君と道が交わった 下


 「ニゴ、ごめんね。俺の我儘を聞いてくれて嬉しかった」

 

「別に。二度と悪魔なんて呼ぼうとするなよ、餓鬼」

 

「うん」

 

 星衣と素っ気なく別れ、俺は澪と共に歩き出した。檜は「後で出来たら合流するよ」などと言っていたが、してくれない方が俺は楽なんだよな。アイツ怖い。

 

 眠った姉ちゃんを待つ星衣の顔は不安でいっぱいだった。そんな顔ができるなら元より願うなという話だが、人間は馬鹿だからということで納得した。

 

「澪、どこに行くんだ」

 

「迎えが来てくれる場所だよ。ミオが教えてくれたから」

 

「ミオが……」

 

 日が沈んだ路地裏を澪に着いて歩く。鏡の破片を握る澪は以前見かけた時より雰囲気が柔らかくなった気がした。俺の気の所為かもしれないが。

 

 そして、俺と澪の後ろを黙って歩く男。コイツは俺について聞かず、澪に質問することもなく、ただただ着いてきた。俺はこちらの自分だと分かるから居心地が悪いんだが、お前は俺に気づいているんだろうか。

 

「名前、まさか三十番がミオって名乗るとは思わなかったな」

 

「しっくりくるんだと」

 

「そっか。ニゴくんはニコくんでも良いと思ったけど」

 

「ミオも最初は言ってた。でも、そんな可愛い感じは俺に合わない」

 

 お互いの呼び名について考えた夜を思い出す。ミオは即決だったが、俺がニゴと名乗ることは少しばかり渋られたな。ニコの方が可愛いとか言っていたが、俺は可愛さとかいらない。

 

 澪は微かに口角を上げる。お前が握る鏡にミオは映ってるのかな。もう夜もふけた頃だと思うんだけど。こっちも暗くなった。それでも、探してくれてたのか。

 

 澪から鏡を貰えば、ミオの声が聞けるだろうか。思うだけで確かめない俺はやっぱり弱虫なままなのだ。

 

「えーっと……」

 

「秋月、多分こっちだ」

 

「あ、ありがとう、荒鬼くん」

 

 道を選びあぐねた澪を男が誘導する。荒鬼と呼ばれた男は頷くだけで、俺を見ると肩を揺らしていた。

 

『化け物』

 

 姉の声が浮いてくる。俺の鳩尾が寒くなる。

 

 俺はフードを深く被り直し、澪が手を引いてくれた。温かくて、離さないってことが伝わる握り方だ。

 

「ニゴくん、空を見る旅はどう?」

 

「……楽しいよ」

 

 澪の手を握り返して思い出す。

 

 息を忘れるほど透き通った青空。不安に駆られるほど濁った曇り空。色の層をたくさん編んだ夕空。瞬く星をミオと繋いだ満天の夜空。

 

 行く先々で空に近い建物を探すこと。晴れてるのに雨が降った中を走ったこと。朝日が昇る姿は何度見ても鼻の奥が痛むこと。

 

「楽しいんだ」

 

 口が勝手に繰り返す。そうすれば、澪は穏やかに口元を緩めるんだ。

 

「それは、よかった」

 

 微笑む澪に頼まれて旅の話をする。会話に花が咲けば、目的地にはすぐ着いた。黄色と黒のロープで塞がれた地下への階段。今は使われていない駅だと言う。

 

 澪と荒鬼はロープを超え、俺も続いて階段をおりる。暗い地下を荒鬼の手にある四角い物が照らし、俺は線路を見た。

 

「ここに迎えが来るのか」

 

「ミオの話ではね。夜列車、だっけ。それが来るんだって」

 

「あぁ……ミオ、他に何か言ってたか?」

 

 近くにある古びたベンチに座る。澪と荒鬼も並んで腰かけ、俺は硝子の破片を見なかった。

 

「声は途切れ途切れで不明瞭だったけど、心配してたよ、ニゴくんのこと」

 

 指先が痙攣する。横目に見ると、大切そうに鏡の破片を撫でる澪がいた。

 

 ミオが心配……か。

 

「そっか」

 

 気の無い返事をして目を伏せる。澪と荒鬼も喋ることはなく、俺達は暗い地下で列車が来るのを待った。

 

