第2話 駆け込んだ飲食店と、救急車。ーー予知夢の真相は


 母は、トイレ(大)に行きたいと脂汗をかく父に言い放ちます。



 ――それは、誰もが驚く……衝撃の言葉……‼︎



「我慢、しなよ……! (鬼)」


 ――「我慢、しなよ……! (鬼)」


 ――――「我慢、しなよ……! (鬼)」


 私の中では、このようにエコーして聞こえました。


 ――苦しんでいるのに、何てことを言うのでしょう。まるで鬼のようです。

(私も父も母がこわくて言えない)



 母の圧に父は力なく、


「わ……わか……っ……た……」


 と答え帽子を深く被り直します。

 普段からみんなに優しい父、母にはとても逆らえません。


 誤解のないように申し上げたいのですが、母も本当に優しい人です。でも、父には少し厳しめなだけ。


 よく、言うと思うのです。


 『男は女の尻に敷かれるくらいがちょうどいい』、と。


 我が家はまさに、その典型。

 両親ともに優しいですが、母は父にだけ少し厳しいところがあり、ですがそれゆえに夫婦円満なのです。



 ――さて、話を元に戻しましょう。


 父は途中までお姉ちゃんの演技を見ていたようですが、耐えられなくなり木陰へ移動。


 私はというと、もう、大大大反省なのですが、お姉ちゃんが太鼓を叩く勇姿を動画に収めることで手一杯なので、父が木陰へ移動していたことすら気が付きませんでした。


 ◇ ◇ ◇ ◆


 全ての演技が終了し、さぁ、帰ろうと思った矢先。


「え……、お父さ……ん?」


 母を挟んで近くにいたはずの父はおらず、倒れこむ勢いで木にもたれかかっていたのです。

 思わず駆け寄り、声をかけます。


「だっ、大丈夫……?」


「ごめん……具合がとっても悪いんだ……。か、帰ろう……」


 父はこの時点で、明らかに様子がおかしかったのです。


 足元はおぼつかず、といいますか足に力がはいらない。ふらふらし、目は虚ろ。

 母の支えなしでは、最早歩けなくなっていました。


 ですが、駐車場まで徒歩20分。

 私は昨夜から続く体調不良により車が運転できませんでしたので、父が運転手としてなんとか家まで帰らなければなりません。


 ――でももう、それどころではない。

 家に帰る方法を心配している場合ではありませんでした。



 ――ふら、ふら……。



 ――――ふら……ふら……。



 ――ガクッ。ふら……ふら……。



 一歩歩いてはうずくまり、立ち上がれなくなってしまう父。


「救急車を呼ぼうよ! 無理しちゃダメだよ!」


 そんな私の言葉にも、父は相変わらず頑固です。


「大丈夫……少し……め、めまいが……する……だけだから……やす……めば……だい……」


 と言って、一瞬くらりとし、道中にあった飲食店の階段の手すりにもたれかかって、座り込んでしまいました。

 額には玉のような汗。しかも、サラサラしていなく、ベタベタしていて脂汗のよう。


 母も心配になり、父に提案します。


「ここの飲食店で涼ませてもらえば、ちょっとはましになるんじゃない?」


「あ、あぁ………………」


 父は頼りなく立ち上がり、手すりにすがりながら一歩一歩階段を登っていきます。

 支えようとした私には、「触らないでくれ」と……。

 触られることすら、苦痛だったようなのです。

 私は飲食店の店員さんに事情を話し、待合スペースをお借りすることにしました。


 その間、次第に、次第に……父の容体は悪化していきます。



 目の焦点は合わず、不自然に宙を舞う。

 右手の指が、不自然にガタガタとソファーを叩く。

 まっすぐ座ることもできず、ソファーの背もたれに寄りかかることもできず……。

 隣で介抱する母に、不自然な格好でもたれかかって……。



 ――絶対に、熱中症だ……!



 母と私は目を合わせて意気投合したのです。


「「救急車を呼ぼう!」」



 すぐさまポケットからスマホを取り出し番号をかけようとしますが……



 193?


 192?


