第2話「タイムトラベラー」

温もりがある。

胸の中に、小さな火が灯っているかのように…。その優しい温もりはそっと

自分の体を包んでいた。夢見心地な自分だった。

目を開くと開いている窓かか微風が吹いていた。酷く体が怠かった。

多々良 真紀。現状の把握はほとんどできていない。ただあの大きな地震の後

自分が意識を失ったのは覚えている。見れば腕には包帯が巻かれていた。

頭にも包帯が巻かれている。


「やぁ、おはよう。体の具合は?」


スーツを着た知的な目をした青年が部屋に入って来た。体を起こそうとすると

彼は制止した。


「無理をしようとしているだろう。横になっていて良いよ」


彼は椅子を引っ張って来て、それに座った。周りに目を向けるが日付や場所が

分かるようなものは見当たらない。だが、窓の外から巨大なモニターが見える。

都会なのは分かるが、ここまで進んでいただろうか?


「僕はアーサーだ。ここは2223年、東京…その反応を見る辺り、君は馴染みのない

場所かな?」

「嘘…今は2022年、私は東京都民じゃなくて、そう…静岡県民で…」


アーサーは首を横に振って静かに言い聞かせた。


「君の反応でしっかり伝わったよ。君が嘘を吐いていないことも、そして

混乱していることも。現状を呑み込むにはもう少し時間が必要だろう。怪我も

しているし、今はここでゆっくり休むと良い。昼食を持ってくるよ。その時にでも

僕から今になるまでを説明するからね」


そう告げてアーサーは部屋を出た。

出るとすぐに彼の相棒が待っていた。レイだ。腕の立つ相棒。


「彼女の様子は」

「目を覚ましたよ。意思疎通もしっかりできているけど、まだ混乱しているようだ。

あまり刺激をしないようにしないと」

「お前の予想は合っていたみたいだな」


考えられないかもしれないが、彼女は別の世界から来たのではないか。正確に

言えばタイムスリップしてきた。一週間ほど前の事だった。事務所がある雑居ビルの

すぐ近くで彼女は倒れていた。そこに運よく二人が来て、彼女を介護した。

彼女が身に着けていた物、持ち物を見てタイムスリップという考えに至った。


「…あまり目を離さないように。精神的に今は不安定だ。何をするか分からない」

「そうだな。俺が付いていよう。丁度、様子を見ておこうと思っていた

ところだからな」

「あぁ。頼むよ」


アーサーに代わってレイが部屋に入った。横になったまま彼女は会釈した。

痛々しい姿だ。


「痛みはどうだ」

「無理に動かさなければ、痛くないです。包帯を巻いてくれたんですか?」

「あぁ。路上で倒れていたからな」

「ありがとうございます」

「タメ口で良い。それに礼を言うなら、真っ先にお前を保護しようと動いた

アーサーにしろ」


ぶっきらぼうだが悪人でないことはすぐに分かった。レイと名乗った男も椅子を

持ってきて座った。暫く無言の時間が続いた。マキがソワソワし始めた頃に、昼食を持ってきたアーサーが来た。


「食べながらで構わないよ。レイが話したかもしれないけど、道端で倒れていた君を

ここに連れて来て手当てしたのは僕だ。この世界は一度大きな嵐、ルナティックと

いう呼称の嵐で崩壊していた。それが三年ほどでここまで元に戻すことが出来た。

コピーという技術で全て偽物になってしまったけどね」

「コピーって…でも、本物に近いですよ?」

「それだけ高い技術なんだ。そこに疑問を持っているとは、やっぱりそうなのか。

否、気分を悪くさせたのなら謝ろう」


レイが慌てて訂正し、そう言った。マキは首を横に振った。


「私も納得するよ。ここは200年ぐらい先の未来って話。運が良かったのかも。

生きていて、それでいて優しい人に助けられて」

「信頼して貰えて良かったよ。さてと、ここで君のこれからについて

考えがあるんだ。過去に帰る方法を―」

「過去では多分、私は死んだことになってるかと」

「?それは一体…」


聞くのは酷だ。アーサーは先の問いかけを取り消した。彼女のここに迷い込む前の

事を踏まえて、彼は提案する。その提案をレイは前々から聞いていた。


「なら、ここに住むと良い。衣食住を保障するよ。その代わりに僕たちの

探偵稼業を手伝ってもらうけど」

「なんか、疑いたくなるぐらい好待遇…ホントに?」

「そうだよ。嘘なんか吐かない。だけど今は、ケガを治すことを優先すること」


傷痕は残らないだろうとも説明した。マキは既に用意してもらったものを食べ終えて

いた。因みに食べ物すらも本物ではないらしい。本物そっくりな味、質感を持つ

食べ物がこの時代の人間の主食なのだ。200年という期間で随分と技術が進歩

している。


「…?どうしたの?」

「いや、落ち着いているなと思ってな。突然、ここに来て何もかもが違うと

いうのに」


レイの言葉にアーサーも頷いた。


「痛みもある、現実味がある気がする。信じるしかないよ」

「凄いな、君は」

「どうかな。私程度で凄いのなら、私も偉人になっちゃうかもね」

「偉人、か…嵐よりも前の事はほとんど分からなくなっているからね」

「えぇ?歴史も?」

「あぁ。ほとんど記録が消えてしまったから、学ぼうにも学ぶことが出来ない」


驚いた。学校で学ぶべき過去の出来事は暴風にかっさらわれてしまったらしい。

偉人の名前も顔も、彼らの偉業の内容すらも消えているという。


「じゃあ、あの言葉も消えるのか…結構有名なんだけど…」

「それは?」

「“天才とは、1%のひらめきと99%の努力である。”っていう言葉だけど…。

そうだ、私の荷物とか無かった?」

「これの事かな?すぐ近くに落ちていたよ」


紺色のカバンだ。その中にはポーチなどが入っている。スマートフォンもある。

正常に機能している様子だ。いや、なんか違う!


「おはようございますマスター!現在の時刻は13時20分!…って、あれ?」

「…」

「…」

「誰」

「えぇ…!?」


素直に聞いたつもりだが何故か彼女はショックを受けていた。分かるか!初対面で

名前なんて分かるか!


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