第13話 カイン2

13話 カイン2



「…さて。どうしようかねぇ」


 ディザイガ城北門から東西に伸びる山道でジャスティスと二手に別れたカインは、全力で走ってきた道でふと立ち止まり来た道を振り返りつつ一人呟いた。



(…『あっち』は比較的魔物(モンスター)が少ないし途中村もあったから四、五日あれば港に着くだろう)



 と、懐から地図を取り出して別れたジャスティスの進むべき道を目で辿る。


 ――城からは兵士等が追ってくる気配がない為カインは少し安堵した。



「問題は『こっち』か…」


 地図を戻し今度は自分が進むべき道に視線を移す。



 ジャスティスが行く東側とは反対にこちら側はあまり把握していない為何が起こるか分からない。


 歩みを進めつつ自分の装備を確認するべく身体の所々に手を当て中身を確かめる。ジャスティスが直してくれた短剣と拝借したブロンズソードが一振り。腰付きのポーチには薬草らしきものが数個。旅のための金はあるが食べ物や携帯食などは一個も無い。



「…はぁ〜…」


 盛大な溜息を吐きつつカインは項垂れる様に肩を落とした。再び地図を取り出し睨めっこをする。進む道を指で辿りこのまま西に進むと【シャウンイー山脈道】に突き当たることになる。その手前付近で少し身体を休めたり、今後の為の物資調達をしたい所だが。



