015 第一回|学級裁判
鹿島心、序列4位は、己の与えられた天職に強い不満を抱いていた。
「……どうして心が『錬金術士』なの! もっとこう、可愛い心に相応しい天職があるはずなのに! 『聖女』とか! 『アイドル』とか!!」
彼女は、二年三組の中でも群を抜いて容姿に恵まれていた。人の目を惹き付ける大きな瞳に、長く美しい睫毛。生まれついての陶器のような肌に、艶やかに伸びた髪の毛。それらによって彩られた外見は、特に何もしなくても絵になる程だ。ただ可愛いだけではなく、確かな魅力と力強さを備えていた。芸能人というのは、一般人とは違うカリスマ性を身に纏うものである。
――ただし。
「あー、ムカつく! 『農家』の神野さんはぜんっぜん言うこと聞いてくれないし! 何なのよ、もう!」
可愛さから生まれた甘えが、彼女の性格を捻じ曲げてしまった。現実の厳しさを知らない心は、自分の思い通りにならないと拗ねる癖があった。端的に言えば、ワガママなのである。
「ホントに、何なのよこの異世界は! こんな世界じゃ、心の可愛さを見てくれる人がいないじゃない! 服だって、もうずっと同じ制服を着回しているだけだし……もっと可愛いカッコしたい……お洒落したい……ああ、早く帰りたい~~~~~~~~!!」
切羽詰まっている状況でも、現実世界に帰れることを前提に行動している。こんなのは今だけで、そのうち夢が覚めるように元に戻ると信じている。それはまるで切なる少女の祈りのようだ。
「……おや? 鹿島さんではありませんか。こんなところでどうなさいました?」
廊下をがしがしと歩いていると、担任である酒井と出くわした。
「別に」
彼女は、教師という人間が嫌いだった。もちろんそこに、確かな理由はない。ただ、自分にあれこれ口酸っぱく指示する存在が鬱陶しいだけである。異世界に転移した後でも、それは変わらない。
「せんせーこそ、どうしたの? 下っ端たちの管理をしなくちゃいけないんじゃないの?」
「下っ端って……あなたのクラスメイトたちのことですよ」
基本的に、梅木一派に身を寄せる生徒らは、各自の天職に合わせた仕事を割り振られている。与えられた仕事さえしていれば、敷地内の活動は自由であるが、不自由ばかりの異世界では誰もが仕事に追われている。特に、戦闘職の連中は治安維持と警備、そして野生動物のハンティングで忙殺されていた。
「鹿島さんの方こそ、『錬金術士』としての役目をお忘れなく。いつまでも自分の能力がわかりませんでは、いずれ見切られてしまいますよ?」
「……わかってるわよ」
鹿島心は、自らの能力を理解できなかった。『錬金術士』と言われてはいるが、発動させ方が不明なのだ。本来、彼女のような足手まといはすぐに追放するのが梅木のやり方だが、流石に『錬金術士』ともなると躊躇うようだ。もし、彼女が能力に目覚めたとしたら、相当な戦力になることが予想される。
「天職は、人の性質に依存しているようです。能力の取っ掛かりさえ見つかったら、すぐに理解できるようになるでしょう」
「ホントに……うるさいわね……」
あーだこーだ言われることが、鹿島心には耐えられない。そういう上から目線のお説教が、彼女は大嫌いだった。
◆
三日に一度、二年三組の教室では学級会が開かれることになっていた。と言っても、参加するのは学校に滞在することを選んだ梅木一派の生徒のみ。現状の確認や今後の方針等、リーダーである梅木を中心に会議は進められる。そして、今回の議題は、彼らの身に迫る食糧危機についてであった。
「小野寺さん。君はどうして、『狩人』なのに獲物を狩ることが出来ないんだ?」
見張りのために外で目を光らせる生徒を除けば、梅木一派の全員がこの教室に集められていた。誰もが食糧危機を理解しているからこそ、前に立たされている小野寺瑠海に、冷ややかな眼を送っていた。
