012 神様の針仕事
笹川菜々子が『鑑定士』の能力の限界に挑戦していた頃。大崎イツキもまた、己の能力の真価を探究していた。
「――『針仕事』」
これまでのイツキは、普通の糸・アリアドネの糸・鋼糸の三種類を基本とした糸を生成していた。都度、耐久度や伸縮性は調整していたものの、それ以外の特性を付与することは出来なかった。
だが、糸であれば何でも生成できるのだとしたら、自身の能力の可能性は無限大だ。
――キシャアアアア!
大勢の食人鬼が、イツキの前に立ち塞がる。人間離れした腕力と、発達した下顎。これまでのイツキなら、相手にできない数である。
例えば。
――
「……駄目か」
展開された糸が、あっけなく引きちぎられる。そのまま、食人鬼はイツキに襲い掛かる。
「それじゃ、これはどうだ?」
――
より具体性を帯びた、効果のイメージしやすいもの。
――ガアアアアアアアアアアアアアア!!!
食人鬼の群れが、張り巡らされた対物糸に絡め取られた。彼らは当然、まとわりつく糸を引きちぎろうと、全力で腕を振り回そうとするが。
「……よし」
イツキの予想通り、食人鬼では断ち切れないほどの耐久性を実現する。やはり、イメージが具体的であればあるほど、より規格外の糸を生み出すことが出来るらしい。
「次は、『針』だな」
これまでイツキが糸を張り巡らせるためには、常に針を介して操作していた。針は手で触れる必要はなく、イツキが思い浮かべた通りの軌跡を描いて、常識はずれの速度で縫い付けてくれる。周囲一帯に対物糸を張り巡らせたのも、この針のおかげだ。
――
それは、菜乃子の傷を縫合したときに感じた疑問。治すためではなく壊すために、この能力を使えるか?
「『針仕事』」
目の前で吊るし上げられる食人鬼を見上げながら、糸に命令を下す。
「――『縫い付けろ』」
その瞬間、無数の針が食人鬼に降り注ぎ、容赦なく彼らの口を縫い合わせてしまった。叫び声もあげられなくなった食人鬼は、身体を震わせながら必死に抵抗しようとする。
「操作できるの針の数は、10本までか」
以前はもっと少なかったはずだ。これも、己の成長とともに進化していくのだろう。
イツキの周囲に漂う、糸の結ばれた十本の針。それら一本一本が、まるでイツキの『使い魔』のようであった。針の強度や大きさは、イツキの願いによって増幅する。また、これはイツキの予想とは違っていたのだが――
「――っ!?」
糸に囚われた食人鬼のうちの一匹が、手にしていた禍々しい石をイツキ目掛けて投げつけた。往生際の悪いその一撃は、しかし宙に漂う『針』たちが、結ばれた対物の糸を紡いで、自動的にイツキの身を守ってくれる。
「……まじか」
一度戦闘状態に入って『針仕事』を起動した状態だと、待機状態の『針』は特定の条件下で自動的に動き回るようだ。特に、イツキの身に危険が迫ると、本能的に作動するらしい。それはまるで、見えない精霊の加護によって、イツキの安全を守ってくれているかのようである。
「最後は……『鋏』か」
あらゆるものを断裁する、無慈悲なる刃。
針と糸が受動的な能力に比べ、こちらは明らかに攻撃特化の能力をしている。
「『針仕事』」
イツキの願いに呼応するように、白銀の大鋏が頭上に登場する。
「――
難しいことは、何もなかった。
顕現させたあとは、静かに命令するだけでいい。
開かれた鋏の刃が、食人鬼の前に煌めいた。直接首筋に刃を当てられているわけではないのに、囚われた食人鬼たちの表情は恐怖に満ちていた。人食いの化物にも感情があることを、初めて知った。
――ばちん、と。
頭上の鋏が、勢いよく閉じられた。
瞬間――ごろり、と。
イツキの視界に存在していた生き物の首が、同時に転がり落ちる。
「……まじかよ」
頭上に君臨する『白銀の大鋏』は、その場から動くことなく処刑を執行した。ただ一度、刃を閉じるだけで、あらゆる生き物を葬り去ったのだ。それは何も、食人鬼だけに限った話ではなかった。紛れ込んでいた小動物や、昆虫、花や草木、大木でさえ――何もかもが、切断されていた。
「やりすぎだ」
イツキの位置を中心として、あらゆるものが殺されていた。この白銀の大鋏は、文字通り全ての命を奪い去ったのである。
「……願えば、何でも切断できる、か」
もちろん、これは相手が捕らわれ、抵抗できない状態にあった――という前提の話だ。互いに凌ぎを削り合う戦闘においては、なかなか直撃させるのは難しいだろう。だが、使い勝手の悪さを差し引いても、この鋏はあまりにも強力過ぎる。
「断ち切れるのは……物理的なものだけ、じゃないよな」
