016 挨拶代わりの手土産
イツキと菜乃子が、教室に突入する少し前。
若椿高等学校の近くに身を潜める二人は、改めて打ち合わせをしていた。
「……どうやら、みなさん一つの教室に集まっているようです。見張りも少数ですし……話し合いが行われているのでしょう」
鑑定眼を発動させた菜乃子が、生徒の位置を補足する。彼女の脳内には、学校内の正確な地図とともに、人物の位置まで網羅していた。
「どうせ、ろくな会議じゃないんだろうなぁ」
「食糧難というのは、本当のようですね。先程見かけた見張りの生徒も、随分とお腹を空かせていました」
「……え? 空腹度まで鑑定できるの?」
「はい。体調までしっかりと読み取ることが出来ます」
「怖すぎるわ」
「それで? どうするんです? 武力で制圧するんですか?」
「いや、敵対するのは今じゃない。相手がどんな能力があるかもわかってないし……信頼できる相手かどうかを見極めたい。梅木派から人材を引き抜けるのがベストだろう」
いくらチート能力を持っていても、不便なことは山ほどある。
「青葉や瑠海は、出来れば引き入れたいな。あの二人ならまず裏切りの心配はないだろうし……命を救われた恩もある」
「……ハーレム作ろうとしてません?」
「してねーよ」
苦笑いとともに、イツキは否定する。
「だが、食糧不足は利用できそうだな。『狩人』の瑠海がいるのに、それを使いこなせていないとは……梅木も、甘いな。そういうところが、ぬるいんだよ」
「……悪巧みがお好きですね」
静かに、菜乃子は理解した。
「イツキくんと私が組めば、食料の確保はとても容易いです。食べられるかどうかは鑑定眼で一発ですし、糸は罠づくりに最適です。私たちは、彼らの救世主となるでしょう」
予め用意していた、野生動物の新鮮な死体と、食用として十分な木の実や茸。手土産としては、十分すぎるラインナップである。
「二年三組の生徒たちを、骨抜きにしちゃいましょう。イツキくんなしでは、生きられないようにするのです。そうすれば、梅木くんの支配は一瞬にして解かれるでしょうから」
「言葉を選んで欲しいなぁ」
結局のところ、過酷なサバイバル環境ではどれほど他人の役に立てるかがものをいう。その点、イツキと菜乃子の組み合わせは隙がない。彼らが生活に困っているほど、二人の力を求めるだろう。
「実り豊かな自然に囲まれて、20人前後の人手があるんだろ? 梅木が優秀な人間であれば、食糧難に陥るわけがない」
「……それでも、警戒はしておくべきですけどね。わたしやイツキくんのように、常識はずれの天職を貰っている人がいるかもしれません」
「心当たりは?」
「『勇者』と『聖女』は当然として……『呪術師』と『錬金術士』が気になっています。どちらもカースト上位の生徒に与えられているものです。特に前者は、警戒しておくべきかと」
楠本 朱鷺、序列3位『呪術士』
鹿島 心、序列4位『錬金術士』
「……下位は?」
「え?」
「30位の俺と、29位の菜乃子がチート能力だったんだ。28位や27位がヤバくても、不思議じゃない」
「ええっと……27位は、小雪加奈子さんです。確か……もう、死亡しているかと。天職は『盗賊』らしいですが、見たわけではありません」
「……死んだのか?」
「はい……イツキくんと同じく、わたしもスタートが遅くて、わからないのですが……学校を中心に、色々あったそうです。その結果、何人かの生徒は学校を離れてしまって……」
「28位は志田裕介の『狂戦士』だったな。以前、菜乃子が教えてくれた話だ」
「そうですね……あのときは少し言葉を濁しましたが、もうすでに亡くなっているとみて間違いはないでしょう。梅木くんとの壮絶な殺し合いを行ったようですから……」
「……ま、天職は名前通りとは限らないもんな。俺の『仕立て屋』だって、最初はハズレだと思っていたし」
「はい。だからこそ、イツキくんも能力はなるべく明かさないほうが良いかと。便利な糸を操れて、衣装が作れる程度にしておくべきです。それだけでも、皆さんからすればチート能力ですし」
「そうだな」
誰が敵になるかわからない状況下では、全てを晒すわけにはいかない。学校に残る生徒たちが、いつ敵に回るかもわからないのだ。特に、梅木一派の中核にいる生徒らは、要注意だろう。