「え、えっと……その、ごめん……頑張っては、いるんだけど……やっぱり、動物を殺すの、慣れていなくて……」
「天職は、その職業に見合った能力を授けてくれる。本来なら君は、狩りのスペシャリストのはず。だというのに――まともに狩りを行えないどころか、無駄飯を貪っている。食糧危機の俺たちにとって、小野寺さんの存在は非常に辛いものだ」
「……壮哉の言葉は強すぎるが、間違ってねえよ。戦闘職の俺らですら、動物を狩ることは出来てるんだぜ? お世辞にも、効率的とは言えねえがな……」
梅木の意見をフォローするのは、新田玄弥である。
「ま、待ってよ! ルミちゃんは頑張ってるし、これから出来るようになるって! だから、あまりプレッシャーをかけないで――」
彼女を庇う声をあげたのは、堀青葉。だが、梅木はその反論を許さない。
「他人事のように言ってるけど、成果をあげられてないのは堀さんも同じだよ。小野寺さんの狩りに付き合い続けて、『雷術士』という戦力を無駄にしている。それは、怠惰とも言えるよね」
「そ、それはっ……!」
「戦闘職の生徒は、見回りや訓練の役目があるというのに、君だけは彼女に付き合って時間を持て余している。せっかくの当たりの天職を、無駄にしてしまっているわけだ」
「待ちなさい」
梅木の声を遮ったのは、序列1位、平山聖凪だった。元学級委員長の言葉が、二人に希望を与える。
「お二人は、以前にノウサギを沢山仕留めてくださいました。そのことを、お忘れですか?」
「今思えば、あれはなんとも不自然な話だよ」
だが、梅木は譲らない。
「ねえ、小野寺さん。あれはちゃんと、君が仕留めた獲物なんだよな? 別の誰かから譲り受けたとか、横取りしたとか、そういうわけじゃあないんだよね?」
「――っ!」
たちまち、青ざめる瑠海。咄嗟に、青葉が彼女を肩を抱きしめる。
「もし、そうだとしたら――やっぱり君には、『狩人』としての責任を一度だって果たせていないことになる。最初に、俺たちは決めたはずだ。働かざる者食うべからず――無能は、この学校に存在する資格はないと」
「わ、わたしを……追放、するの……?」
「さぁ、どうしたものかな。少なくとも、小野寺さんに食料を分け与えるべきではないと思うのだが、どうだろうか」
ざわざわとどよめくクラスメイトたち。言葉には責任が伴う以上、誰もが軽率に口を開こうとはしない。……ただ一人、容赦のない者を除いて。
「別に、いいんじゃないー?」
西山知花が、適当な声色で同意した。
「よくわかんないけど、大体は壮哉くんの言う通りにしてたらよくなーい? あたしは馬鹿だから、よくわかんないしー」
能天気さは、時として凶器となる。小野寺瑠海の悲痛な表情すら、彼女にはまるで効かない。
「さっすが、知花。度胸あるねー!」
つられて、真後ろに座っていた女子が声を上げる。
丹羽里穂。かつてイツキと遭遇し、梅木とともにイツキを裏切った序列9位の『炎術士』だ。
「でも、いいの? 知花だってあんま役に立ってない気がするけど?」
「関係ないでしょ。誰があたしを追放すんのよ?」
「そりゃそうか」
カースト上位勢の余裕が、教室内に響き渡る。
「……他に、意見があるものは?」
がたがたと震えながら、事の成り行きを見守ることしか出来ない瑠海。この場で反論することが、どうしても出来ないのだ。青葉も何とか状況を変えようと思考を巡らせるが、この場を打開できるような言葉は見つからない。先程の鹿島心の一言が、教室内の流れを決定的なものにしていた。
「反対ではないが、提案がある」
こんなとき、発言できるのは、やはりカースト上位の人間だけだ。
本橋大地、序列10位、『風術士』。
平山聖凪とともに、学級委員長を任されていたクソがつくほどの真面目な男子生徒である。彼もまた梅木と仲が良いグループに所属していた。序列がやや低いのは、元来の真面目さ故だろう。
