011 覚醒した『鑑定眼』



「それじゃあね」


「また会おうぜい」


 日が暮れる前に学校に帰らなければならない青葉と瑠海は、ひとしきり雑談に興じた後、笑顔で別れを告げた。送っていく、というイツキの申し出を「病み上がりのナノちゃんを一人にしちゃ駄目でしょ」と断る。


「賑やかな方たちでした」


「ああ」


 彼女たちと出会っていなければ、どうなっていただろうか。


「やっぱ、二人じゃ無理だな」


 『鑑定眼』も、『針仕事』も、確かに便利な能力ではある。だが、危険だらけの異世界生活には、それだけではまだ足りない。


「近いうちに、俺たちも学校に戻る必要がある」


「梅木くんに、媚びへつらうんですか?」


「……いや」


 梅木壮哉の身勝手なやり方を、咎める必要がある。青葉や瑠海のように、平和的な考えを持ちながら、生きるために従っている他の生徒も多いはずだ。


「――ひとまず、やられたらやり返さなきゃな。俺たちを追放した報いを受けさせる」


 ギフトアプフェルとの殺し合いで、イツキの能力は見違えるように進化した。おそらくは、窮地に陥ったり、死線をくぐり抜けると、能力はレベルアップしていくのだろう。そのことを菜乃子に説明すると、彼女は真面目な顔で頷いた。


「その見立ては、間違っていないと思います。わたしの鑑定眼も、以前にもまして多くのものを読み取れるようになりました」


 そう言って、彼女は鑑定眼を発動させる。


「……視野が、広がりましたね。周囲十メートル程の範囲でしたら、あらゆるものを見渡す事ができます。索敵能力としては、申し分ないかと」


「まじ?」


 仕立て屋の比にならないくらい、常識はずれな能力に聞こえる。


「あと、以前よりも鑑定できる内容が増えたみたいですね。弱点とか、長所とか……あとこれは、危険度……ですかね。敵意みたいなものが、色で判断できるようです」


「俺はどうなってるの?」


「無色透明、味なしですね。敵意ゼロということでしょう。弱点は……まぁ、普通に人間の急所ですか。あとは……可愛い女の子に弱いと表記されていますね」


「絶対に嘘だ!」


「嘘かどうかは、ご自分が一番理解できているのでは? ふふふふ」


「確かめるすべがないのが悔しい……!」


「しかし……情報過多過ぎて、目眩がします……もし、これ以上能力が強化されると、処理能力が追いつくかどうか……」


「自分でコントロールは出来ないのか?」


「そうですね、やってみます。できないと、あまりにも辛いです……」


 サバイバル生活をこなしながら、己の能力を理解し、鍛え上げる。今、二人が優先すべきことは、この終末世界を生き抜く力を手にすることである。


「それじゃ、しばらくはそんな感じで」


「りょーかいです」


 二人だけでも生きていけるように、彼らは己の能力の高みを模索する。



 ◆



 笹川菜乃子は、己の能力の本質を薄っすらと理解し始めていた。熱にうなされ、意識が朦朧とする最中に触れた、能力の根源。鑑定眼は、ただ何かを判別するだけではなく――対象を理解し、自分の中に落とし込むことにこそ価値があった。


「……ポーション」


 青葉が譲ってくれたポーションを、菜乃子はこっそりと鑑定していた。どうやって『聖女』が薬を調合したのかは知らないが、口に含んだことによって鑑定士は効力を発揮する。眼だけに頼った方法ではなく、舌や耳などの五感全てが、鑑定に使われる。


「意外と……普通の材料で出来ているんですね」


 何種類かの薬草と浄化された水だけで、ポーションは作成可能だった。治癒草なるやや珍しい薬草だけが手に入りづらいが、それも付近で自生しているのを見たことがある。


「肝心の作り方は……」


 脳内に保存してあった、ポーションの解析情報を開封する。


「各薬草を乾燥させた後、粉状にすりつぶす。その後、浄化された水を沸騰させ、ゆっくりと磨り潰した薬草を投入する。常に掻き混ぜる手は止めずに、魔力を込めながらぐるぐると小一時間ほどかき回して……それから自然冷却を行った後、濾過することによって不純物を取り除く――」


 見て、触れて、舌で味わって――彼女の鑑定士の能力が、情報を解放させる。魔法によって隠匿されていないものであれば、鑑定士はそれを再現することが可能だ。


「……私にも、ポーションが作れたら……」


 薬草を何とか掻き集めて、いざ調合に踏み切る菜乃子。額に汗を浮かべながら、脳内に保存されている通りに挑戦してみた。元々、手先の器用さには自信があったおかげか、初めての割には手際よく出来たといえるだろう。


「…………」


 沸騰させた状態で、棒を握りしめてひたすらに掻き回す。魔力を込めながらというのが重要なのか、思った以上に重労働だった。素材の回収よりも、こちらの方に手間がかかってしまう。


「……薄い、ですね」


 調合途中のポーションもどきを鑑定する。なるほど、見様見真似にやってみたはいいものの、技術補正がないせいか、完璧な状態で再現することは難しい。仕上がりが見えてくる段階になると、先程のポーションから数段効果の劣る、ポーション(弱)の鑑定結果が確認された。


