第3話「怪盗たちの乱戦」

「私は名も無き超高性能AIです!マスターの危機と聞いて飛んできたんですよぅ!!」


必死に言っているが、マキは心当たりがない。


「じゃあさ、AIって言うぐらいだから色々分かるんだよね?」

「勿論です!」

「私のスマホに住み込んでるんだから、勿論私が協力を要請すれば答えて

くれるよね?」

「マスターの命令には絶対に従いますよ!」


交互にやり取りする。その言葉に嘘はないと判断したマキはハァ…と溜息を吐いた。

それからまた沈黙する。耐えかねているAIがソワソワしている。レイやアーサーも

様子を窺っている。


「…よし、じゃあ今日から名前はユリカね。流石にAIってのをただ名前にするのも

安直でしょ。由来は無いけどさ、ユリカって名前には」

「いいえ、マスターがくれた名前ですから、それで行きます!」


AIユリカの創造者は不明、何処から来たかも分からないがユリカは至って真剣に

マキのサポートをすると言い張っている。マキのスマホから引っ張り出すのも難しい

ので仕方なく放置することにした。翌日になると体の怠さも楽になっているようで

朝方、8時頃に部屋を覗くと既に彼女が起きている。


「だいぶ体調も良くなって来たみたいだね」

「お陰様で」


包帯の下には傷痕も残っていない。頭部にも傷痕は一切なし。それについて安心

した。


「女性として顔に傷は困りますもんね、マスター」

「まぁね。顔が無事なのも傷が無いのも良かったけど、生きていることをまずは

喜ばないと」

「マスターは死の淵を彷徨っていたわけですからね。ふふん、マスターに仕えるべく

マスターの現状についてはしっかり把握しています!」

「頼もしいよ」


ユリカは誰かに作られたのは確からしい。ただ制約が掛けられていて話すことが

出来ない。その作者の持っていた財産、電子マネー等が全てマキのスマホに

入っているらしい。その金をどうやって使うかはマキの自由だ。何もかもが違う

未来の世界だが、アーサーたちに助けられたお陰で今は然程、困ることは無い。


「何だか、人がいませんね」


辺りを見回す。このビルは四階建てでそれぞれの住居人が全員仲間なのだ。

同じチームで同じ目的を持った人間。ルナティックなどと呼ばれる大嵐は何故

起こった?偽物の中に埋もれた数少ない真実、イデアを彼らは盗み出し解明する。

政府が隠す真実を暴くのだ。


「小説のような話だと思いますよね~」


サラッとアーサーたちから教えられた。それだけ信頼して貰えたのだろう。

突然、朝食をとっているときに…。驚きはした。加えて複製する力を持っている

という話も加わったことで余計に。だがあっさりマキは信じた。


「ねぇ、ユリカ…」


それに手を伸ばした。懐中時計だろうが、ゆっくりと時を刻んでいた。


「その懐中時計は…イデアの一つですよ。クロノスの懐中時計で、確か…―」


ユリカの声にノイズが掛かっていた。上手く聞き取れない。待ってばかりだ、

アーサーたちは帰って来ない。


「マスター、お願いがあるんです。その時計を持って、一度眠ってくれますか」

「眠る?良いけど…」

「タイムスリップなんて本来は起こり得ないんです」

「そりゃそうでしょうに」

「だけど、マスターのタイムスリップには何か…誰かの意図があるように感じて…」


ユリカは上手く言葉がまとめられないようだ。この人工知能は一体誰が設定したの

だろうか。彼女の制作者もまた何か秘密を握っている。ユリカに言われた通り、

マキは時計を両手で握り眠りに就いた。



体は半透明だった。気付けば隣にユリカもいる。彼女は実態を持たない。今のマキの

状態はそれと全く同じだ。煌びやかな建物の中にいた。人の姿が無い、しかし

すり抜けることが出来るし、人の気配も感じる。


「あ、見てください!マスター!!」


窓の外、桜が花開いている。窓に張り付くように体を乗り出した時、落ちて来る

二人組が見えた。片方をマキは、知っている。


「ルージュさん!」

「―ッ!?」


小柄な青年、ルージュは自分よりも体格が大きい男に拘束されたまま落下している。

しかし彼はマキに気が付き、驚いた顔をしていた。マキの体は今、透けている。

彼女も落下する。この高さから!

別の場所から援護射撃されルージュは男の腕から逃れた。パラシュートを作り出し

ゆっくり下降した後に彼は両腕を伸ばした。だがその腕をすり抜ける。


「マキさん、いるんですか?」


姿は分かっていないのだろうか。声を出してみる。


「います。夢、ではないみたいです」

「姿はぼんやりと見えるだけですが、声はハッキリと分かりますよ」


ルージュは疲弊している。男がむくりと起き上がる。相当な強敵、だが

ユリカの情報収集力によって彼の事も分かっている。オルクスという男。

DAYBREAKという用心棒組織のリーダーだ。社会から外れた、弾かれた人間が

集まって出来たらしい。非武装で、この地域、六本木という場所で悪党からは

恐れられている集団だ。そんな人間達と事を構えることになったのはイデアが

関わっていた。アルテミスの涙という純白の宝石だ。人の拳ぐらいの大きさ。


「あ、何処に行くんですか!?」

「どうせ見えない体だから、大丈夫!」

「無茶は、しないでください!」

「気を付ける!」


壁をすり抜け、中に入った。


「マスター!激戦を繰り広げている場所が幾つかありますが何か起こりそうなのは

バーらしいです!最短ルートで行きますよ!手を掴んでいてください!」


ユリカの手を掴むと、ふわりと体が浮いて天井をすり抜けていく。普通の

エレベーターよりも速い。


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