嵐のレジスタンス
花道優曇華
第1話「独唱の最期」
イデア、プラトンの哲学用語である。意味としては心の眼、魂の眼で見る
ものごとの真の姿や原形の事らしい。難しい単語。だがその名前を称した
宝があるらしい。曰く、それは真実の道しるべ。曰く、それは
この時代で使われているコピー技術でコピーできない代物。その中で幾つか
最も重要で、真実の鍵を握るものがある。
それを調べていたのは黒い大嵐が来る前の話。6年前だった。数人の学者たちが
秘密裏に調査をしていた。
「良いのか?君に持たせてしまっては…」
「平気ですよ。私は真実のピース…これは必ず、私に託して見せる。
私には見えるわ。確かな未来が」
その女性は不思議だった。家も家族も無い。そして今から約200年以上前に
生まれたと言っていた。男はそれを信じた。男には子どもがいる。何時か、
私と出会う探偵になる子ども。そして普及するコピー技術とは違う
コピーの能力を持つことを彼女はそっと胸の中にしまった。これは言うべきでない。
「“マリアの魂”だなんて、こんな偶然もあるものなのね」
イデアと呼ばれるオリジナルの一つ、その名前をマリアの魂。形は分からない。
エアの書、上下巻がある。それぞれ別々の人間が持ち、そして隠すことになった。
村雨と呼ばれる刀など、幾つかのイデアを彼らは隠すことにした。
ホワイトローは様々な真実を隠している。研究チームは解体され、集まることが
出来なくなった。女性はふと空を見上げた。この年だった。黒い大嵐が
文明すらも破壊した。その嵐を誰かがこう名付けた。人々が悲しみ、そして
狂う嵐、ルナティックテンペスト、短縮しルナティックと呼ぶ。
東京都六本木。そこを歩き回っていた女性の名をアリアという。不良たちも
調子が狂うほど個性的な女性の様だ。
「DAYBREAK、夜明けを意味する言葉ね。中々センスがある方だと私は
思うわ。そんな用心棒さんに会えるなんて、今日が命日かしらね~」
「何を大袈裟な。俺たちは常にこの町を巡回している。会おうと思えば
案外何時でも会える」
紅色のブルゾンを着た男たちに話を付けた。是非とも、最強の用心棒たちに
取材をしたいと。そのリーダーが許可を出したのだ。
「変わった女だな、アンタ」
「よく言われるわ。そのせいか、色恋沙汰にも恵まれなかったけど」
アリアの腹の底が見えず、困惑した。正体を探ろうとするも、アリアに
それがバレた。
「私の正体なら、近いうち分かるわよ。貴方たちがちゃんと私の話を
聞いてくれるのならね」
「?それはどういう―」
アリアが一歩先を歩き出した。ヴァンという男は彼女に追いつき、拠点へ通した。
「なるほど。武装を基本的にはしないで戦うのね。凄いなぁ、私にも…そんな力が
あれば良かったのかしらね…」
ビルの八階にはトレーニングルームがある。設備も充実している。それぞれが自身の
持っている武術を互いに磨き合うのだ。アリアの眼は彼らから離れることは無く、
メモ帳に書き留めながらアリアは驚いた顔をしていた。
「アンタがコラムニストのアリアさんか」
「えぇ、貴方がアレスさんね。突然の事、それに取材に応じてくれて嬉しいわ。
こんな無名でも頼んでみるものなのね」
巨躯の男が差し出した手。その体躯に見合った大きく骨太な手だ。対してアリアの
手は真っ白で細い。二つの手が繋がった。
「で、アンタ何者なんだ。そんなコラムニスト、見たこともねえけど」
一斉に視線が集まる。聞き慣れない名前のコラムニスト。そもそもコラムニストなどという職業すら知らない。怪しまれて当然だ。だがアリアは委縮することなく、
マイペースに答えた。
「何者も何も、ちょっと時代遅れな女よ。それに心配しないで。どーせ、長く
生きられないからね」
「それまた不思議な話だな」
「折角の短い人生なんだから、はっちゃけないと損だから」
何処か儚げだが、それでも死ぬのを受け入れている様子だ。彼女の事を一先ず
ヴァンに任せて一度話し合う。彼女についてだ。
「死が近いというのも本当かもしれないよ。事実、彼女の体にはガタが来ている。
よく見れば分かるでしょ。細いと言っても、彼女は細すぎる」
「…分かっているが、仕方ない。彼女からそれぞれ目を離すな。素性が分からない
以上、監視しないわけには行かない。彼女には悪いが」
DAYBREAKの拠点でアリアは監視されるようになったが気にしていない。自分の
代わりが来た。同じ人間が来るとアリアは徐々に衰弱していく。そして静かに
息を引き取る、死んだあと全てはやって来た代替人に託される。彼女が、無事に
真実に辿り着けることを祈っている。
「オイ、大丈夫か!?」
物音がしたので来てみたら、両膝を床につき荒い呼吸をするアリアが目に入って
来た。ヴァンが肩を貸し、彼女の手助けをする。
「もう時間がない。やることをしないと…」
「どういうことだ」
「私の役割が終わるという事よ。力の衰え、かな。もしくは引継ぎが終わろうとしている」
「さっきから、アンタは一体」
「それも全て、記録にしたけどみんな揃ってから。次の子で、ケリを付ける」
肉体は弱っていても、彼女の眼は弱っていなかった。寧ろ、何かを為そうとして
いる。自分の身を全て使って…。何をしようとしているのか、それは頑なに言おうと
しなかった。ただ、最後に彼女が言ったのは…
「私と同じような顔の子が来たら、協力して。どんな理由があっても」
そう言い残して息を引き取った。彼女の言葉の意味は分からなかった。
だが彼らはその言葉も脳裏に焼き付けた。
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