみをたたえた眼差しで言う。
「クラスメイト同士なのに、争っているの。ここにいたら、何度もこういうことが起こるのかな」
実際に、小野寺瑠海は追放される寸前まで追い詰められていた。もし、イツキらが仲間を連れて旅立ったとして――その時に、彼女たちに居場所はあるのだろうか?
「アオちゃ……あたしは、たぶん、選べるような立場にはいないかも。ここにいても、足を引っ張るだけだから……」
「……でも、それって」
堀青葉は、自分たちの弱みを理解していた。
「大崎くんについて行ったとしても、同じ悩みを抱えることになるよ。大崎くんは、優しくて頼れるかもしれないけど……いざというときは、仲間を切り捨てられるタイプ……かも」
「アオちゃ……」
二人はまだ、イツキの言葉に答えを出してはいなかった。やはり、ここを出ていくという選択は、なかなかに取りづらい。梅木が『勇者』であることも、その要因である。
「どっちにしても、頑張らなくちゃ! ねえ、ルミちゃん……やっぱり、狩猟、頑張ろ? 人に頼るだけじゃ、生きていけないし!」
「……そだね」
ぐっと、手に力を込める。
「もし、大崎くんとナノちゃんの仲間になるとしたら……役に立ちたいし!」
「良い子だね、ルミちゃんは!」
「アオちゃのおかげだよー」
和気藹々と、月夜の影に隠れた二人がじゃれ合っている。
無秩序な異世界の生き方は、やはり人それぞれなのである。
「あ、帰ってきたよ、大崎くん」
瑠海は、笑顔で窓から指を指した。
「すごっ! 真っ暗でほとんど見えないよー?」
「『狩人』の効果なのかな! 夜目が効くってね!」
「ほほー、それは素晴らしいですな」
「あっ、鹿島さん、お洋服が変わってますぞ! うおー、パーカーだー! 大崎くんが作ってくれたのかな。いいな、いいなぁ~~」
「……お洋服のために仲間になってもよかですか?」
「苦渋の選択ですなー」
「じぇーけーをやってるうちらとしては、あまりにも魅力的だ~~~」
この二人の能天気さは、クラス一だ。
ある意味この朗らかさこそが、彼女らを仲間に加えたい一番の理由なのかもしれない。
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