004 追放された者同士の出会い
イツキが目を覚ましたら、裸の女の子が猫のように丸まって眠っていた。
「……は?」
いや、なんで?
梅木に裏切られたとき以上に、凍りつく思考。ここが現実世界なら、間違いなく事案である。
「……助けられた、のか……?」
激流に呑まれながら、必死に蜘蛛の糸を手繰り寄せていた。生と死の狭間に揺られていたイツキは、必死の思いで手を伸ばし――彼女の手を、掴んだ。
「ああ、そうか……」
状況的に、彼女に救われたことは間違いなかった。女の子の腕でイツキの身体を引き上げられるとは思わないが、何らかの天職があれば別だ。
「……生きてる」
ぱちぱちと、心地よい音を鳴らしながら焚き火が燃え上がる。どうやらここは小さな洞窟らしい。正直、安全とは言いがたかったが……もはや、場所を選べるような状況ではなかった。
「十分だ」
ぐっと、拳を握りしめる。
「――っ」
と、同時に痛みが走った。慌てて傷口を確認すると、驚くことに出血が止まっていた。縫合された後をなぞると、すっかり塞がれている。これは一体、どういうことだろうか――。
「ん……」
イツキの疑問に答えるように、横たわる彼女が目を覚ました。
「……あ、起きましたか。無事で何よりです」
ふぁ、とあくびをしながら、少女は呑気に言う。無造作に広がる、腰ほどまでの長い髪。やや吊り目気味の印象的な瞳に、あどけない顔つき。高校生というよりは、中学生に近い容姿をしている。下着を履いてはいるが、裸同然の状態は目に毒だ。
「……何か、着るものは?」
「あなたの布団代わりにしているそれが、わたしの一張羅です」
ややダウナーな声が、遠回しに服を返せと主張していた。言われるまで気が付かなかったが、どうやら身体を暖めるために、わざわざブラウスを上に被せてくれていたらしい。天使か?
「ごめん、ありがとう」
「ん」
あっさりと受け取って、すぐにブラウスに腕を通す。だが、本当にそれしか持っていない様子で、下着姿にブラウス一枚という格好だった。……いや、それを言うなら俺も似たようなものだ。
「もしかして、あんたも追放されたの?」
「いえす」
ぐっと、親指を突き立てて。
「性奴隷になるか追放されるか、選べって言われました。決めさせていただけるだけ、ありがたいお話です」
「……やっぱり」
「きっと、私が追放を選ぶと想像していなかったのでしょう。彼女たちも、驚いていましたから」
「あんたを追放したのは、丹羽里穂か?」
先程の、炎術士の女子生徒だ。
「はい。大崎くんが裏切られる少し前に、丹羽さんに身包みを剥がされて、森の奥に置き去りにされてしまいました。幸い、度胸だけは自信ありますので、様子を伺っていたところ、大崎くんが裏切られている場面に遭遇した次第です」
ブラウスを羽織っただけでは、露出は大して抑えられてはいなかった。というか、ボタンが剥がれているのか、前が開きっぱなしである。恥ずかしがる様子がないせいで、イツキもどう反応したら良いのか狼狽えるばかりである。
「……溺れた俺を助けてくれたのも?」
意識的に視線を逸して、会話に集中する。助けてくれた以上、疑うつもりはないが、チラリズムに屈しているとは思われたくなかった。
「はい。私一人では野垂れ死ぬのは確定ですから、何とか人手が欲しくて……大崎くんなら、まぁ悪くはないかなと」
「……悪くはないって?」
「だって、ほら」
すっと、立ちあがる彼女は。
下着にブラウスのみの、無防備な身体を曝け出して。
「――こんな身なりをしていますから、男の子を助けてどうなるかわかったものではありません。相手は、選びますよ」
「…………」
彼女とて、自分の置かれている状況を理解して上での判断のようだ。
「そういうのが嫌で、追放を選んだんじゃ?」
「いえ、大崎くんは手を出す度胸がなさそうなので、無害かなと」
「…………」
「……冗談ですよ。犯されることがあったとしても、それ以上に利益を見込めるからです」
幼い見た目をしているが、彼女は随分とクレバーな思考をしていた。今、ほぼ裸の状態ですら、駆け引きに利用している。強かな少女だというのが、率直な感想だった。
「なるほどね」
彼女の言葉に耳を傾けながら、イツキは彼女の名前を思い出そうとしていた。いや、なんとなくは覚えているが、教室ではほとんど喋ったことがなかったように思う。いつも一人で、小説を読んでいた――。
「あ、思い出した」
「え?」
「菜乃子」
嬉しそうに、イツキは指を鳴らして行った。
「笹川菜乃子だ! 危ねえ、クラスメイトの名前を思い出せないかと思った」
「……おぉ、正解です。まさか、私の名前を知っている人がいるとは。しかも、下の名前まで……もしかして、狙ってました? わたしのこと」
「いや、これっぽっちも。他人と壁を作りたがる、中二病の女の子だと思ってた」
「そっちの方が、辛いです……」
むっとした表情で、笹川菜乃子は言う。
「ちなみに順位は、29位です。天職は、『鑑定士』」
「俺の名前は……って、さっき呼ばれてたから、覚えてくれていたんだな。順位は、30位……天職は『仕立て屋』だ」
「ええ、知っています。失礼ですが、助ける際に拝見させて頂きました」
当然、(限界突破)の記述も、彼女は目にしていた。
「……がっかりしただろ? 助けた相手が、大外れの天職で」
