第二節『カースト逆転』

013 梅木壮哉の支配の作法


 イツキたちが能力を磨いている一方、学校を拠点とした梅木一派は山積みされた問題に頭を抱えていた。教室の一角で膝を突き合わせているのは、梅木が最も信頼する中核メンバーたちである。


「……食料の消費が早すぎる。誰か、盗み食いをしているやつがいるな」


 松下 華音、序列6位。天職『重戦士』。学校ではバレー部のエースとして、上級生や下級生からも慕われている、カースト上位の女子生徒である。序列1位の『聖女』平山 聖凪とはとても仲がよく、異世界に来てからも常に行動を共にしていた。


「仕方ねーよ。腹が減ったら、イライラも収まんねえし……そういう奴が出てくんのもわかる。控えめな量にしているだけ、まだ良心が残ってるわけだしな」


 頭を掻きながらフォローするのは、新田元弥、序列5位の『戦士』である。梅木とは小学生の頃からの付き合いであり、がたいもよく振る舞いも好青年。陸上部に所属しており、社交的ではあるものの、やや無神経な面も見え隠れする。


「問題は、食料を盗まれることじゃないよ。新たに食料を得る手段が限られているってことだ。『農家』はどうなってる?」


 梅木が、華音に問いかける。


「全然ダメだな。あの子、度胸なさすぎて……これっぽっちも、仕事をしようとしない。目を離していたら、すぐリスカしそうだし……参っちまってるね」


 神野 帆南海、序列22位、天職『農家』。梅木グループで唯一、食料を能力で生み出す可能性を秘めている女子生徒は――元来、精神的にあまり強くなかった。気弱な性格であることも災いし、異世界に来てからは保健室に引きこもっているという。


「正直、使いものにならないよ、あれは。あたしも何度か説得しようとしたけど、知らんぷり。あれ、生かしておく意味ある? 生きる意志もなさそうだし、追放しちゃった方が良いと思うんだけど……」


「駄目だ」


 梅木は、冷静に却下する。


「追放するのは、あくまで使い道のなくなった無能だけだ。食糧危機を迎えている以上、『農家』は切り捨てられない。俺たちは、感情でクラスメイトを切り捨てちゃいけない。相手を見定めて、切り捨てるべきだ」


「そうだけど……」


 あくまで、梅木壮哉は慎重派を貫く。出会い頭のイツキはともかく、クラスメイトを簡単に追放することは難しい。反発されてしまえば、彼らとて一気に立場を奪われる。


「俺たちが中心となっているのは、信仰心があるからだ。甘えないように、利用しなくちゃいけない。追放するのは、最終手段。しかも、やるとしたら――全員の了承を得られるような状況まで追い詰める」


 冷徹な瞳が、鈍く光る。梅木壮哉の威圧的な言葉に、華音も元弥も呑まれかけていた。異世界にやってきて、死線を潜った勇者様は、誰よりも冷静に状況を分析する。


「……今、『農家』の管理をしているのは?」


「鹿島さんに任せているわ。だけどあの子、陰キャの相手は下手だから……」


「人選から、間違えているのかもしれないな。もはやこうなったら、手段は選んでいられない。やはりここは、元弥に任せようと思う」


「……え? 俺かよ? 悪いけど、別に仲良くなかったぜ?」


「いいや、元弥が一番、適任だよ」


 にっこりと、笑って。


「――『農家』を口説いて手籠にしろ。メンヘラ女を落とすくらい、お前なら簡単だろう?」


「ああ、そういうこと」


 めんどくさそうに、表情を歪めた元弥は。


「……俺、陰キャのメンヘラはあんま好みじゃねーんだけどな」


 あまりノリ気ではなかった。新田元弥は女の子が大好きだったが、その感情はカースト下位には向けられていない。


「だったら、まだあいつの方が良かったよ。何だっけ……あ、そうそう。笹川菜乃子」


「お前のロリ趣味に合わせるつもりはない。しかし……あいつは確か『鑑定士』だったな。ダブりで反抗的だから追放したが……今思えば、早まった判断だった」


 梅木たちが菜乃子を追放した理由は、『鑑定士』の職業が弱いから……では、なかった。菜乃子が追放された時点では、別の『鑑定士』が既に存在しており、二人も必要はなかった。加えて、菜乃子は後からやってきた上に、口煩かった。周囲からの反発を受けた上での追放劇である。


「……まさか、あの後すぐに、本命の『鑑定士』が死ぬとは思わなかったな。あれ……本当に、事故なんだよな?」


 白滝鈴、序列23位、天職『鑑定士』。

 彼女は、既にこの世を去っていた。


「当たり前だろ」


 彼女は屋上から身を投げて自殺した――ということに、なっている。真実は今も明らかになっていない。様々な疑惑が浮かび上がっているものの、誰もその中身を改めようとはしなかった。


「とにかく、『農家』の女に仕事をさせてやってくれ。色管理は、お前の得意とするところだろ」


「……生きるためだもんな、仕方ねえか。んで? あの女の名前って、何だっけ?」


「さぁ……?」


 なんとなく認識はしているが、取り立てて印象がなかった。覚えていない訳では無いが、あまりにも空気過ぎてギリギリのところで名前が出てこない。


「確か……えっと、白巻……白沢……」


「――白滝鈴だ」


 呆れながら、華音が教えてくれる。


「それくらい、覚えておきなよ」


「……どうでもいい情報は、すぐに忘れちまうんだよ」



 ◆



 若椿高等学校ニ年三組。

 それが、今回の大規模異世界転移に巻き込まれたクラスであった。転移者は、当時夏期講習を受けていた全クラスメイトと、その余波に巻き込まれた数名の教師、近くのグラウンドにいた運動部及び、外部の人間数名である。