「彼女の『狩人』の能力を捨てるには惜しい。切り捨てるのではなく、試練を課すべきだ。最後の最後まで、彼女の能力が目覚めることを諦めるべきではない」
合理的な判断を、彼は下そうとしていた。
「……大地の提案なら、面白そうだな。話してみてよ。試練って?」
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす、と言うだろう? あれを実践してみせようじゃないか。森の奥に、荒れ果てた山脈があったはずだ。獰猛な魔物ばかりが出没するため、立ち入りを禁じていたが――あそこに、小野寺を放り込もう。何、窮地に陥れば、能力は覚醒してくれるはずだ。生きて帰ってくる頃には、彼女も立派な『狩人』に成長しているさ」
「……嘘でしょ?」
学校の周囲の森は、食人鬼が出没する程度の、比較的安全な領域だ。だが、しばしば森の向こう側から獰猛な魔物が現れることがあった。イツキが遭遇したギフトアプフェルは、森の外からやってきた魔物である。無論、無力な人間が敵うような相手ではない。
「ちょ、ちょっと! ちょっと待ってってば!? いくらなんでも、それは駄目だって! ルミちゃんは、クラスメイトなんだよ!? そんなの、殺すようなもんじゃ――」
「――堀さんは、黙っていて欲しいな」
梅木は、恐ろしく冷徹な笑みを浮かべていた。
「俺たちは、無理な要求をしているわけじゃない。適度に動物を狩ってくれたらいいだけなんだ。それすら出来ないなら、彼女は俺たちの食料を奪う敵だ。排除するしかなくなってしまう」
「敵じゃない! 友達だよ! ねえ、平山さん……! いいんちょーなら、反対して――」
「――ごめんなさい、堀さん。今回ばかりは、梅木くんが正しいわ」
目を閉じて、首を振る。
「天職は、そう難しいものではないはずよ。だから……今からでも、『狩人』としての義務を果たせるはず。だから……小野寺さん。みんなに頭を下げて、もう一度チャンスを貰いましょう。今度は私も、一緒に狩りに行くから……!」
「い、いいんちょー……!」
悲痛な眼差しを、瑠海に向けていた。それだけで、彼女は泣きそうになってしまう。
「それじゃあ、遅いでしょ」
だが、丹羽里穂が余計な言葉を挟む。
「追い出されそうになったから、今から頑張る? 子供の宿題じゃないんだからさ、もうちょっと真面目にやって欲しいよね。そうでしょ? 心」
「え?」
悪魔のような笑みを浮かべながら、心に話を振る。
「いや、そこまでしなくてもいいんじゃない? それこそ、本当に死んじゃうんじゃ……」
「ぬるいって、心! ヘタレだなぁ。いつもなら、心が我先にってイジメるのに」
極限状態に陥っている彼らは、もはや倫理観を失いつつあった。異世界という空間が、徐々に不協和音を奏で始める。
「平山さん、残念だけどもう一度は難しいかな。むしろ、この試練こそが最後のチャンスだよ。俺たちは、いつでも『狩人』の誕生を待ち望んでいる」
「あ……」
凍りついた眼差しを受けた瑠海は、ようやく理解した。異世界という無秩序な世界の中で、自分という存在は求められていなかった。必要とされているのは、役に立つ能力だけ。そこに、これまでの関係とか、友情とか、意味がないのだ。
――役立たずは切り捨てているようですよ。
生きるためなら、手段を選んではいられない。あのとき、菜乃子が口にした言葉の意味を、瑠海はようやく理解したのだ。
「わ、私も行く! ルミちゃんを一人には出来ないし!」
「……駄目だよ、アオちゃ。アオちゃまで、追放されちゃう」
全てを諦めた瑠海は、せめて親友だけでもと差し伸べられた手を払い除ける。
「え……?」
「アオちゃは、みんなの役に立てる天職なんだから、ここで頑張るんだよ」
がたがたと、振るえていた。それでも言葉は、すらすらと紡がれる。
嫌だ、怖い、誰か、助けて。