 なんだっけ、


 なんだっけ……


 なんだっけ………………


 

 パニックになり理性的になれなかった私はスマホで検索することなく、店員さんに助けを求めます。


「すみません、父が……父が……! 救急車の番号教えてください……お願いです……!」 


「お客様、落ち着いてください。119です。私たちにできることがあれば、何でもしますから。とにかく、落ち着いて……!」


 感謝を述べ、震える手でダイヤルを押します。


 ――119、早く、早く、早く……!


 ――プッ!


 ――――繋がった――――!


「こちら119番です。事故ですか、救急ですか?」

「きゅ、救急で……父が……」


 救急隊の方の長けた傾聴力に助けられ、無事要件を伝えられた私。20分ほどで駆けつけてくださるとのこと。

 心強いお言葉もかけてくださり、感謝の気持ちはいっぱいですが、それでも拭えない不安感……。



 父母の元へ戻ると、やはり父の様子は、ますます悪化しているようなのです。右半身が不自然に震えています。



 ――一体、どうしたらいいの……?


 と思った矢先、何やら急に、父は立ち上がり……。



「ト、イレ……行く……」



 …………ん?



「――――――――――――え?」



 私は勝手に脳内変換していたのです。

 父は熱中症であると。

 

 そういえば、父は申していました。

 それも、最初から。



「トイレに行きたいんだ……! (大)」


 と………………!



 母に付き添われてトイレに行った父。


 しばらくして出てきた父は……………………、



 …………な、なんということでしょう。


 あれほど震えていた父が、見違えるように顔色が良くなっていたのです。


 劇的なビフォーアフターとは、まさにこのことです。




「俺さ、ずうっと、2時間ぐらい我慢してただろ、大きいの。だってお母さんがダメって言うから。悪いものを身体から出したら、めまいが治ったよ」


 と言い、穏やかな表情で母へ皮肉を言えるまでに回復した父。

 何と言いますか、色んな意味で肩の力がドッと抜けました。




 ――その後はというと。

 来てくださった救急隊の方は、父の体調を丹念に調べてくださいました。

 体温、血圧、心電図、血中酸素濃度。

 目の下を引っ張り、まぶたの色も確認。

 脈拍も正常……。


 皆様に多大なるご迷惑をお掛けしてしまいましたが、父は無事に回復することができました。

 

 これ以上ご迷惑をお掛けしてはならないと、救急隊の方へは深々と感謝して、お帰りいただきました。


 ――なんて人騒がせな一家なんだ、と思われても不思議ではありません。それだというのに……、



「ご自宅に帰られて、少しでも体調が悪いと感じたら、無理しないでまた救急車を呼んでください。我慢は一番良くありません。遠慮する必要もありません。それだけ、約束してください」


 と、仰ってくださいました。

 救急隊の方々の福祉の心には、感服するばかりです。


 そして、飲食店の方々も。


「お客様がご無事であることが何より大事です。元気になったら、また食べにいらしてくださいね。お大事に」


 と……。



 私たちは、深々と頭を下げて帰宅しました。



 救急隊の皆様、飲食店の皆様、本当にお世話になり感謝の念に耐えません。


 そして何より、大事に至らず今も元気に過ごしてくれているわたしの父。どうもありがとう。



 今回学んだこと。

 何でも、過度な我慢はよくありませんね。

 それが例え、トイレであっても……。



 ――さて。

 予知夢の真相は、と言いますと。


 母が三度も見た同じ夢の内容は――――――


 ――――父が亡くなる夢、だったそうです。


 夢の中で父が亡くなっては、飛び起きて生存確認、呼吸確認。

 また死亡、生存確認、呼吸確認……。


 これを計三度も繰り返した、ということです。



 ――そのため、父には内緒ですが、

 うちの母、父の様子を見て「予知夢だ。やばい、今日、たぶん死んじゃう」と思ったそうです。


(そんな夢を見たんだったらば尚更トイレを我慢するように言ったらいけなかったんじゃ……。というのは、もちろん言えません)



 というわけで。

 予知夢は無事に外れてくれましたが、


      ――虫の知らせ――


 というものは、本当にあるのかもしれませんね。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

貴方は、「予知夢」を信じますか? ーーこの物語は、ある夢に基づいた、実話を綴った物語です。 うさみち @usami-chi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