来たのはだいぶ無礼な真っ黒少女(ヒロインではない)
そこにいたのは、言葉とは裏腹に愛想の欠片も無い、無表情の少女だった。
顔立ちや背丈からして十歳前半といったくらいだろうか、纏っているのは夏の夜にも関わらずぴっちりと着こまれた真っ黒なスーツ。
それは中のシャツまで真っ黒で、更にこれまた真っ黒なロングコートを羽織っていて、手首から先、首から上の露出している部分は黒のみの中ではことさら浮き立つような色白い肌、髪は透き通るような銀色をしていた。
「えっと……どちら様で?」
在り得ない状況。浮世離れした容姿が全くと言っていいほどかみ合わない少女。
その中で辛うじて絞り出した言葉は、間抜けにも見えるような淡白な問いかけで、
「私は死神。個人としての名前は無いけど、君が何と呼ぼうと構わないよ、那暮誠くん?」
「……どうして、ぼくの名前を?」
死神って何だとか、名前が無いってどういうことだとか、そもそもこの状況はどういうことなのかとか。
いくつもの疑問が目まぐるしく脳内を回る中で唯一口にできたのは、自分でも間抜けさを感じる一言だった。
「死神だからだよ。〝神〟とつくぐらいだ、大抵のことは知っているんだよ。たぶん」
「はぁ……」
誰かから伝え聞いたことみたいにぞんざいな言い方に文句の一つでも付けたかったけれど、とりあえずスルーして話を進める。
「えっと……今、この状況を作ってるのも、アンタの仕業なのか?」
そのせいか、再度の問いは、自分でも気づかなかった微かな苛立ちを帯びたぶっきらぼうなものになっていて。
「この状況?」
「あー……なんて言ったらいいか分からないけど、ぼくたちの声以外に何も聞こえない、今の状況のことだよ」
対して死神(自称)は、
「それはただ、周りの空間を固定しているだけ。他の一般人に私を見られると、色々とマズいからね。もちろん、私がここからいなくなれば、元に戻るよ」
「……そうかい」
うん、さっぱり分からない。
科学的とか非科学的とか論じる以前に、そもそも説明する意思すらも放棄している。
ご都合主義すぎるだろそもそも空間を固定ってなんだよ。
目の前の少女と同じく無礼な物言いをするならば、こう言うだろう。
『あんた、頭おかしいんじゃねーの?』
……ただ、どういう仕組みであれ、こんなことができてしまっている以上、目の前の死神(仮定)が何らかの特別な存在であるということは信じざるをえないだろう。
だから、黙っておく。
決して初対面の相手に暴言を撒き散らす度胸がないわけじゃない。たぶん。
「折角、人間に合わせた方法で言葉を伝えたのに、一向に現れないからこうしてやってきたワケさ」
「……というと、胡散臭いメールを送ってきたのはアンタってことでいいのか?」
人間に合わせた、って人間とほぼそっくりの見た目のお前は何なんだよ。
そんな言葉を飲み込んだぼくに、そうだよ、と死神は頷いて、
「他に質問が無いなら、本題に入らせてもらってもいいかな?
時間が余っていてこうしているわけじゃないんだ――君と同じく、ね」
「……別に、構わないさ」
こちらの事情は把握済み、というわけらしい。
ぼくが抱えている"ちょっとした問題"に関しては大して思うところがあるわけでもないけれど、他人に面と向かって言われればそれはそれで腹が立つ。が、いちいち苦情を言っても始まるものも始まらないだろうから、何も言わない。
「単刀直入に言おう」
そう、死神(暫定)は前置きして。
「――君は、近いうちに死ぬことになる」
突然の、死の宣告。
すっきりとした、社会的な意であれ縁起的なモノであれ、受け取り手がぼくでなければ激昂してもおかしくない、禁句。
「……はぁ」
初対面からもうすぐ死ぬとか、言われて。
対するぼくがしたのは、気の無い返事で。
「驚かないんだね?」
「予想できなくもないことだからね」
ここは病院、ぼくは病人、そして相手が見るからに現実から外れていると分かる死神(仮)とくれば、ある程度の見当はつく。
「原因は、今ぼくが罹っている病気か?」
尋ねると、黙って死神(暫定)は頷いた。
「そうか……これ、死ぬ病気だったのか」
「知らなかったのかい?」
「聞いたこともあるかもしれないけど、覚えてない。大して興味も無かったからな」
名前すら記憶には曖昧で、ただ、妙に長かったことと、それを告げた医者の艶やかな
あとは、治る見込みが無いとか、一生付き合っていかなければならないとか重苦しい話ばかりで、両親からはお金に関しては心配するなとか、何とか。既にある程度モノの分かる年頃のくせに当の本人であるぼくが終始ぼんやりした態度をとっていたせいか、湿っぽい雰囲気になることはなく、そこから始まった入退院を繰り返す生活も、そもそも収まるべきだったスペースに入るように、すんなりと日常に溶け込んでいた。
症状にしたって、あまり病院から離れられないという点を除けば大した問題はなく、血を吐き全身を蝕む激痛にのたうち回ったり唐突に鬱になったりとかいうようなモノもなく、自分が病人という自覚でさえ、入院しているという状況でなければ忘れてしまいそうなくらいだった。
そういった面で見れば、ぼくは周りよりずっと恵まれている方だ。
そのせいか、ぼくも周りもほとんど言っていいほど悲壮感がない。
当事者意識が薄すぎる、とは知り合いの看護師は言うけれど、まったくもってその通りだと思うけどこればかりは仕方がない。