悲痛な叫び声を胸の中で繰り広げても、それらが出てくることはない。
そんなことをしたら、真後ろで殺意を向ける梅木壮哉に殺されてしまう。もはや彼女に、選択肢など存在していなかった。
「……決まりだな」
学級裁判は、判決を下す。
「小野寺瑠海を、荒れ果てた山脈に追放する。ただし――『狩人』の能力に目覚めた場合は、帰還を許す。みんな、期待して待っているよ」
「…………」
優しい結果で、良かったね。
とでも言いたげな雰囲気は、瑠海の目から見て異常であった。異世界に染まりきった彼らに、もはや悪意など存在しない。生きるために、当たり前のように選択する。女子高生気分でいたのは、自分だけ――
「――
だが。
そんな彼女のもとに、救いが訪れる。
「小野寺瑠海よりも先に、裁かなければならない奴がいる。そのことを、教えてるために帰ってきたよ」
蹴破られた扉の先に、二つの影。
天職『仕立て屋』と『鑑定士』の組み合わせが、学校へと到着した。
「え……? あれ? 大崎? 後ろにいるのは、笹川じゃねえか」
「異議ありって、何だ? どういうこと?」
「ていうか、笹川さん、生きてたんだ……」
突如として現れたクラスメイトに、混乱する教室。だが、ただ一人――梅木だけは、敵意を剥き出しにしてイツキを睨みつける。
「……見張りは、どうした。報告は受けていないんだが」
「見張り? あれが? 隙だらけだったから、いとも容易く忍び込ませてもらったよ。なにやら、良からぬことを企んでいそうだったし」
「っ……!!」
想定外の人物の登場に、梅木は言葉を失っていた。互いの探るような眼差しが交錯する。
「梅木がリーダーって聞いていたから、結構期待していたんだけど……がっかりだね。『狩人』一人も育てられないのなら、指導者失格じゃない?」
「……お、お前っ……!!」
「食糧問題なら、安心して。みんなのために、沢山獲物を狩ってきたから。そしてこれからも、安定的に供給できる」
「……え?」
イツキの言葉に、どよめく教室内。
「とりあえず、お土産代わりに持ってきたよ。この中に『料理人』はいる? 是非、調理して欲しんだけど」
「わ、私、料理人だよ!」
櫻井愛未、序列13位、天職『料理人』。普段は大人しい控えめな彼女だったが、ここぞとばかりに手を上げていた。流れの変わり目を見逃さない。
「菜乃子、案内してあげてくれる?」
「うぃ、ついてくるですよ。あ、人手が欲しいですね」
「僕が行こう」
先程、瑠海に試練を提案した、本橋大地が立ちあがる。
「学級委員長として、付き添うべきだろう。女子だけで向かわせるには心配だしな。もし、大崎の言葉が本当なら……小野寺を試練に課す必要もないだろう。大崎の貢献によって、食糧問題は解決するんだしな」
「え? 本当?」
「すごくない? 大崎、超有能ってこと?」
「…………」
梅木壮哉は、一連の流れを無言で見ていることしか出来なかった。何せ、彼は大崎イツキを騙し討ちをして、殺そうとしたのだ。そのことを追求されれば、立場が怪しくなる。証拠がない以上、嘘だと言い返すことも出来るが、今はタイミングが悪すぎる。
「……そ、壮哉……これ、ヤバくない? あいつ、生きて……」
「黙れ」
丹羽里穂が、青褪めた表情で耳打ちをする。彼女もまた、イツキ殺しに関わっていた者の一人。
「俺を、信じろ」
静かに、言葉を繰り返す。
「勇者を、信じろ」
まるで、暗示をかけるかのように。
「――お前は何も知らない。いいな、わかったか?」
「はい……」
――
梅木は静かに決意しながら、イツキの帰還を歓迎する。
「良かったね、大崎。無事、生きていてくれて何よりだよ」
「ありがとう、梅木。これから、よろしくな」
笑顔で握手を交わす二人。
殺し合いまで、あとどのくらい?
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