 時間の感覚は曖昧になる。時々目を開けると、澪と荒鬼が肩を寄せあって眠る姿があった。前の澪は独りぼっちだったと思うのだが、時間は色々なものを変えていくんだな。

 

 目を閉じた澪は俺の手だけは離さない。別にどこにも行かないし、まず行く場所なんてないのに。

 

 俺は澪の手を握り直して瞼を下ろす。時計の音はしない。足元を少しだけ冷たい風が這っていった。

 

「これは、注意しづらい状況だね」

 

 不意に声がして意識を引き戻す。ベンチの背後に立っていたのは檜であり、先程まで消えていた地下の電灯が点いていた。点滅している明かりを背に、得体の知れない異端が笑っている。

 

 俺の背中を再び冷や汗が流れた。澪と荒鬼は気づかず眠っており、檜は背凭れに両手を添える。

 

「こんな時間まで家に帰らないなんて。週明けは生徒指導室に呼ばれちゃうのかな、この子達は」

 

「澪と荒鬼、ダメなことしてるのか。俺のせいで」

 

 黒い目が面白そうに細められる。檜は遊ぶような口調で喋った。

 

「二人を心配する電話が学校にあった場合さ。まぁ、確率は半々って所かな。君が気に病むことではないよ」

 

「本当か」

 

「嘘はつかないよ。今回に限り、何かあれば私も間に入ろうと思うからね」

 

 檜が軽く片目だけ瞑って見せる。肩の力が抜けた俺はベンチに体重をかけ、遠くから聞こえ始めた電車の音に気付いた。

 

「……星衣は?」

 

「起きたお姉さんと一緒に帰って行ったよ。どっちも不器用だよね。起きたら起きたで、何を言ったらいいのか分からない風だった」

 

 暗がりから電車の輪郭が見えてくる。俺は繋いだ手に少しだけ力を入れ、澪の瞼が震えた。

 

「まぁ大丈夫だと思うよ。二人とも繊細だけど、いい花を咲かせた子達だったから」

 

「花……?」

 

「こっちの話。さぁ、迎えのお着きだね」

 

 目の前に減速した列車が入ってくる。明るい車内を見た俺は無意識に立ち上がってしまい、起きた澪と荒鬼は微かに空気を揺らした。

 

 列車の扉が開く。そこから飛び出してくる、白い腕。

 

「ニゴ!」

 

 力強く俺の体を引き込んで、抱き締めてくれる。柔らかい毛が俺の体をくすぐって、お揃いのローブに包まれる。

 

 冷えていた俺の足先まで温もりが広がった。相手のローブを恐る恐る握れば、離し難い感情に襲われる。

 

「ミオ」

 

「ニゴ、怪我してない? 大丈夫? あの、何が、どうして、あぁ、ニゴ、にごぉ……」

 

「落ち着けって。平気だから」

 

 不安定なミオの頭を撫でて力が抜ける。ミオの目には涙の膜があり、俺の全身を確認してから再び抱きつかれた。落ち着けって言ってるだろ。

 

「ミオ」

 

「澪! ニゴを連れて来てくれてありがとう!」

 

「ううん。無事に再会できて良かったよ」

 

 列車の外にいる澪と、驚きが隠しきれていない荒鬼。二人の背後では異端が笑い続けており、俺はミオのローブを握り締めた。

 

「ほんとに、澪がいてくれて良かった。上手く声が繋がらなかったのに……」

 

「大変そうって空気と、どこに行けばいいかが何とか伝わったから」

 

 ミオと澪がお互いを見つめる。それから二人は同じタイミングで破顔し、同じ言葉を口にした。

 

「「君が元気そうで、安心した」」

 

 目を瞬かせた二人が、少し間をおいて笑う。ミオの笑い声に脱力していく俺は、柔らかく肩を叩かれた。

 

「ご無事で何よりです、ニゴさん」

 

「上質紙、お前も来てたのか」

 

「はい。ミオさんだけを夜列車に乗せるのはいささか心配でしたので」

 

 白い紙に書かれた笑顔が揺れる。上質紙は列車の外を見ると、微かに空気を震わせた気がした。

 

 荒鬼は上質紙を見て、思わずと言った様子で澪の手首を掴む。どこか情けなさが滲んで見えるな。

 澪は初めて見る異形頭にもそこまで怯えていない様子だ。

 

「秋月、」

 