 総勢40名ほどの大規模異世界転移によって、校舎ごと転移した彼らは――既に、その数を約二十名ほどにまで減らしていた。あるものは追放され、あるものは自らの意志で学校を後にし、あるものは命を落とし――。


「……梅木くん、皆さんの調子はいかがですか」


 学校を巡回していた梅木の元へ、担任である酒井が声をかける。大規模異世界転移に巻き込まれた数少ない教師である。


「酒井先生……見張りの方は、いかがでしたか」


「問題ありませんよ。不穏な企みを行っているものはいませんし、よく管理できています。さすがは、『勇者』ですね」


「不穏な生徒がいたら、報告してくださいよ。俺たちは、一致団結して困難に立ち向かわなければなりません。足手まといは、切り捨てなければ」


 担任である酒井は、既に梅木の管理下におかれていた。大らかな性格と優しい笑顔とともに、生徒たちからは支持されてはいるものの――極限状態においては、自己保身を優先するような人間であった。


「私は、皆さんのように天職とやらを授かりませんでした。どうやら、単なる巻き添えだったようです。だからこそ――従順であることくらいしか、お役に立てませんからね」


「何を言いますか。生徒たちの信頼の厚い酒井先生が、勇者である俺を支持してくれているからこそ今の状態が成り立っているのです。その辺の使えない馬鹿よりも、先生は優秀ですよ」


「それはよかった。追放されたくはありませんからね」


 笑顔を、崩すことはなく。


「――笹川菜乃子を追放したのは、少々早まったのでは?」


「…………」


 ぐっと、拳を握りしめる。そんなことは、彼が一番わかっていた。


「それと、『狩人』は今日も成果を上げることが出来なかったようです。はて、先日は見事に沢山のノウサギを狩ってきたというのに、また成果なしが続いてしまっています。おかしいですねえ、何か違和感を感じます」


「……と、言いますと?」


「『狩人』が無能であることは、もはや言い逃れできません。彼女には、動物を殺すことは出来ないようです。しかし――たった一日だけ、彼女はノウサギを手に戻ってきました。傷を見たところ、相方の『雷』に頼ったわけでもなく……いやぁ、不思議ですねえ」


 酒井の言う『狩人』とは、小野寺瑠海のことである。彼女は元々、大人しい性格をしているため、食べるためだからといって、動物を殺すことに躊躇いを捨てきれなかった。頭ではわかっているのに、身体が竦んでしまうのだ。野生動物は、彼女のような弱さを抱えている狩人に、決して捕まらない。


「――小野寺が、何かを隠していると?」


「ええ」


 にっこりと、酒井は笑って。


「あの日、帰還してきた彼女たちは、とても艷やかでした。我々がひもじい思いをしているというのに、まるで充実した食事を終えた後のようでした。おかしいですねえ」


「…………」


 鋭さを増す、梅木の眼差し。

 酒井の言葉の裏に潜む真意に、ようやく気が付いた。


「小野寺が、邪な計画を立てているとは考えづらいが……気にしておいた方が良さそうですね。学校を出ていった大馬鹿者たちと通じている可能性もありますし」


「その通りです。我々の仲間は、学校の敷地にいる者のみ。追放された者はもちろん、自らここを出ていったものは、もはや敵対者。いずれは物資を奪いにやってくるかも知れません」


「……後で、俺が話をつけておきます。酒井先生は、引き続きクラスメイトたちを見張っていてください」


「もちろんです。頼りにしていおりますぞ、『勇者』殿」


 手を振りながら、廊下の奥へ消えていく酒井の背中を見守る。冷めた瞳を浮かべる梅木は、ゆっくりと確かめるように呟いた。


「……小野寺瑠海、か」


 心の奥底に流れる己の溝川に手を伸ばして、泥を掬い上げた。指の隙間からこぼれ落ちないように、ぎゅっと固める。丹精込めて作り上げられていくのは、油断すればすぐに消え去る潜在的な願い。


「確かな殺意を」


 クラスメイトのために、無能は殺さなければならない。


 足場を固めるように、彼はしっかりと育てていく。

 いつか、本当に必要なときが来るまで――いざという時に、躊躇わないよう。


「恨むなら、己の無能さを恨め」


 ただ、静かに呟く。


「正しいと信じた上での殺人は、拍手でもって迎え入れられるべきだ」


 カースト2位の梅木壮哉は、立派な殺人鬼と化していた。



 ◆


 一方、イツキと菜乃子たちは出発の準備を済ませていた。


「ちなみにどうやって学校に戻るです? そもそも、イツキくんは学校がどこにあるかを知っているですか?」


「青葉の指に、目に見えない極細の糸を付着させておいた」


「わお! ストーカーにぴったりの能力です!」


「……冗談だよ。いや、仕掛けておいたんだけど、途中で切れてた」


「失敗しただけでちゃんとストーカーしてますね?」


「うるせえ。だけど、菜乃子がいるなら問題ないだろ」


「どうしてです?」


「だって、『鑑定眼』なんだろ? 菜乃子なら、学校の位置くらい鑑定済みなんじゃないか?」


「正解です」


 笹川菜乃子は、どや顔を浮かべていた。


「学校から拠点までのマッピングは、完了しています。索敵能力は、鑑定士にお任せください」


「チートだなぁ」


 和気あいあいとした、学校までの旅路。

 まだまだ、到着には程遠い。

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