「……それじゃ、そろそろ行こうか。中では、結構な言い合いになっているようだ」
遠くからでも、叫び声が聞こえてくる。
そして二人は、学級裁判に乗り込んだ。
これが、突入までの過程である。
◆
イツキと菜乃子が教室に踏み込んでから、数刻の後。日没とともに、校庭にてちょっとした宴が催されていた。焚べられた炎の上には金網が乗せられ、じゅうじゅうと音をたてながら肉が焼かれていた。その隣の大鍋では、山菜と茸のスープがぐつぐつと煮込まれている。
輪の中心に立つのは、櫻井愛未とその友人たち。額に汗を浮かべながら、みんなに食事を振る舞っていた。
「みんな、遠慮しないで食べてね! 大崎くんと笹川さんからのプレゼントだよ!」
うおおおお、と。
わかりやすく、歓喜の渦に包まれる生徒たち。我慢することの多かった生活の中で、ほんのひとときの贅沢な時間。普段の辛い日々を忘れ、今だけは喜びに浸る。笑顔が咲き乱れる光景を眺めながら、イツキは少し前のやり取りを思い出していた。
「――これ、本当に全部使っていいの!?」
『料理人』である櫻井愛未が、イツキらが持ち込んだ食材を指差して目を輝かせて言った。
「ああ。出来れば今日、使い切りたい。みんな、倹約生活で疲弊しているだろ? ぱーっと宴を開こう!」
「わかった! 腕によりをかけて頑張るね! 坪井くん! 確か、大きな調理道具を作ってくれていたよね!? 早く、全部持ってきて!」
「わ、わかった……!!」
坪井稜大、序列21位、天職『鍛冶師』。いわゆる陰キャオタクに分類されるグループに属する、小太りの背の低い男子生徒である。どうやら、以前から調理器具の制作を頼まれていたらしく、慌てて倉庫から引っ張り出してきた。
「――すぐに、準備するね! 今日は、宴だよぉおお!!」
彼女の一声に、誰もが雄叫びを上げていた。普段はバラバラに行動していた生徒たちも、今日ばかりは宴の準備に協力的だった。
「え? これ、ほんとに全部使っちゃうの!? 量、すごくない?」
目を丸くさせるのは、鹿島心。
「保存すべきじゃ……って、気にしてられねえよなぁ!!」
新田元弥は、梅木一派であることを忘れて歓喜の輪に混ざっていた。
「に、肉……!! にくにくにく!」
岩沢新泰は、涎を垂らしながら興奮する。
なるべく、盛大に。
それが、イツキから出された提案だった。持ち込んだ大量の食料を気前よく使い込みながら、今宵、宴が開催される。それによって、イツキは自らの能力を証明する。梅木壮哉では成し遂げられない贅沢な宴だ。
「凄いな、大崎……!」
学校組のリーダーである梅木も、嘘くさい笑顔を浮かべながら称賛する。
「こんなにも大量の食事を用意できるなんて、どんなトリックを使ったんだ? お前の能力じゃ、狩りには向いていないはずだけど」
「……え?」
その言葉に反応したのは、序列1位の『聖女』平山聖凪だった。
「……壮哉くんは、彼の能力を知っているの……?」
学校組は、異世界に来てから初めてイツキと出会ったはずだ。まるでイツキと会ったことがあるように語る梅木の発言に、彼女は目ざとく指摘する。
「うん、梅木にはさっき教えておいたよ。別に、隠すことじゃないしね」
だが、あえてイツキは、自ら梅木の失言をフォローする。
「……ふん」
やはり梅木は、イツキ主導で開かれた宴は気に食わないようだ。しかし、立ち去るわけでもなく、しっかりと食事を行っている辺り、強かさも備えていた。ハイテンションで肉に喰らいつく本橋大地の頭を引っ叩いて、強引にいつものメンツで集まっていた。
梅木一派の中核は、以下の面子だ。
梅木壮哉、序列2位『勇者』
新田玄也、序列5位『戦士』
松下華音、序列6位『重戦士』
丹羽里穂、序列9位『炎術士』
本橋大地、序列10位『風術士』
目下、要注意の5人である。加えて、数は少ないものの影響力高いグループとして、
平山聖凪、序列1位『聖女』
楠本朱鷺、序列3位『呪術師』
松下華音、序列6位『重戦士』(梅木のグループとも仲が良い)
以上三名の聖凪一派が存在する。
「――俺は、『仕立て屋』だよ。これでも結構使いこなしているから、欲しい衣装があったら言ってね」
「ありがとう、大崎くん。だけど、『仕立て屋』はもういるのよね。ほら、あそこの……」