「大丈夫だと思うよ、荒鬼くん。ミオとニゴくんが一緒にいる人だから」

 

 澪の確認に俺達は頷く。ミオと俺の肩に手を添えた上質紙は、可笑しさを堪えた声だった。

 

「これは、これは。はじめまして。私は異形頭街に住む上質紙と申します。ここで会ったのも何かのご縁。貴方達の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 上質紙は楽しそうだ。体の奥底から感情が湧いて、しかし静かな様子でもある。穏やか、落ち着き、なんだろう。俺では読み切れない感覚を上質紙は纏っていた。

 

 澪と荒鬼が顔を見合わせる。頷いた二人は上質紙に向き直り、互いの手を握っていた。

 

「私は、秋月澪です」

 

「荒鬼聖」

 

「秋月澪さんと、荒鬼聖さんですね」

 

 上質紙の胸の中心から軽やかな声が復唱する。頭を揺らした異形頭は俺とミオの肩を撫でてくれた。

 

「お二人共、ニゴさんを送って下さってありがとうございます。どうかこの夜列車に関しましては、他言無用で」

 

「はい」

 

「分かった」

 

 元より二人が俺達や夜列車のことを話すとは思っていないのだろう。上質紙は軽い調子でお願いし、ふと意識が合った檜について考え始めたようだった。

 

「貴方は……」

 

「私は檜。なに、しがない学校司書さ。この子達を家まで送るつもりでここまで来たんだよ」

 

 上質紙は白い顔を指先で撫でる。檜は無害な笑みを浮かべているが、二人の空気は柔らかくはなかった。

 

 檜が澪と荒鬼の肩を軽く叩く。上質紙を真似るように二人の背後に近づいた檜は、願うように笑っていた。

 

「心配してくれるな。私は子どもを傷つけない。子どもを守る大人なんだ……今度こそ、ね」

 

「……そうですか」

 

 手を叩いた上質紙が「では!」と空気を変える。列車の下から煙が上がり、扉が閉まった。

 

 扉の窓越しに澪とミオの視線が合ったと思う。俺は荒鬼を見て、そこで初めて黒い目と視線があった。フードを下ろした俺を見られるなんて思ってなかったんだけど。

 

 我慢できなくなったらしいミオは、俺の手を引いて窓を開ける。ミオが伸ばした手に澪も応えて、二人の指先は少しだけ絡まった。

 

「いつも綺麗な空をありがとう、ミオ」

 

「こちらこそ、僕に空を見る機会をくれてありがとう、澪」

 

 笑った二人の顔は全く違うのに、同じものであるように見える。俺は荒鬼と檜を一瞥し、後ろから声を発した上質紙には少し驚いた。

 

「貴方が、一人で戦っていなくてよかった」

 

 その言葉は、誰に向けたものなのか。

 

 拾ってしまった俺だけが振り返り、上質紙は肩を竦めた。再び荒鬼に目を向けるが、電車の音で上質紙の言葉は届いていないようだ。

 

 列車が発車する。ゆっくりとした速度で動き出したかと思うと、すぐに加速が始まった。

 

 澪とミオの手が離れる。少し小走りになった澪は寂しそうに笑い、ミオと声を揃えていた。

 

「「ばいばい、元気でね」」

 

 夜列車がトンネルに入る。澪達の姿が見えなくなる。

 

 窓を閉じたミオは深く息を吐き、振り向きざまに俺を抱き締めた。座席に座った上質紙は楽しそうな雰囲気を惜しみなく滲ませている。

 

 俺はミオの背中に手を回し、お互いの肩口に顔を埋めた。

 

「おかえり、ニゴ」

 

 震えたミオの声に喉が詰まる。掌に力を込めた俺は、小さな声を返していた。

 

「……ただいま、ミオ」

 

***

 

「ニゴがいなくなって、もう、どうしたらいいのか分からなかったんだから」

 

 異形頭街に戻るまで、ミオは苦笑しながら話してくれた。

 

 俺が消えてすぐに上質紙の元へ行ったこと。覚えているだけの状況を説明し、どこかに召喚されたのではないかと予想を立てたこと。

 

 俺がどこに召喚されたのかは勘のいい「指示標識」が特定してくれたようだ。そこから夜列車の手配をしてもらい、ミオは澪へ連絡したらしい。声が届くかも分からない硝子片を使って、何度も何度も叫んだそうだ。

 

