003 そして最下位は追放される


 べっとりと背中に張り付く悪寒が、いつまでも消えることはない。クラス内カースト2位の梅木と合流できたことは幸運のはずなのに、どうしてもそう思うことが出来なかった。


「……梅木たちは、こんなところで何をしていたんだ?」


「食料を探していたんだよ。備蓄がもう尽きかけていて……何とか、狩りをしようとしていたんだが、あまり見つからなくてな。食人鬼もいるせいで、けっこう大変なんだよ」


 森の中を進みながら、イツキの疑問に答えてくれる。


「お前こそ、今日まで何をしていたんだ? さっきも言ったが、よくそれで生き残れたな……」


「ま、まぁ……ちょっと頭を使って、な……」


「……ふぅん」


 梅木の冷ややかな視線が、イツキに突き刺さる。


「梅木、喋ってる場合じゃないかも。食人鬼が五匹――見つかってる!」


「五匹!?」


 やはり、群れを作る習性があったのかと、驚くイツキは。


「早く、逃げよう――」


「――は?」


 絢爛豪華な剣を生み出しながら、梅木は声を上げる。


「逃げるって、どこにだよ。見つけた食人鬼はきっちり殺さなきゃ、後で困るだろうが」


「……え?」


 学ランを身に纏った『勇者』が、素早い動きで食人鬼に斬りかかる。最適化された剣筋は、あっという間に食人鬼の胴を切り裂いた。イツキがあれほど苦戦した相手を、まるでゲームのスライムを倒すような気軽さで、成し遂げてみせる。


「丹羽! そっちに一匹向かっているぞ!」


「オッケー」


 片や丹羽里穂は、手を掲げて火球を生み出していた。渦を巻く炎が球体に固まり、触れるものを焼き尽くす。


「くらえー!」


 向かってくる食人鬼は、あっけなく火球に飲み込まれていく。醜い断末魔が、鼓膜にこびりついた。


「さすがだな!」


「勇者様ほどじゃありませんて」


 軽口をたたき合いながら、食人鬼を屠る二人。

 明らかに場慣れした立ち振舞いと、強力な天職。『勇者』と『炎術士』は、まるで物語の主人公のように圧倒的だ。


「……食人鬼なんて、雑魚扱いかよ」


 死物狂いに逃げ回って、何とか一体倒せた程度のイツキとは、根本的に違うのだ。


「大崎! 後ろにもう一匹だ!」


「っ!?」


 梅木の声に引っ張られて振り返ると、先程の食人鬼よりも一回り大きい個体がイツキに襲い掛かっていた。


「うわああああっ!?」


 目と鼻の先にまで接近を許したことで、みっともなく地面を這いつくばるイツキ。すぐにロープを生成して罠をしかけようとしたが、上手く糸を生み出すことが出来なかった。


「……どうして」


 まだ、回復していないのか。それとも、一日の制限があるのか。


「何してんの、大崎!? さっさと、本気でやりなさいって――!!」


「わ、わかってる、けど……!!」


 うまく身体が動かせない。そもそも動かせたところで、あの二人のように戦えるのか? 無理に決まっている!


「ちっ」


 何も出来ないイツキに代わって、梅木が食人鬼に斬りかかる。獰猛な化物は勇者を迎え撃とうとするが、あっさりと斬り伏せられてしまった。


 それから、何体かの食人鬼が襲いかかってきたが、梅木と丹羽はいとも容易く返り討ちにしてしまった。食人鬼が息絶える度、彼らと自分との能力の差を思い知らされ、言いようのない不安が胸の中に広がっていく。


「……大崎」


 さすがの彼らも、理解してしまった。


「お前……どういうことだ? 雑魚すぎるにも程があるだろ」


「……っ!」


 疲労しているから、能力が使えないとか。

 そういう言い訳を一切許してくれそうもない、圧倒的な理解の差。誤魔化しても意味はない。正直に話すしかないと覚悟したイツキは、一握りの可能性を信じて口を開く。


「……実は、今さっき、転移したところなんだ。右も左もわからなくて……その、食人鬼ってやつも、たまたま倒せただけで……ごめん、戦力としては、当てにしないでほしいかも」


「…………」


 身の毛がよだつほど、冷めた視線を向ける梅木。慌てて、イツキは言葉を続ける。


「で、でもさ、『仕立て屋』の能力は、意外と便利でさ……糸を重ねればロープにもなるし、サバイバル生活では結構便利なんだよ。だから――」


「――知ってる」


 短く、梅木は言う。


「仕立て屋なら、他にもいるからな」


「……え?」


 他にも、同じ天職が? 


