017 生きるために必要なこと


 現在、若椿高等学校の校舎では、20名前後の人間が暮らしている。彼らは気の許す数名で固まって行動しており、カースト順位に合わせて教室が与えられていた。その教室こそが、彼らの小さな家というわけである。その中の校舎三階にある、三年四組の教室を根城にしているのは、鹿島心を中心とする三人組だった。


 鹿島心、序列4位、天職『錬金術士』

 市原神美、序列8位、天職『盗賊』

 丹羽里穂、序列9位、天職『炎術師』


 丹羽里穂のみ、梅木ら一派にも属しており、普段はそちらの仲間と行動することが多い。鹿島一派は協調性がなく、好きなときに適当に群れるだけの仲間意識の薄い。


「大崎イツキ、ねぇ……」


 市原神美は、いわゆるパンク系に属するアクが強い風貌をしている。常に目の下にクマを携え、ピアスを輝かせながら、ダウナーな眼差しで物事を斜に構えている。不機嫌そうな目つきの悪さによって、クラスメイトはおろか、教師まで彼女を忌避していた。


「カミュも、宴に来たら良かったのに。見張りなんて、退屈じゃない?」


「いや、興味ないし……メシなら、丹羽が運んでくれた。つーか、その呼び方止めろって。カミだよ、あたしの名前は」


 彼女たちの特徴は、互いに依存することなく、仲間とすら思っていないところである。そういう前提だからこそ、気楽な関係が成り立っていた。


「そそらねえよ、マジで。あー、暇だ。異世界って、なんでこんなつまんねーんだろ」


 ぐったりと寝そべりながら、カミュと呼ばれた少女……市原神美は言葉を零す。


「ちょっとは心の話に興味持ってよ! 大崎の天職は、『仕立て屋』なんだよ? あのキモオタに頼ることなく、好きな服が着れるってわけ。どう、興味出てきた?」


「どうでもいいわ、ボケ」


 彼女にしてみれば、異世界に来てまで衣装にこだわる意味がわからなかった。だが、心のそういう異常で普通な感性は、興味がそそられるものであった。


「……そんなに服が欲しいなら、笹川から奪い取ればいいじゃねーか。あのちんちくりんなら、ちょっと小突けば一発だろ」


「無理よ、そんなの。あの子の貧相な身体に合わせた服、サイズが合わないし。ぱっと見ただけでも、笹川さんのために作った服って、丸わかり」


「……へぇ? 何だよ、サイズまで正確に把握してんのか。あいつら、デキてんのか?」


「さぁ……でも、こんな状況だし、そうなってもおかしくないかも」


 恋愛どころではないというのは、誰しも理解していることである。だが、得てしてそういう状況だからこそ、恋というものは発展する。


「それじゃ、さっさと寝取っちまえよ」


「ね、寝取るって、あ、あんたねぇ!」


「何だよ、天下の有名雑誌のモデル様が、まさか処女なわけねえだろ? その磨き上げた身体を使って、篭絡してやりゃぁいいじゃねーか。枕なんて朝飯前じゃん。うちの勇者様だって、女を食って依怙贔屓してんじゃねーか」


「あ、あたしは枕なんてしてないし! っていうか、こんなときなのに、梅木は手を出してんの!? 信じらんない!」


「あ? 気が付いてねえの? 丹羽のやつ、異世界転移してから、速攻で梅木にアプローチしてたぜ? あいつ、いつの間にか梅木グループに入り浸るようになってただろ? それは、そういうことだよ」


 3年4組の教室は、鹿島ら三人の住居として割り当てられている。だが、日数が進むにつれ、丹羽里穂が出かける時間が増えていた。干渉の薄い関係性だからこそ、それを聞くようなことはなかったが――実のところ、彼女は梅木の教室に毎夜のように訪問している。