『ニゴが、ニゴがね、いるかもしれない。お願い澪。君の行ける範囲でいいから、探して、お願い、ごめん、ごめんね澪』

 

 澪はミオの声を断片的に拾い、街や自宅の周辺、学校を捜索してくれたらしい。あれだけ広い世界で俺と澪が出会えたのはある種の奇跡だが、ミオと再会できたのだからどうでもいい。

 

 話している途中から、疲れたらしいミオは眠ってしまった。俺はミオの頭に頬を寄せて息を吐く。上質紙は寝ているのか起きているのか分からないが、少しだけ肩を揺らしたので今は起きているらしい。

 

「ご無事でよかったです。ミオさんは可哀想なほど狼狽えておられましたし、私達も胸が張り裂ける思いでしたよ」

 

「色々ありがとな」

 

「いいえ、ミオさんの大切なお友達の為ですから」

 

「……友達」

 

 上質紙の言葉を繰り返す。俺とミオは、友達なのか、と。

 

 俺はミオに着いて来ただけだ。いつもお前の道を辿って、傍を離れなくて、お前が「いらない」って言わないから一緒にいる。

 

「ねぇ、ニゴさん」

 

 上質紙へ目を向ける。異形頭は楽しそうに足を組み、少しだけ紙を傾けた。

 

「異形頭街で一番空に近い場所へ、ご案内しましょうか」

 

 列車の速度が落ちていく。駅に着いたのだと体が気づくと同時に、上質紙は立ち上がった。ミオは起きそうにないので、俺は小柄な体を背負う。

 

「ありがとうございました、ホイッスルさん」

 

「おかりなさい、上質紙さん、ニゴさん。おや、ミオさんはおやすみなさい、ですね」

 

 ホームにいたホイッスルにお礼を告げ、俺は上質紙の後を着いていく。軽いミオは一定の寝息を立てており、俺まで眠たくなりそうだ。

 

「上質紙、どこに行くんだ」

 

「異形頭街で一番高い所です。最初に出会った時、教えてくれたではないですか。空を見る旅をしているのだと」

 

 上質紙の足が向かうのは異形頭街の中心部。街に来た時から高いと思っていた建物は博物館であり、入れるのは展示室三階までだった筈だ。

 

「実はですねぇ~」

 

 上質紙が見せてくれた鍵の束。いわく、博物館に勤めているサバイバルナイフという友達が特別に貸してくれたらしい。俺達を空を見る旅人だと知り、ならばここしかないと、意気揚々と。

 

 上質紙は従業員専用と書かれた通路の鍵を開け、簡素な階段を上っていく。俺はミオが起きないように心掛け、上質紙の背中を追った。

 

「ニゴさん、貴方はもっと自信を持ったほうがよろしいのではないでしょうか」

 

「なんだよ急に」

 

「いえ、何となく思ったので」

 

 上質紙が次の扉を開け、また階段を上っていく。先程まで壁だった周囲が、今度は硝子張りになった。ちらほらと点いている街の明かりが星空のようだと思ったが、それよりも空は綺麗なのだと俺達は知っている。

 

「ミオさんはずっと貴方を想っていました。ニゴさん、貴方はどうでしたか?」

 

「俺も、想ってたよ。ミオがもしも俺を待っていてくれるなら、俺も早く帰りたい。ミオの所に戻って、また旅をしたいって」

 

 脳裏に泣いた星衣が浮かぶ。アイツを抱き締めた姉を見るだけでは、彼女にムカつく要素は探せなかった。

 そんな相手を俺は傷つけようと走ったんだ。星衣の情報だけを頼りに、ミオの所に早く帰りたいからって。ご主人様みたいに拳を振り上げて、星衣の声に苛立ちながら。

 

「……でも、少し思う。こんな俺が、ミオと一緒に旅をしてていいのかなって。一緒に空を見てていいのかな、って」

 

「そうなんですね」

 

 上質紙は否定しない。傍から見ても俺はミオと一緒にいるべきではないように映るのだろう。俺は胸に冷たさを覚え、上質紙は次の扉に鍵を挿した。

 

「ミオさんも言っていましたよ。ニゴがこのまま、帰って来たくないと言ったらどうしようと」

 

 心臓が大きく脈打つ。顎を上げた俺は、上質紙が開けた扉の向こうを見た。小さな展望台は、普段は誰かを入れる造りではないのだろう。

 