 その事実は、イツキを窮地に追い込んでいく。


「お前は本当に、何も知らないんだな。この10日間、俺たちがどれほどの地獄を見てきたのかも知らずに、呑気にへらへらしていたわけか?」


「し、仕方ないだろ! 俺だって、訳もわからないまま転移されて、気が付いたらそうなってただけで!!」


「……ああ、そうだな。お前は何も悪くない。ただ――運が、悪かった」


 静かに、剣を抜いた梅木は、その切っ先をイツキに向ける。躊躇いのないその所作は、ある一つの可能性を意味していた。


 ――


 半ば直感のようなものではあったが、梅木の殺意に満ちた瞳を見ていると、否定することは難しい。


「こんなことなら、お前を助けなければよかったよ。大崎のことだから、もしかしたらカースト上位かもしれないと思っていたが……どうやら、ハズレらしい。悪いが、足手まといを仲間に加える余裕はないんだ。お前なら、理解できるよな?」


「……ついてくるなってことか」


「ああ、そうだ。今、俺たちは学校の校舎を根城にしている。一部の生徒以外は、全員教室に転移されていた。あの場所は、この終末世界の最後の砦」


 冷たい声が、イツキを突き放す。


「――食料が、足りていないんだ。これ以上、足手まといを抱えるわけには行かない。邪魔者を斬り捨てなければ、生き残れないんだ。恨むなら、自分のカースト順位を恨んでくれ」


「同じクラスメイトでも、か?」


「だから、なんだ?」


 真顔で、梅木は言う。


「たかだか同じクラスになっただけで、友達面すんなよ」


「…………」


 冗談を口にしているような雰囲気ではない。むしろその逆、はっきりと拒絶されていた。


「……わかったよ」


 イツキに選択肢など存在しない。力に差がある以上、相手の言うことが絶対である。もちろん、こうなる可能性は理解していた。だけど、クラスメイトという関係性が、イツキに甘えをもたらした。どうしても、仲間を信じていたかった。


「まて」


 そして。


「――持ち物を、置いていけ。資源は貴重なんだ。俺たちが貰っておく」


「何もないよ」


 これじゃあ追い剥ぎじゃないか、と思いながら、ポケットをひっくり返すイツキ。だが、梅木は納得しない。


「あるだろ、ほら」


 虫を見下すような眼差しで。


「――脱げよ」


「っ!?」


 容赦ない。

 本当に、えげつない。


「学ランとシャツだ。肌着は勘弁してやる。ああ、下もだ。靴も忘れるなよ。文明のない時代だ、こういうものも貴重なんだよ」


「……っ」


 勇者の名でやることがこれか、と。心の中で毒づく。


「かっこわる。すっかり、カースト最下位が似合うようになっちゃったねー」


 丹羽の薄気味悪い笑顔が、イツキの心を責め立てる。イツキから何もかもを剥ぎ取った梅木は、戦利品を丹羽に投げ渡した。片やイツキは、肌着のみを残して惨めな姿を晒していた。


「……よし、行っていいぞ」


 顎で方向を指示する梅木。不満げな表情を浮かべたまま、イツキは背を向けようとしたところで。


「なぁ、大崎」


「え?」


 気軽に、呼びかけたその理由は。


「――やっぱ、死んどけ?」


「っ――!!???」


 冷たい刃の感触が、イツキの肌を切り裂いた。振り向いたその瞬間、上から下に斬り伏せられてしまう。


「な、ど、どうして……っ!!」


 血飛沫が宙を舞いながら、理不尽な裏切りに屈するイツキ。ここまでして尚、彼らは容赦なく牙を剥く。


「う、梅木!? 殺したの!?」


「まだ、これからだ」


 明確な殺意をもって、イツキを殺そうとする梅木。


「追放はするけど、殺しはしないって――!」


「後で逆恨みでもされたら面倒だろ」


 身包みを剥がして、食人鬼の蔓延る森に置き去りにする。誰がどう見ても死ぬような環境だが、それでも梅木は容赦しない。


「万が一、生き延びたら厄介なことになる。それに、身包み剥がして追放した時点で、相手を殺したも同然だろ。だったら、直接手を下した方が確実だ。やるなら、とことんやる」