江頭幸田、序列26位、天職『仕立て屋』。坪井稜大と同じく、陰キャグループの一人のガリガリの痩せこけた男子生徒だ。厚底のメガネが特徴でもある。
「……その割には、みんな制服のままだよな。衣装を新調したりしないの?」
「えっと……それは……」
苦笑いを浮かべながら、視線をそらす聖凪。
「か、彼が作る衣装は、独創的だから……あまり、女の子の趣味には合わなくて……」
「デザインとか注文したら?」
「イメージできないものは作れないから……その、彼にはこだわりがあって……ね……?」
「……そっか。まぁ、作る相手が男ってのも、抵抗があるよな」
「うん……生活魔法さえあれば、清潔感は維持できるし……」
「…………」
よくもまぁ、梅木に追放されずにいるものである。御しやすい、ということなのだろうか。
「ねえ、これホントに大崎が作ったの? お店で売っているのと変わらない気がするけど……?」
聖凪と会話をしていれば、当然、彼女もやってくる。平山聖凪の親友、楠本朱鷺、序列3位。その佇まいはあまりにも自然体で、飾り気がないのに澄みきっている。透明感という言葉が似合う女子高生だ。
「俺は、動物を狩っただけだよ。料理は、櫻井が――」
「そうじゃないよ。笹川の着ている服のことだ。まさか、転移したときからあの服じゃないよね」
賑わう宴の中で、ぽつんと一人でもぐもぐと口を動かす菜乃子。彼女は元々、教室内でも友達がいないらしく、このような場所でも話しかける相手は――と、説明しようとしたところで、誰かが声をかけていた。鹿島心である。
「ああ、そっちね。そうだよ、あれは俺が作った。菜乃子にデザインを指定してもらったから、楽だった」
「……へえ、すごい」
楠本朱鷺は、驚いたように笑う。
「これから君は、忙しくなりそうだね」
視界の端では、菜乃子と心が何度か言葉をかわしていた。あまり良い雰囲気ではなさそうだ。というよりも、心が一方的にリアクションをしている。それから菜乃子はイツキを指差して、つられて心は視線を向ける。目と目が、あってしまった。
「……あ」
「じゃ、私と聖凪は行くよ。またね、イツキ」
「……えっ? あっ」
楠本朱鷺の纏う独特な雰囲気に呑まれたイツキは、呼び捨てにされたことで返す言葉を失ってしまった。転移する前では、一度も言葉を交わしたことがなかった。ある意味、もっともイツキが苦手とする相手かもしれない。
「ねえ、大崎イツキ! あんたがあの子の衣装を作ったのって、ホントなの!?」
ずんずんと接近してきたのは、もちろん鹿島心である。モデルとして最先端を突き進む彼女は、誰よりもお洒落に敏感だった。この異世界でも、それは変わらないらしい。
「……そうだけど?」
「なら、あたしのために衣装を作りなさい!! こんな学生服よりも、あたしにふさわしい服があるはずよ!」
「嫌だ」
「光栄に思うことね! 本来なら、あんたみたいな根暗な奴にあたしの服を――って、え? 今、なんて?」
「嫌だって、言ったんだよ。面倒くさい」
「……あんた、何いってんの? 可愛いあたしを、見たくないの?」
「うん、興味ない。じゃあね」
「……はぁっ!?」
え、ちょ、待ちなさいよ、と。
背後で心が何かを叫んでいたが、特にイツキは気にもとめなかった。
当然、彼が向かうのは、彼女の隣。
「朱鷺さんに口説かれて、嬉しそうでしたね」
「……朱鷺さん?」
はて、珍しく菜乃子が、同級生を下の名前で読んでいる。軽口よりもそっちの方が気になってしまった。
「ああ、特に深い間柄ではありませんよ。中学の時に、クラスが一緒だっただけです。あの人、名前で呼ばないと反応してくれないんですよ。面倒くさいですよね」
「……そうなの?」
女の子限定……かな? 少なくとも自分や他の男子が下の名前で呼んでいる記憶はない。イツキはそう結論付けて、気にしないことにした。
「あの人は、要注意ですよ」
ふくれっ面を浮かべて、菜乃子は言う。
「言葉が、ストレート過ぎるんです。見た目は美少女なのに、男前。モデルの鹿島さんに対抗できるのは、朱鷺さんだけですね」
「何の対抗だよ……」
一歩引きながら、宴の盛り上がりを見つめる二人。
狙い通り、最初の挨拶は上手くいったと言えるだろう。
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