「いえ、全く。むしろ、不気味すぎて恐ろしいくらいです。仕立て屋は、生産職のはずですよ? どうしてそんなに、規格外なんですか?」
「へ?」
笹川とイツキの間で、天職の評価が天と地ほどの差があった。
「……もしかして、覚えていないんですか? 溺れかけたあなたが、何をしたのかを」
「……俺は、何をしたんだ?」
はぁ、と。呆れたように、ため息をついて。
「激流に負けないほどの大量の糸を生成して、流される身体を繋ぎ止めました。その上で、強引に二人の身体を糸で持ち上げて、陸地に運んだのです。こんなの、仕立て屋の為せる技ではありません」
糸を手足のように自在に操りながら使いこなしていたと、笹川は語る。
「泳ぐのには自信があったのですが……飛び込んではみたものの、男の子を抱えて渡りきれることは難しかったのです。諦めかけていたそのとき、大崎くんが糸を発現させました」
「……本当に? まったく覚えがないんだけど」
「どうやら、大崎くんの天職は他の方とは違うようですね。仕立て屋を授かったクラスメイトは他にもいましたが、そんな便利な能力はありません。素材を用意して、何とか衣装を製作する程度の能力でした。出来上がる衣装も質の良いものではありませんし……」
「……仕立て屋は、素材を用意すると服が作れるのか?」
「はい。生産職にカテゴライズされる天職は、必要素材さえ用意すれば思い描いたものを作り出せるようです。制作というより、変換に近いですね。例えば木の枝を集めて鍛冶師が剣を作ろうと力を込めれば、その人の練度に見合った質の木刀が完成します」
「……なるほどな。練度ってのは、能力を使っていれば勝手に上昇するイメージでいいのか?」
「まだ、確定ではありませんが、そのような傾向に見られました。同じ天職でも、それぞれの理解度や発想に依存するみたいで……」
「まじで、ゲームそのものだな」
「ええ」
糸と針を生成する能力も、使えば使うほど成長するということである。ようやく、自分の能力の活かし方が、少しずつ見えてきた。
「じゃ、何はともあれ、お互いの服を作ろうか。このままだと、色々と不都合だろ」
「お、やっと自分の役目をわかってくれましたか! はやくはやく、私のために可愛い服をください! いつまでもオジサン趣味みたいな格好はしていられません!」
「きゅ、急に食いついてきたな……」
そりゃ、女の子なんだから当然か、と強引に納得する。
「出来は、期待するんじゃねえぞ。そもそも、現実世界にあったような素材はないだろうから、草や葉っぱで作った……原始時代のものしか作れねえだろうし……」
「……そんなものを着るくらいなら、このままの方がマシです」
「いや、でも、材料が必要なんだろ? 現代の素材なんて、入手できるはずが……」
「私にお任せあれ! ちょっと、取ってくるです」
「は?」
え?
「……『鑑定士』の能力『鑑定眼』で、すでに目星はつけています。全く同じ材質ではないでしょうが、綿や麻に似た植物はちゃんと自生していますよ」
「そ、そんな馬鹿な……」
綿って、そんな気軽に生えているもんだっけ?
「いや、それでも一人で行動するのは危ないだろ……!?」
「安心してください。クラスメイトには黙っていましたが、鑑定眼はいわゆるチート能力です。名前や材質、成分はもちろん……場所の安全性などの可能性すら鑑定できます。この能力のおかげで、安全な隠れ場所を見つけられましたし」
胸を張って、彼女は言い放った。ブラウスの前が開いているせいで、格好がつかないが、言っていることは大したものである。
「逃げたり隠れたりは、自信があるってことか。だから、追放を選べたわけだな」
「正解です。もっとも、確実ではありませんけどね。未来予知レベルの状況鑑定は出来ません。……では!」
それから彼女は、早足で穴蔵を出ていった。
「……鑑定眼、か」
だとしたら、彼女は俺のことも鑑定したのだろう。そのうえで安全であると判断したわけだ。
「じゃあ、
あのぬいぐるみは気付いていなかったが、イツキに渡された学生証には、一点、間違いがった。それは、イツキを鑑定すればすぐに分かる誤りである。
「……笹川菜乃子、か」
命を救われた以上、仲間だと信じていたいのは山々だが……裏切られたばかりである。全てを鵜呑みにするには、まだ早い。
「『針仕事』」
強い念を込めて、能力を発動してみる。
生み出された「針」と「糸」は、やはり頼りないか細い存在感であったが。
「……『蜘蛛の糸』」
激流に流されながら、命からがら手を伸ばした、あのとき。
垣間見えた救いの手が、蜘蛛の糸のようだと感じていた。
彼女との会話の中で掴んだ、能力の可能性。
具体的なイメージが、強く、強く、脳裏にこびりついている。
『蜘蛛の糸』
「――まじかよ」
具体的なイメージを強く練り上げれば、あら不思議。
イツキの手によって生み出された糸は、蜘蛛の糸のように粘着性を有していた。
「そういうことか……!」
イメージや理解次第では、あらゆる可能性をも実現すさせてしまう。もし、イツキが糸であると認識しているのなら、どんな糸でも再現できるのではないだろうか。
「なるほどこれは、限界を超えてやがる……!」
学生証に刻まれた文字を、再確認する。
『限界突破』の意味するものが、鮮明に浮かび上がり始めていた。
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