「……そうだけど」


 悪党も、ここまで振り切れば清々しい。極限状態の中で、彼らはすっかり異世界に馴染んでいる。


「それに、昔からこいつのことは気に食わなかったんだ」


「……っ!」


 最初から梅木は自分のことを信じていなかったのだと、イツキは確信していた。丹羽里穂の手前、強引な手段を躊躇っていたが、理由が出揃えばすぐに行動に踏み切った。


(ふざけんなよ、クソがっ……!!)


 傷口を押さえながら、何とか立ちあがるイツキ。だが、梅木に挑んだところで、勝てる見込みなんてあるはずもなく。


「ちくしょうっ……!」


 身包みを剥がされたまま、惨めに逃げ出すしかなかった。


「ちっ、追うぞ、丹羽――!」


「――うん!」


 手負いの獣は、時として予想だにしない反撃の一手を打ち込んでくる。それを理解しているからこそ、少しも油断することなく、イツキを逃げ道を塞いで、追い詰めていく。


 片やイツキも、まるで無策なわけではなかった。


「糸と、針を――!!」


 限界だとか馬鹿なことを口にしていられなかった。死物狂いで能力を発動して、傷口を止める。火事場の馬鹿力なのか、『針仕事』は衣服でなくとも効力を発揮するようで、針と糸は今まで以上に俊敏な動きで傷口を縫合をしてくれた。走りながらだというのに、針が勝手に動いてくれたのだ。


「ぐっ……!!」


 だが、それでも出血は止まらない。早く手当てをしなければ、このまま死んでしまう。


「……確か、この辺りに……!!」


 滴り落ちる血痕はイツキの逃げ道を指し示し、真後ろから聞こえてくる足跡がイツキを焦らせていた。梅木の追撃から逃れるには、手段を選んでいる場合ではない。


「こっちか……!!」


 移動している間に耳にした、川の流れる音。

 例え分の悪い賭けであっても、逃げるにはそれしかない。


「……おいおい」


 イツキの想像の数倍激しい、川の流れの荒れ模様。だが、迷っている暇はなかった。すぐそこまで、梅木の殺意が迫っている。


「――大崎っ!!」


 逃さない、と。

 躊躇なく梅木は踏み込んで、イツキの胴を薙ぎ払う。


「ぐぁっ――!!」


 身体を捻って、何とかかすり傷で済んだものの、そのままぐらりと川に飲み込まれていく。嵐のような激しさを伴いながら、イツキの身体はさらわれていく。


「……逃げられたか。いや……この状態で、助かるわけがない、か」


 傷がない状態でも、この川に流されたら溺れ死ぬだろう。深手を負いながらならば、まず生還は不可能だ。


「大崎、お前はここで、死んでくれ」


 そして大崎イツキは、かつての友人に裏切られ、斬り捨てられる。



 ◆



 ――甘かった。


 こうなることはわかっていたと、波に弄ばれながらイツキは自省していた。


 ――馬鹿だった。


 何が信じよう、だ。

 この特殊な状況下で、他人をあてにしている時点でありえないのだ。


 ――許さない。


 明確な殺意を向けられて、いつまでも平和ボケしていられない。


 ――生きたい。


 こんなところで、死んでたまるかと。

 強く、強く、強く――願いを込めて、叫んだ。物理的にではない。精神性の極地、魂の慟哭だ。


「――――っ!!」


 それは、地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸のように。


 必死の思いで生み出した糸が、捉えた希望。


「――大丈夫ですか?」


 捨てる神あれば拾う神あり。

 最後まで生きることを諦めなかったイツキに、ようやく手番が回ってくる。


 ――覚えていやがれ。


 瞼を閉じる刹那、明確な敵意を魂に刻みつける。異世界に転移させた黒幕も、自分を殺そうとした梅木も、必ず報いを受けさせてやろう。思い通りにいくと、思うなよ。


 


 


 

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