「なるほど……天職持ちだと、これが狙った通りの仕上がりになるんでしょうね。例えば、イツキくんが衣装を製作するときのように……具体的なイメージさえあれば、そのままの姿で完成する。対する私は、手順や方法を解析しているだけの、力技。実際に、技術があるわけではないから、それなりに劣化したものになってしまうと」


 素材集めを開始してから、実に半日近くが経過していた。汗だくになりながら生み出せたのは、コップ一杯分程度のポーション(弱)のみ。回復力は気休め程度だと、鑑定眼が容赦なく評価してくれていた。


「……ふふふ、すごいですね、これは」


 だけど、確かな手応えがあった。


「初めての挑戦は、残念ながら失敗です。しかし……次は、どうでしょうか」


 。鑑定眼は、失敗をも解析して成功の道筋を教えてくれる。今回、彼女が劣化ポーションになってしまったのは、掻き混ぜるときの魔力の込め方が雑だったのと、素材の状態が悪かったからだ。ここまで原因を明らかにしてくれたら、補正なしの人力でも成功できるヴィジョンが見えてくる。


「つまりはこれ、努力次第では他の生産職と同じような能力が発揮できるってことじゃないですか。私の肉体で再現できるのなら、鑑定眼はあらゆるものを解析して、方法を導いてくれる」


 そして、彼女は、もう一つの可能性を実践する。


「――『雷術士』」


 楽しい会話をしているときに、青葉が披露してくれた、雷を自在に操る能力。彼女が見せてくれたのは、焚き火を起こす火種づくり程度だったが――それも、この目で見て、解析が完了していた。


「さすがに、これは無理かもしれませんが」


 菜乃子は鑑定眼によって、雷を呼び起こす魔法の仕組みを理解している。だが、ポーションづくりとは違って、菜乃子自身に魔法使いの素養はない。果たして、どこまで再現できるのだろうか――。


「――『弾けろ』」


 ぱちん、と指を鳴らした。なんとなく、イメージを固めるには都合が良かったから。


 ――ばちっ、と。


 菜乃子の目の前に、火花が起きた。


「……っ!?」


 それはほんの極小の、一瞬の煌めき。

 だが、確かに彼女は、雷術士の能力の再現に成功していた。菜乃子自身に、魔法使いの適性があるのなら――あらゆる魔法を、一目見ることさえ出来れば使えるということになる。


「……そんなに、上手くはいきませんね」


 だが。


 菜乃子は、魔法を行使してみて、理解した。


「……私に、攻撃魔法の素養はないようですね。閃光のような雷しか、起こすことはできなさそうです」


 一度術式を解析した菜乃子は、改めて応用してみようと試みたが、上手くはいかなかった。手順や方法は理解しているのだが、肝心の魔力が足りないのだ。


「しょせんは、見様見真似ってことですか。でも、問題ありません。それを差し引いても、とんでもない能力です」


 菜乃子自身に出来ないことは、解析しても再現は不可能。だが、菜乃子に出来ることであれば、解析して自分のものにしてしまえる。華奢でか弱い自分にこんな能力を菜乃子に与えたのは、バランス調整のつもりなのだろうか。カースト上位の連中に『鑑定士』が渡されていたら、とんでもないことになっていただろう。


「とにかくいろんなものを見て、学習して、出来るようになりましょう。元気に手と足を動かすだけでも、全てがわたしの力になるのですから」


 もはや、彼女の見ている景色は、他者とは明らかに違っていた。洪水のような情報が、今も辺り一帯に広がっている。知識を蓄え、情報を解析し、あらゆる未来に備えて理論武装をする。その姿は、まさに歩く図書館。知識とはすなわち、力なりや。


「――ああ、そういえば」


 覚醒した鑑定眼で、イツキのことを鑑定したときを思い出す。


「もう一人、わたしの鑑定眼以上に、チート能力者がいらっしゃいましたね」


 彼女は既に、『仕立て屋(限界突破)』の能力を解析を完了させていた。


『あらゆる糸を創造し、

 あらゆる針を操作し、

 あらゆる鋏で断裁する』


 文字通り、限界のない自由な能力だ。


 もちろん、菜乃子には『仕立て屋』を再現することは出来なかった。限界を突破できない人間には、そもそも実現できない能力である。ついでのように付け加えられた(限界突破)という文字が、常識はずれな職業へと変化させてしまっていた。


「……イツキくん」


 遠くで、魔物の遠吠えが聞こえてきた。鑑定眼が、危険を教えてくれているが――すぐに、危険の芽は摘まれてしまう。能力の実験をしているイツキが屠ったと、眼を使うまでもなく理解していた。


「もしかしたら『勇者』はわたしたち以上にチートな天職かもしれません。あまり、ぐずぐずしていられないでしょうね」


 梅木壮哉、序列2位、天職『勇者』


 もし、またあのときのように誰かを裏切り、殺そうとするのなら――。


「――そのときはわたしが、息の根を止めてやります」


 人殺しの咎を受け入れる。


 それこそが、『鑑定士』が導き出した、この世界で生きる最低条件である。 

 




 

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