014 メンヘラ女子のこだわり


 学校周辺の森の中を散策する二つの影。『狩人』である小野寺瑠海は、梅木壮哉から動物の狩猟を命じられていたが、ここ一週間は目ぼしい成果をあげられなかった。というよりも、イツキに分けてもらったノウサギしか、彼女は成果を挙げられてはいなかった。


「見つからないね」


「うん……」


 堀青葉は、食人鬼に遭遇したときのための護衛として、彼女に付き従っていた。そもそも、彼女たちはどうやって野生動物を見つければ良いのかすら理解していない。たまたま偶然、動物を見つけたとしても、殺意に感づかれて逃げられてしまうばかりであった。素人の狩りほど、実りづらいものはない。


「……そういえばさー」


 手にしていた弓を空虚に見つめながら、小野寺瑠海は口を開く。


「アオちゃんて、大崎くんと知り合いだったの?」


「えー?」


「ほら、珍しく呼び捨てだったじゃーん。アオちゃんって、あんま男子と仲良くしているイメージなかったし……」


「あー……まぁね~~」


 照れくさそうに笑いながら、青葉は答える。


「小学校のときに、それなりに仲良かったよ。うちのクラスって、同じ小学校からの付き合いがそこそこいるし」


 イツキと青葉だけではない。付き合いの長い組み合わせは、片手では数え切れないほどいる。


「当時のイツキって、結構人気者だったんだよ。みんなをぐいぐいと引っ張るリーダーみたいな感じで……今の、梅木くんみたいな」


「へー、意外」


「中学で疎遠になって、高校で再会したときは印象違ってびっくりしたなー。向こうも戸惑っていたみたいだけど……呼び方が変わらないのは、まぁ流れかな?」


「そこに恋心はあったのかね?」


「ないない」


 二人同時に、破顔した。


「なるほどねぇ、小学校の付き合いなら、私が知らないわけだ」


「わたしはルミちゃん一筋だよ~~~」


「あ、待って」


 ぐいと、抱きつこうとした青葉を押しのける瑠海。


「……シカっぽいのが、いる」


「おぉう、わかるんだ」


「たぶん……『狩人』の力なのかな」


 ぎゅっと、弓を握る手に力が籠もる。


「見つかってない?」


「大丈夫」


 小野寺青葉は、弓道部に所属していた。それも、部内でもトップクラスの正確性を誇っている。青葉からしてみれば、彼女が動物を狩れないことが最初は意外で仕方がなかった。瑠海程の腕前があれば、離れた動物を射抜くくらい簡単だろうにと。


「……ほんとに、大丈夫?」


「たぶん……」


 だが、青葉は後に理解させられた。生きとし生けるものを、一方的に殺すという意味。小野寺瑠海は、動かない的ならば正確に射抜くことが出来るが――動物相手だと、まるで違っていた。生き物を殺すとなると、途端に手足の震えが止まらなくなる。生きるために殺さなければいけないのに、どうしても身体が言うことをきかないのだ。


「……っ」


 弓を引く手に、不自然なほど力が込められる。今度こそ、と自らを奮い立たせても、やはり心は悲鳴を上げていた。優雅に草を食むシカは、円らな瞳を彼方へと向けている。美しい、と思わず感じてしまうほど、彼らは自然と調和していた。そこに、純然たる殺意を持ち込むことが、自分がとても良くないことをしているような気分にさせられてしまう。


「ルミちゃん、無理しないでも……」


「だめ」


 ぐっと、目尻に力を込めて。


「そろそろ結果を出さないと、よくないことになるから」


 『狩人』の特性として、殺意を隠す事ができる。これのおかげで、素人の瑠海でも野生動物を狩ることは可能だった。無論、『雷術士』である青葉でも動物を狩れるものの、魔物の住まう森にて独自に進化した動物たちは、魔力の残滓を感じ取って一目散に逃げ出してしまう。強力な魔法を行使すれば殺すことは可能だろうが、今度は威力が高すぎて食用としては難しいものとなる。