「……ん?」


 カインは地図上に何かを見つけて眉を少し顰めた。山脈道に入る麓(ふもと)に僅かばかりの建物がうっすら見える。


「…とりあえず此処に行ってみるか」


 言いつつ地図をしまい、


「もう少し持ってくれよ、俺の腹ちゃん」


 などと軽い冗談を吐き、自身の腹を撫でるカイン。その足取りは、【飯がある】と言う希望を託し、少し足早になっていた。





 ――陽がカインの真正面に傾く頃、カインはその村についた。少し寂れてはいるが山脈の麓にある為か、道具や武具、宿泊施設などはしっかりしていそうだ。



 カインは一目散に軽食屋に足を運ばせるとカウンターにどっかりと腰掛けて、


「マスター、何でもいいからガッツリ食わせてくれ!」


 軽食屋の主人であろう男に開口一番そう言った。



「へい、いらっしゃい! にいちゃん威勢がいいねぇ」


 愛想よく笑顔を見せるマスター。


「ガッツリいきたいなら『イノシシ肉の香草焼き』がお勧めだね」


「美味そうだなそれ。それにライス大盛りで頼むわ」


 肉と聞いたカインのお腹は最高潮な減り具合で呻き、それを聞いたマスターは一瞬目を丸くして、


「待ちに待ちかねている客人を連れてるなぁ」


 呆れた様に笑い、『直ぐに作るからもうちょっと辛抱してくれ』と言いつつ厨房へと姿を消した。



 カインは先に出されたエール(麦酒)を一口する。久しぶりに流し込んだエールは喉を伝い五臓六腑に染み渡る感じがして、

「あ〜! うめぇぜッ!」

 一仕事終えた様な、どこぞの親方みたくジョッキ一杯のエールを飲み干してしまった。



「にいちゃん、相当腹ペコなんだなぁ」


 店のマスターは、ハーブを沢山使ったイノシシ肉のステーキが乗った皿をカインの前にドンッと置く。大盛りライスとついでにエールの【おかわり】も出してくれた。



「旅人かい? にいちゃん」


「…まあそんなもんだ」


 目の前の肉を器用に切り分けつつ口に頬張るカイン。



「…ハンターとかじゃあ……」

「あ〜俺、ハンターじゃないぜ」


「そうなのか……」


 そこまで言ってマスターは気落ちした様に肩を落とす。


 その様子に気になったカインは、

「何か、困ってる事あるのか?」

 当たり障りなく聞いてみる。



「…まあ。あるっちゃあ、あるんだが…」

 マスターはそこで言葉を濁し、チラリとカインを見た。

「にいちゃん、ハンターじゃないだろ?」



「まあそうだけど」

 カインはそこまで言って残った食事を一気に食べ尽くした。

「多少なりの場数は踏んでるぜ」

 と、注がれたエールを再び飲み干す。



 カインがそう言うと、マスターはしかめ面の表情を少しやわらげて、


「じゃあ報酬とか…」


「報酬は、今日と明日の俺の飯代!」


 ジョッキをテーブルに置いてカインはニヤリと笑って見せる。



「…ちょッ、にいちゃんそんなもんでいいのか?!」


 カインの遠慮ない言い分に逆に驚くのは店のマスター。


「結構身体張った仕事なんだけど…」


 急に不安になったのか、遠慮がちに小さく呟いた。


「ん? 俺はタダ飯さえ頂ければそれでいいんだよ。飯食えるんだったら何だってやるぜ!」



「…そうか。だったら『俺達』の頼み聞いてくれるか?」


 カウンターに二つのジョッキを置いて安堵した笑みを見せるマスター。


「おう!」


 カインもまたニヤリと口角を上げてジョッキでマスターと乾杯をする。



 ジョッキのガラス同士が擦れ合う音が、軽快な音を立てて店内に響いた。






 ――草木も眠る丑三つ時、カインはある森の中にいる。


 カインが夕方前に訪れた村はタドット村と言い、そこの軽食屋のマスターは若き村長だったらしく、最近村を悩ませている【原因】をカインに依頼してきたのだ。


 まだ開拓されて間も無いタドット村にハンターの請負施設である【コンタール斡旋所(あっせんじょ)】が常設されておらず、依頼しようにも一番近場の斡旋所は城都ディズドになる。冒険の基礎も分からない村人を送り出す訳には行かなかった。そんな状態で日々を過ごしていた所にカインが訪れたのだった。


 タドット村の村長イワフが頭を抱えている問題は、夜半過ぎにこの村の畑を荒らしに来る【ゴブリン】共の事らしい。


 ゴブリン等は村の西に広がるウェイター森林を根城にしているらしく、カインは早速この森へと足を運ばせた。森林には自然と【けもの道】ができておりそこを静かに歩くカイン。持参したランタン (提灯)の灯りがほんのりと夜道を照らしている。


 日中は小鳥の囀(さえず)りで賑やかな森も真夜中を過ぎると耳が痛いくらいに静かになる。日が暮れる前に村で簡易的な装備を整えたカインは、両手をすぐに動かせるよう手に持っていたランタンを腰のベルトに取り付ける。


 ――対峙するのは、ゴブリンだけでは無い。夜の森は獰猛(どうもう)なモンスター (魔物)が活発になる時間帯でもある。長年の経験上、前準備には念を入れておくのも冒険者としての心得だ。


 カインの心得に賛同するようにそれはカインの目の前に現れた。



 ギギャギャギャアァァ!



 数十匹の蝙蝠(こうもり)型のモンスター、ディーバットがカインの行手を阻むように数メートル先を群れて飛んでいる。



「…ハァ〜……」


 ディーバットを目にするなり思い切り溜息を吐くカイン。


「しゃあねぇなぁ」


 面倒くさそうに小さく呟き装備していたブロンズソードを鞘から抜き放つ。


「相手してやる」

 一言告げて空いている手でディーバット等に手招きするようにチョイチョイとして、

「かかってこい」

 ニヤリと口角を上げてディーバット等を挑発した。



 …ギギャギャギャッ!!



 ディーバットに感情があるのかは分からないが、カインの行動が気に食わなかったのだろう盛大な鳴き声を上げてディーバット等はカイン目掛けて突進してきた。



 ――勝敗は一瞬だった。無論(むろん)、カインの圧勝である。嘴(くちばし)を武器にカインに迫るディーバット等を、カインは正眼に構えていた剣を、腕を逆手にして斜め下から真横に一閃した。その速さでディーバットが接近すると同時に横薙ぎに切り裂いたのだった。


 翼や四肢が裂かれたディーバット等は地に落ち、カインは刃に付いたディーバット等の体液を剣を振って払い、


「相手が悪かったな」


 と、軽く言い退けて剣を鞘に戻した。



 ディーバット等の亡骸(なきがら)を大股で跨いでカインは再びけもの道を進んでいく。カインが動く度にランタンの灯りもチラチラと木々を照らして――その木影に何やら黒い塊が見えたのをカインは見逃さなかった。


 すぐに歩みを止めるカイン。先程のディーバットとは違い野生の【臭(にお)い】。凄まじい殺気を露わに【それ】は姿を現した。



 …グルルゥッ!!