「ここは特別なテラスです。異形頭街で入れるのは学芸員だけ。ここで空を見たいから学芸員になるという方もいるくらいなんですよ?」

 

「そんな所に俺達を入れるのか」

 

「空を求める旅人がいるならば。異形頭街の皆さんはお優しいですので」

 

 俺は上質紙に続いて空を見上げる。徐々に日が昇り始めているのだろう。星の明かりは微かなものとなってるが、それでも視認できた。

 

 ローブが靡く。俺の頬を夜明けの風が撫でていく。

 

 俺は空を見上げたが、いつものような高揚感は得られなかった。

 

「……帰って来たいに決まってるだろ、ミオ」

 

 帰って来たい、帰りたい、ミオの隣に帰りたい。その想いだけで、俺は嫌いな暴力を振るったんだ。傷つけようとする道を選んだのだ。

 

「そう伝えれば、もっと楽になるかもしれませんよ」

 

 上質紙が手すりに凭れて地平線を眺める。俺は上質紙の隣に並び、徐々に白んでいく空を見つめた。

 

「伝えるのって、怖いんだぞ」

 

「そうなんですか? 伝えずに終わってしまう方が怖いと思うのですが」

 

「怖いもんは怖いんだ」

 

「なら、私はこれ以上なにも言いません。お二人のお話ですし」

 

 上質紙の胸から笑い声が上がる。俺は視線を明後日の方へ向け、我儘な餓鬼を思い出した。姉と話せていないと泣いた愚かな子ども。思いを聞いて欲しいと願った、馬鹿な弟。

 

 あぁ、そっか。星衣……お前もか。

 

 気づいたつもりになって口を結ぶ。あの泣き虫が、姉ちゃんとどんな話をするのか、想像もできないまま。


 息を深く吐いた俺は、背中のミオを荒く揺すった。ミオの両耳は真上に向き、背中から温もりが下りていく。

 

「え、あ、ここ!」

 

「ようこそミオさん。異形頭街で一番空に近い場所へ」

 

「わぁぁ! ありがとうございます上質紙さん! ニゴが運んでくれたの?」

 

「……あぁ」

 

 両目を輝かせるミオを見て、少しだけ言葉に詰まる。軽い足取りで柵を掴んだミオは、昇る朝日に感嘆していた。

 

「……ミオ」

 

「なぁに、ニゴ」

 

 振り返ったミオは顔いっぱいに笑みを浮かべる。高揚を隠しきれない様子で俺の手を取ってくれる。

 

 俺は言葉を飲み込んだ。質問をしないと決めた。寝起きのくせに動きが早いな、なんて。聞きたいと思っても、今はまだ心ができてない。

 

 笑った俺はミオと一緒に柵を掴み、目を焼く朝日に口角が上がった。

 

「おはよう、すげぇ景色だな」

 

「うん、おはよう、凄いよね、ほんとに凄い!」

 

「今日の夜も入れますからね。今は朝を、夜には星を楽しみに来ましょう!」

 

「わぁっ、ありがとうございます! 楽しみだねぇ、ニゴ!」

 

「あぁ、楽しみだ」

 

 ミオと手を繋いで、はしゃぐ白の揺れに目を細める。

 

 鎖の音は遠くになる。それでもまだ、音が聞こえなくなることはない。それでもいいかな。そんな俺でも、隣にいてもいいのかな。

 

「ニゴ、これからも沢山、一緒に空を見ようね」

 

 意気地なしの俺に、ミオは花が咲くように笑ってくれる。これからを、明日を、簡単に約束してくれる。


 顔の筋肉が緩んだ俺は、鼻の奥の痛みを無視してみせた。

 

「あぁ。沢山の空を見ような、ミオ」

 

 朝日が昇る。新しい一日が始まる。沢山のおはようが聞こえる。

 

 弱虫な俺は、離したくない手に力を込めて、温かさに照らされて、笑っていた。

                   

 

――――――――――――――――――――

笑顔とはなんでしょう。

優しさとはなんでしょう。

子ども達の明日はどうなっていくのでしょう。


日常に混ざり込んだ不可思議な話。

道が分からなくなっていた子ども達の話。


迷っていたこの子達を見つけて下さって、本当にありがとうございました。


藍ねず

                   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君と道が交わった 藍ねず @oreta-sin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