 的確に野生動物の気配を察知し、音もなく対象に忍び寄り、獲物を新鮮な状態でかる殺す。仕留めた肉は余すことなく使用し、自然の恵みに祈りを捧げる職業こそが、『狩人』なのである。


 ――殺さなくちゃ。


 迷いを帯びた殺意を、大自然は許してくれるはずがない。


「――っ!」


 焦るような気持ちが背中を押して、矢が放たれた。天職の補正も相まってか、それでもシカの胴体に矢が突き刺さる。


 命中した。


 だが、狩りは失敗だ。


「あっ……!」


 矢を受けたシカは、脱兎のごとくその場から逃げ出した。瑠海の命中させた矢は、狙い通りの場所を射抜いてはいなかった。逃げるだけの余裕が、シカには残されていたのだ。


「…………」


 追いかけようとするも、あっという間に見えなくなっていく。僅かに残された血痕を見つめながら、瑠海は目を細める。


「……何してんだろ」


 狩るどころか、無意味に怪我を負わせてしまった。調和された自然を乱しながらも、自分は無礼に横槍を入れただけ。


「ルミちゃん……」


 いつもは軽口を叩き合う、女子高生二人。

 今回ばかりは、友達に向ける言葉を見つけられない青葉であった。



 ◆



「誰が助けてくれって頼んだのよっ!!」


 耳を切り裂くような叫び声が、保健室から聞こえてきた。『農家』こと神野帆南海の声を聞きつけた新田元弥は、ため息をつきながら声の下した方へ向かう。いくら梅木の命令とはいえ、興味もない女子を口説こうというのだ。独特な性的嗜好をもっている元弥としては、同級生の攻略には気が進まない。しかもそれが、リスカ常習犯のメンヘラ少女とくれば、尚更である。


「……おい、どうしたんだ? 何があった?」


 がらりと保健室の扉を開くと、二人の女子が取っ組み合いの喧嘩をしていた。


「新田!? あんた、丁度いいところに来たわね! さっさとこのメンヘラ馬鹿を、拘束して! こいつ、また手首切ろうとしてんのよ!」


「はぁ……?」


 視線の端に、刃を剥き出しにしたカッターが、転がっていた。。どうやら、神野帆南海がリスカしようとしていたところを、鹿島心が強引に止めている構図のようだ。


「……うるさいわよ。あなたには関係のないことでしょ? 私が傷付いたとして、あなたが痛いわけじゃない……! そういうの、気持ち悪いのよ……!!」


「あー! もう、面倒くさい!! どうして心が、こんなのの相手しなくちゃいけないの! もう嫌だ、帰る!」


 神野のことは任せろと、元弥が口にする前に投げ出されてしまった。説明の手間が省けたのは、ラッキーかもしれない。


「さっさと帰りなさいよ! 誰だって、あなたみたいにキラキラしていられるわけじゃないんだから! あなたは結局、恵まれているだけ……!!」


「……知らないわよ、そんなの」


 冷たい眼差しを、鹿島心は向け返す。


「あたしに嫉妬しているのか知らないけれど、手首切ったって心みたいにはなれないよ? 心が、どれだけ努力して可愛いを維持してるか、知ってるの? 手首と睨めっこしても、何の意味がないんだし」


「こ、この……!!」


「ふん!!」


 元弥を置き去りにして、鹿島心は保健室を後にする。残された元弥としては、なんとも気まずい空気である。


「……あー」


 ――口説いて、手籠にしろ。


 それが、梅木の命令だった。言う事の効かないメンヘラは、惚れさせて意のままに操るに限る。人の道を踏み出した行いではあるが、現状がそれを容認する。神野帆南海は、このグループ唯一の、食料を生み出せる天職である。必ず、働いてもらわなければならない。


「鹿島は、いいよな。あいつ、モデルやってんだろ? 恵まれた親、恵まれた容姿、恵まれた……いや、頭は悪かったか。ともかく、俺ら一般人とはまるで違うわけよ」


「…………」


 落ちたカッターを拾う元弥は、まず帆南海の気持ちに寄り添うところから切り込んだ。共感と容認こそが、メンヘラを落とす手法だと彼は心得ていた。


 ――構って欲しいんだろ?