「上手くやってるよ、丹羽の奴。この異世界で生き延びたいなら、強い奴に尻尾を振るのが正解だ。似たようなことは、他の奴もやってるだろうしな」


「……里穂が」


「笹川も、そうやって大崎に取り入ったんだろ? よく知らねえけど、あんだけ食料確保できるなら、優秀なんだろうさ。もしかしたら、勇者様よりも当たりかもしれねえぞ? もし、オトすなら早めに動いた方がいいぜ」


「……カミュは、そういうのはしないの?」


「あたしは別に、いつ死んでもいいからねえ。生き延びようとも思ってないし」


「あたしは……こんなところで、死にたくない。可愛い自分が……大好きだし」


「可愛い、ねぇ……。そんなものが何の役に立つんだか」


「……っ!」


 天職『錬金術士』を使えない自分は、無能であることは自覚していた。少し前までは、それでも可愛いから許してもらえると思い込んでいたし、何だかんだで男子は自分を守ってくれると信じていた。


 ――嫌だって、言ったんだよ。面倒くさい。


 クラスの地味な男子生徒に、見向きもされなかった。大崎イツキは、可愛いなんてものをどうでもいいと思っている。だとしたら、自分の存在価値とは? もしかして、他の男子も同じように思っていて――危機が訪れたとしても、助けてくれないのでは?


 ――無能は、追放だ。


 可愛い自分は、そういうのとは無縁だったはずだ。だけど、もしかしたら……それは、自分の思い込みなのかもしれない。


「……実のところ、心はもう少し焦った方がいいよ。この異世界において、従順じゃない可愛いだけの女は、何の価値もねえんだから」


「うるさい! そんなの、言われなくてもわかってるもん!!」


 感情の赴くままに、彼女は否定する。

 それから不機嫌そうに、教室を飛び出した。


「……やれやれ」


 教室で一人になった神美は、にやにやと笑みを浮かべる。


「心は本当に馬鹿で可愛いなぁ。他のクラスメイトも、あんだけ馬鹿正直だったら良かったのにね」



 ◆



 そして、翌日の夜。

 神美の言葉に焦りを覚えた心は、行動に起こす。


 大崎イツキと笹川菜乃子のペアには、2年6組の部屋が割り当てられていた。丁度、校舎の角に位置する場所であり、やや使い勝手が悪いものの、逆に言えばあまり人が近寄らない場所でもあった。


「……ねえ、ちょっと」


「わたし?」


「他に誰がいんのよ」


 自分の教室へと帰ろうとする菜乃子に、心が話しかける。不機嫌そうに腕を組みながら、待ち伏せする不良のようだと、菜乃子は感じていた。敵意は感じるが、悪意は感じない。下手に抵抗しない方が良いだろうと、菜乃子はとりあえず頷いておく。


「話があるんだけど」


「……今、ですか?」


「当たり前でしょ。ほら、来てよ」


 そう言って、彼女は放送室の扉を開いた。問答無用に菜乃子の手を引いて、自分都合で行動する。強引な彼女のやり方に逆らえなかった菜乃子は、あっさりと二人きりの密室を許してしまった。