イメージできるのなら、鋏は何でも応えてくれる。
あまりの規格外の性能だが――しかし、弱点もあって。
「……ちっ」
くらり、と。
二度三度、意識が揺さぶられてしまう。
強すぎる能力の代償として、体力と魔力をごっそりと持っていかれるようだ。
「限界突破のおかげか、持っている能力は凄まじいけど……それについていく肉体が、未熟ってことだな」
このままでは、宝の持ち腐れだ。
せっかくだから、鍛えておかなければと――歯を食いしばって、立ちあがる。
「――『針仕事』」
もう二度と、裏切られ、殺されかけることのないように――力を、手に入れなければならない。
◆
日が暮れる前に拠点に戻ると、菜乃子が料理を作って待ってくれていた。
「……これ、菜乃子が作ったのか?」
「はい。青葉さんたちの料理を解析して、自分流にアレンジしてみました」
「……火は?」
ライターのガスは、少し前に切れていた。どうやって着火したのだろうと、イツキが首を傾げていると。
「解析した能力を、再現しました」
ぱちん、と指を鳴らすと、火花が散った。
「……さすがに、チートすぎない?」
「イツキくんの能力には負けてしまいますね」
菜乃子の適正的には、『雷術士』の魔法は火を起こす程度のものしか使えないが、それでもサバイバル生活には十分過ぎる。無限の可能性を秘める菜乃子の天職に、イツキは気圧されていた。
「……これからは、能力を隠した方がいいよな」
「そうですね。青葉さんやルミさんのような方だけではないでしょうし……警戒しておいた方がよいと思います。情報は、アドバンテージですからね」
菜乃子が作っていたのは、山菜や茸を煮立てて作った野菜スープだった。鑑定眼の能力によって、森の中のどこに食料があるかは一目瞭然だった。毒のありなしも簡単に判別できるため、このような料理はもはや大した手間ですらなかった。
「はい、どうぞ」
石でできた食器なのが残念ではあるが、それもあまり気にならない。芳しいスープの匂いが、疲れ切ったイツキの身体をこれでもかと刺激する。
「ありがとう」
異世界の食事に慣れつつあった二人にとって、日に日に充実する食糧事情は、心を豊かにさせてくれる。能力の発展に伴って、随分と生活の質が向上していた。
「……もう少し鍛えたら、学校に戻ろうか。能力を隠して、合流する」
「大丈夫でしょうか?」
「そりゃ、梅木しかいないのならヤバいかもしれないけど、あそこには他の生徒たちもいるだろ。さすがのあいつも、仲間の前では馬鹿なことは出来ねえよ」
「まぁ、確かに……」
言葉を濁しながら、菜乃子は続ける。
「しかし……今更、あそこに戻る必要もないのでは? わたしたちだけでも、十分生活していけます……」
「駄目だ」
イツキは、あっさりと却下する。
「ここは、俺たちの知らない異世界だ。今日は大丈夫でも、明日何が起こるか分からない。信頼できる相手を、今のうちに増やしておきたい。それに、あの学校の校舎は拠点にするには最高だよ」
「……そうですね。先に帰った、青葉さんやルミさんのことも気になります。その……勝手な推測ですが……あまり、帰りたそうではありませんでしたし……」
「もしかしたら、次は青葉や瑠海が切り捨てられるかもしれない。そんな凶行に走らせる前に、俺たちで何とかしなくちゃな」
一度、他人を切り捨てた人間は、再びまた誰かを切り捨てる。そんなことを許していれば、いつか必ずコミュニティは滅びてしまうだろう。合理さを武器に統治できるほど、梅木の頭は賢くはない。
「……了解です」
いずれは、対決しなければいけない。
あいつが、俺を裏切って、殺そうとしたのだ――何をされても、文句はいえまい?
「殺すんですか?」
「え?」
「梅木壮哉を、殺すおつもりですか?」
「……いや」
にっこりと、イツキは笑って。
「話し合いで解決できることを望むよ。あいつも、同じクラスメイトだ。わかってくれると、信じているよ」
「そうですか」
静かに頷いた、菜乃子は。
「……嘘吐き」
誰にも聞こえない声で、声を殺して呟いた。
ぐっと、殺意を握りしめて、強く念じる。
「考えることは、同じというわけですか」
だとしたら。
「……お、まだスープ残ってるんだな。貰ってもいいか?」
「ええ」
菜乃子は、天使のように笑って。
「――
大切な人を、殺そうとした。
それだけで、人は修羅になることが出来るのだ。
―――――――――――――あとがき――――――――――――――
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