願いは、

「……本当に、決まったのかい? 後になって、別にすればよかったというのは無しだよ?」


 怪訝そうな顔で少女はぼくを見る。

 それはそうだろう、願いなんて何もないなんて一分前まで言っていたやつが、突然やたら自信ありげに宣言してきたんだから。


「うん、分かってる」


 対するぼくが浮かべて見せたのは、薄い笑みだった。


「そもそもの話、ぼくはあまり欲はないんだよ。

 欲を持てるほど外に出てこなかった、とも言えるけど」


「部屋に籠もりっきりの身でも、欲があっておかしくないと思うけどね」


「なら、ぼく自身の問題なのかな?

 あ、一つ訂正しておくと、ぼくはずっと引きこもっていたわけじゃないよ。

 体はどこも不自由じゃないし、運動だって問題ない。

 外に出なかったのは、ぼくがそうしたかったからだ」


 これは本当の話だ。

 手足をうまく動かせないとか、心臓に負担をかけられないとか、そういう表面的なハンディキャップを持っていたわけじゃない。"注意"しなきゃいけないこともそこまで多かったわけじゃないから、軽い運動はできたし、多少の制約はあれど、外で遊ぶことだってできたのだ。


 だけど、ぼくはそうしなかった。

 特に、興味もなかった。病室で音楽を聴きながら本を読み、自分の体調のご機嫌取りをする生活で十分満足していた。


 だから、これはぼくの選択とその結果だ。

 病院の外に興味を持たず、内面的な欲ばかり満たしてきたから、こうして『何でも一つだけ願いが叶う』なんて、マンガみたいなシーンで躊躇してしまっていた。


「だからこそ、だよ」


 そう。

 だからこそ、だ。


「だからこそ、ぼくはここで、願いを言うんだ。

 願いを決めて、最後に、そのために生きてみたい」


 今から口にする願いに、ぼくは決して後悔しない。

 衝動的に近い欲求だけれど、ぼくが決めたことだ。


「……まあ、それにしたって、本の受け売りみたいなモノだけど」


 悲しいことに、これも本当の話だ。

 病室で本と音楽漬けで育った人間は、最後に叶える願いにしたって、本――ベッド脇に積まれた紙束の山、ぼくが読み、取り入れていったに頼るしかないのだ。


「だけど、本気だよ。

 本気で願うし、本気で願いに殉じるつもりだ」


「……君の覚悟は、分かったよ。

 さあ、願いを言ってみて。

 限度はあるけれど……できるかぎり、叶えてあげる」


 応えた少女に、ふっととぼくは笑みを零して、"それ"を言う。 


「ぼくは、」


 それは、ほんの僅かな間に決めた願いだ。

 ふと、心に沸いた願い。

 だけど、死ぬ前に一つだけでもと、強く思える願い。






「――恋が、したいんだ」




 いざ言葉にしてみると、それは以前から抱いていた願いのように、するりと心に入ってきた。

 借り物のくせに違和感もなくて拍子抜けだな、とぼんやり思った。


「一度だけで、いい」


 もやもやと、形を持たずバラけていたなんともない"わだかまり"。

 口にするほどでもない、だけど心につもり重なってきたそれらを、本が、これまでの人生でおそらく一番触れてきたモノたちが肉づける。


「恋がしたい。

 焦がれるほどの恋を、死ぬ前に」


 〝それ〟を口にしても、死神の表情は変わらないままだった。


「君は……」


 ただ、何か言いたげな仕草をして、すぐにまあいい、と首を振ってから、


「分かったよ」


 そう、死神は言って。


「君の願いを、叶えよう」

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