 無神経な言葉を思い浮かべつつも、適当な距離感で彼は笑いかけた。


「……何か用ですか?」


「いや、神野のことが心配になって。ほら、カッター。お前のもんだろ? これ」


 落ちているカッターを拾い上げ、躊躇いなく帆南海に手渡した。少し驚いたように、彼女は元弥を見上げた。


「どうして?」


「切りたいなら、仕方ねえだろ。誰もが不安なこの状況下で、まともな精神でいられるかっての。だけど、心を落ち着かせる程度にしておけよ。何事も程々にしておいた方がいい」


 意図的に、爽やかな笑顔を浮かべる元弥。自然な動作で、彼女との距離を詰める。


「……そう」


 対する帆南海は、冷ややかな視線を元弥に向けていた。それから彼女はうつむいて、すっかり黙り込んでしまう。


「心配だな、俺は」


 何が?


「神野を一人にはしておけない」


 なんで?


「よく見れば――神野って、愛嬌ある横顔してんだな」


 馬鹿?


「…………」


 そして彼は、更に彼女との距離と詰めた。いつものようなやり方で、少女のパーソナルスペースに踏み込んだのだ。


「――なぁ、神野」


「あの」


 控えめな声で、帆南海は声を上げた。


「話、長くなるようでしたら帰ってくれませんか? 早く、一人で手首を切りたいので」


「……へ?」


 しっかりとした口調で、拒否されてしまった。


「確かに私は、どうしようもないメンヘラですが……あなたに構って欲しくて、こんなことをしているのではありません。大変申し訳無いのですが、同級生には興味がないのです。私、年下趣味なので」


「…………」


 余裕で口説けると思っていた相手は、これっぽっちも見向きもしない。


「依存できれば誰でもいいわけじゃないんです。声をかけてくるのでしたら、生まれる前からやり直してほしいです。あなたを想って切る手首は、この世に一つもありませんから」


「……上等だよ、クソメンヘラ」


 はっきりと拒絶されたことで、玄也の瞳に敵意が籠もる。


「結局は、『農家』目当ての色管理を目論んでいたのですよね? だとしたら、可愛い男の子を連れてきてください。たっぷり、依存させてください。手首を切らせてください。そうしたら、いくらでも能力を使ってあげますよ」


 帆南海は、彼らの想像以上に、ねじ曲がっていた。そのことを、痛いほど思い知らされる。


「お前なんか、こっちから願い下げだよ。抱き心地の悪そうな、針金みたいな身体をしやがって!!」


 歪な様相を露呈する、クラスメイトたち。

 極限の状況下に追い込まれることによって、彼女たちの異常性が牙を向き始めていた。


「……やはり同級生は、退屈ですね」



 ◆



 一方、イツキと菜乃子たちは、学校目指して森の中を進んでいた。


「歩くの、疲れました。おんぶしてくれませんか?」


「嘘つけ、意外と体力あるの知ってるんだからな!」


「合法的に女子と触れ合える機会をもっと大切にしたほうが良いのでは」


「そういうのは発育のいい女子相手で頼むわ」


「他の女の名前を出さないで!!」


「ヒスった振りをするのはやめてくれ。似合わんぞ」


「……そうですか、残念です」


「菜乃子のキャラが、分からなくなるよ……」


「あなただけは私のことを理解してくれると思ったのに!!」


「菜乃子のことなんてこれっぽっちもわからねーよ」


「私はイツキくんのことはわかりますけど。あ、そろそろ喉が渇いていますよね?  お水いりますか?」


「当たってるから怖いんだよ……!」


 チート能力者二人の組み合わせは、食人鬼の蔓延る森など、ピクニック気分で問題ないらしい。



 



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