「え? ええ? えっと……その、わたし、何かしました……?」


 鑑定眼によって、心が怒りを抱いていることは理解していた。だが、その中身までは解析できない。


「別に」


 ゆっくりと首を振って、やはり自分の聞きたいことを優先する心は。


「……あんた、大崎と付き合ってんの?」


「はい?」


 いつもは冷静な菜乃子も、その質問には目を丸くして驚いてしまう。そういう話題なのが、予想外過ぎた。


「つ、付き合っているわけでは……ありませんけど……」


「ヤッたの?」


「え、えっと……」


 ど直球な言葉に、かああっっと赤らめる菜乃子。心の言葉がストレートすぎて、余裕を保てない。


「そ、そんなわけ……ないです。そういう関係じゃ、ありませんから……」


「……ふーん」


 心は、その言葉を素直に受け取った。初々しい反応から読み取ったというよりは、女の勘のようなものである。


「好きなの?」


「え?」


 カースト上位の質問は、ギラギラ過ぎた。


「そ、それは……わかりません、よ……。感謝はしていますけど、その……恋愛感情とは別、かも、しれませんし……だけど、絶対に、ないとは……」


「めんどくさっ」


 げんなりとした表情を浮かべる心は。


「でも、好都合ね。じゃ、笹川さんには申し訳ないんだけど、大崎のことは諦めてくれる? あれ、あたしがもらうから」


「……え?」


 最短ルートで、攻略しようと突き進む。彼女の電撃作戦は、あらゆるラブコメを嘲笑うかのように手順をすっ飛ばす。


「今夜は、ここに泊まってくれる? 大崎との時間、あたしが借りるね。ま、返すつもりもないし……朝日が登る頃には、あたしのものになっていると思うけど!」


「は、はぁっ!?」


 放送室の机には、学校に常備されていた非常食と飲水が置かれていた。ご丁寧に、寝袋まで用意してくれている。


「心配しなくても、毒とか入ってないよ。何なら、目の前で飲んであげようか?」


「そ、そういうことを聞いているわけじゃないです! な、な、なんて、破廉恥なことを……!!」


 暴走列車のような行動を取る心に、すっかりペースを乱された菜乃子。


「ごめんだけど、あたしにも余裕がないの。ちゃんと、大人しくしててよね」


 そう言って、彼女の前でペットボトルの蓋を開け、飲んで見せる。毒が入っていないアピールだが、そんなことはどうでもいい。


「――イツキくんのこと、好きでも何でもないくせに」


 彼女は、知っている。

 鑑定眼で、好意の有無を見抜いてみせる。


「当たり前じゃん。あんな陰キャ、誰が好きになるかっての」


「それだけじゃありません。だって、あなたは」


 ぐっと、唇をかみしめて。


「――転移する前の世界では、イツキくんをイジメていたくせに!」


 笹川菜乃子は、知っていた。大崎イツキが、かつてイジメにあっていたことを。それは、子供がじゃれ合うような程度だと人は言うかもしれないが、見ていて気持ちいいものではなかった。その張本人が、イツキを好きだなんて――。


「……ふぅん?」


 とぼけたように、首を傾げる心は。


「どういうこと? 心、身に覚えがないんだけど。誰かと勘違いしてない?」


「嘘を言わないで――」


 ――鑑定眼。


 


「……え?」


 ふと、記憶に齟齬が発生していることに気が付いた。確かにイツキはイジメられていたというのに、犯人が思い出せない。


 ――混ざっている。


 記憶の混濁を自覚した菜乃子は、失言を恥じる。


「それはちょっと、聞き逃がせないかな」


 目の前には、静かに怒りに満ちる心の姿が。


「あたしはろくでもない女だけど、そういうのはしてこなかったよ。嫌いなやつがいたら、はっきり嫌いって言うし。陰湿なの、ちょー嫌いだから」


「あ……」


 ぱしゃっ、と。


 手にしていた水を、菜乃子の顔面にぶっかけた心は。


「あたし、笹川さんのことが嫌い。だって、関係ないところで敵視してくるんだもん」


「ご、ごめんなさい……わたしの、勘違いでした……」


「ふん! じゃ、許してあげる代わりに、今日はここで大人しくしていてよ」


 もはや菜乃子に、反論の余地はなかった。


「……はい」


 どうして自分は、彼女をイジメの主犯だと勘違いしていたんだろう。

 もはや菜乃子の頭の中では、その疑問でいっぱいだった。

 


 ◆



 女子トイレの鏡の前で、己の可愛さを確認する。


 様々な角度から客観視して、今日もばっちりカワイイに溢れていた。


「心に迫られて、落ちない男の子はいない……はず!」


 いざ、夜這いへ。


 糸を張り巡らせた巣の中に、馬鹿な女子高生が一匹、迷い込んでしまう。




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