「それで、本題は?」
「え?」
「ここに来た用件、その本題だよ。わざわざぼくに死亡宣告をしに来ただけじゃないだろ?」
「ん……あ、あぁ、そうだね」
一瞬、呆気にとられたようなそぶりを見せた後、死神はぼくを見る。
そして、こほんと、小さく咳払いを挟んで、
「おめでとう、那暮誠くん。君は、一つだけ願いを叶える権利を得た」
「はぁ……は?」
今度は、簡単には聞き流せなかった。
「願いって、なんだ?」
「言葉通りだよ。君は何でも一つだけ、延命とか不死とか、君自身の残された時間を変えるようなモノを除けば、何でも願うことができる」
……はぁ。
今度はぼくの方が呆気にとられてしまう。
いや、本来なら非日常な事態に終始ぼくが圧倒されているべきなんだろう。緊張感が無いままにハイハイ頷いていたのがおかしいだけで、これで予定調和なのだ。
それにしても、願い事、か。
「あんたは、未来から来たネコ型ロボットか何かか?」
「死神だって言ったはずだけど」
「ぼくは、7つの星マークの球を集めてないぞ?」
「何の話をしてるんだい?」
反応を見るに、メジャーどころのマンガネタにも反応しないし、まじめな話らしい。
だけど、まあ。
「……困るなぁ」
困る。
大人ぶった幼女に突然そんなものを突き付けられても、反応に困る。
これで、相手が酔っぱらいのおっさんとか、自分の言葉に酔ってるエライヒトとかなら、何をバカなと聞き流せただろう。
だけど、この謎めいた雰囲気や状況が、疑念という思考を押し潰してしまっていた。
「ならさ、」
ニヤリ、と底意地の悪そうな笑みを作ってみせて。
「世界よ滅べ、とかでも?」
「君が、それを望んでいるならね」
怒るでも笑うでもなく、死神は淡々と切り返してきた。真顔で。
現れた時からそうだが、目の前の少女は外見から予想できるような年齢相応の表情の一切を見せていない。
大人しめの性格と形容するにも、愛想笑いの類のような見せかけのそれすらも無い様は、そもそも自我自体が存在しないようにすら思えてくる。
だから、
「冗談だよ、冗談」
冗談、冗談、冗談。
ははは、とおどけた笑いで誤魔化して、両手を挙げて降参のポーズをする。
そうでもしないと、皮肉を空ぶった虚しさと羞恥心で、今にも首を掻き毟ってしまいそうだったから。
「真面目に聞くけど、願いは何だっていいんだな?」
彼女は頷いて、
「神様権限で、何でも叶えることができるよ。それこそ、君が言ったような”世界滅亡”でも」
「……だから、それは冗談だって」
どうやら目の前の死神は、融通の利かない類であるらしい。
それとも、理解したうえで皮肉っているのだろうか?
「願い、かぁ……」
言われて、考えてみても、特に浮かばない。
浮かばない、というより、心から欲しいと思えることがないのだ。
安直に、金銀財宝?
近々死ぬ奴が富を築いて何になる。
なら、酒池肉林?
それは直情的すぎるだろうし、第一ぼくは少食だし、食に興味は乏しい。
童貞を捨てたところで大して嬉しくもならないだろう。こちとらちょっとエッチなグラビアで満足できる程度の青少年だぞ。
ならやっぱり、世界征服?
いやいや、世界と心中欲求なんて無いし、極端な冗談だ。そんなことになってもむしろこっちが困る。
「迷っているのかい?」
「そりゃぁ、ね」
人間、欲望と呼べるモノは数多くあれど、何でも叶えてやるから一つ選べと言われると、何を願うべきか悩んでしまうのは必然だろうと思う。
願い事を、何でもいいから一つだけ叶えるなんて、漫画とか小説とかフィクションの世界によくある流れだ。
だけどそういうのは、まず叶えたい願い事が先にあって、それを現実にするために努力していく流れがあるもので、漠然と生きてきた人間の目の前にほら何でも願い事を言ってみろとつきつけるものじゃない。
「残り短い命、その範囲内で願いを一つなんて、そう簡単に想像できないよ」
「世界に、他人のために何かを残す、なんてことは考えないのかい?」
「ぼくはそこまで奉仕主義じゃない」
この世界をどうこうしよう、なんて気はぼくにはない。
これが慈善活動家なら世界の恵まれない子供たちや貧困層に云々だとか、世界に永遠の平和をとか何とか躊躇なく言えるのだろうけれど、大して思うところもないぼくにとってはどうでもいいとすら思える。
薄情、なのかもしれない。
もしかしたら、唯一の願いというモノは誰でも即答できる程度で、それができないぼくはおかしいのかもしれない。
それでも、ずっと入院と退院を繰り返す毎日が全てで、気づけばもうすぐ死ぬとか言われたぼくの希薄な意識に、強い願いなんて生まれるはずはなかった。
何か無いかと、見つからないことがわかりきっている答えを探してあちこちに視線をさまよわせ、
「――あ」
ふと、それが目に留まった。
「今すぐには、決まらないかい? なら――」
「待ってくれ」
ぼくには、特にこれといった願いはない。
少なくとも、ぼく自身にはそこまでの"欲"なんてない。
だから。
だから、こそ。
「……決めたよ」
それは、偶然だったのかもしれない。
「決めたよ、願いを」
それでも、心を定めるには十分だった。
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