 カインと目が合うなり、そいつは低く威嚇するように鳴いた。


「…山犬(オオカミ)?」


 既に剣を抜き放ったカインは対峙した獣を見て訝しげに呟いた。



 全長二メートル弱あるオオカミが二体、カインの行く手を遮るかの如く前方を塞いだ。それを機に、【仲間】であろう複数体のオオカミの群れがカインの四方を取り囲んでいた。



「……」


 カインは、目の前に鎮座するボスであろうオオカミを目を細めて見据え、


「囲まれたか…」


 観念したかのようにブロンズソードを鞘に戻す。



「オオカミがいるってのは知っていたが、これは少し想定外だな…」


 小さく呟いて、呆れたように頭をガシガシと掻く。そして短い溜息を吐いたあと、


「グランドダッシャー!」


 両腕を伸ばし掌(てのひら)を地面に向けたカインは晶星術(しょうせいじゅつ)を唱えた。

 掌から黄色の光が広がりカインのいる地点から放射線状に地面を伝い、四方を取り囲んでいたオオカミ等を鋭利な円錐形の岩が薙いだ。その攻撃と同時にカインが地を蹴って走り前方にいた一際体格の大きいオオカミ二体を跳躍して飛び越える。


「ちょっとばかり急いでるんだ」


 軽い足取りで地に足をつけたカインは二体のオオカミ等を振り返る。一気に間合いを詰めて既に抜き放った短剣で致命傷にはならない程度にオオカミ等の四肢を切り裂く。――ジャスティスが直してくれたであろう、【ドラゴンの爪】を素材とした短剣(ダガー)は思った以上の切れ味で、剛毛なオオカミ等を難なく薙いだ。



「…流石に、切れ味いいな」


 全てのオオカミ等が怯んだ隙にカインはその性能の良さに少し嬉しさを覚え、ダガーを懐にしまうと足早にその場を後にした。



「勘弁して欲しいぜ…」


 カインはけもの道を歩くなか一人呟く。腰付きの小さい小袋から携帯食【味付きの干し肉】を取り出し手荒に口の中に放り込む。


「こっちは寝てねぇってのに」


 真夜中の森の中で悪態(あくたい)を吐いた。ランタンを腰から取り外し少し前の方に掲げる。


「……」


 訝しく目の前の道を眺めふいにその歩みを止めた。このまま進むとこの森林を突っ切る事になる――辺りをキョロキョロとむ見渡し、


「…こっち、か…?」


 真っ直ぐ進む道から少し右に逸れている踏み均(なら)した小道。カインはそこに足を踏み入れ、目の前に注意しながら気配を殺し進んで行った。



 しばらく道なき道を歩くと前方に粗末な【砦】が見えた。丸太を器用に組んだ囲いの中にひっそりと佇む小屋が二棟ほどある。


「…集落…? ここがゴブリン等の『根城(ねじろ)』か?」


 ランタンを掲げ辺りを隈なく見回すカイン。一歩進むと拓けた空間から砂利を踏む音が小さく響き――瞬間、小屋の中から明かりが灯りカインを取り囲むように何者かがワラワラと近づいてきた。



「オ前何者ダ!」


 低くくぐもった声を発したのは一体のゴブリン。カインの腿あたりまでしかない身長に、体毛が一切ない茶褐色の肌。大人の男性と同じくらいの頭の両脇には蝙蝠(こうもり)の羽を思わせる大きな耳。目玉はギョロリとまん丸く鼻は押しつぶされたかのように平たく、申し訳程度の毛皮の腰巻きをしている。彼等はゴブリン族と言う一つの種族だった。



「…ゴブリン」


 カインはそれらの生き物を目に小さく呟いた。


「オ前ハ、何者ダ! ココニ何ノ用ダ?!」


 頭頂部に二本の白色の角を生やしているゴブリンが威嚇しつつカインに簡易的な槍を向けてくる。周りを取り囲む角のないゴブリン等も同様に槍の切っ先をカインに向けている。



「まあちょい慌てんなって」


 カインはランタンを腰に掛け観念したように両腕を軽く上にあげた。



「…オ前…、『アイツ等』ノ仲間ジャナイノカ…?」


 リーダー格なのだろう、二本角のゴブリンは少し警戒をとき構えていた槍を外すように切っ先を上に立てた。そうすると他のゴブリン等も同じ様に槍の構えをとく。



「『アイツ等』?」


 カインがおうむ返しに聞き返せば二本角のゴブリンが小さく頷いた。



「山賊ダ…」

「…ちょい詳しく聞かせてくれ」


 リーダーのゴブリンの言葉にカインの片眉が訝しげに上げられた。






 ――二本角のゴブリン、シュマテャが言うには、彼等はこの先の山脈の麓にある山賊等から強襲に遭い、仲間を盾に近隣の村を荒らし作物や食料を奪って来いと言われているらしい。



「……」


 カインはシュマテャに招かれて、小屋の焚き火を取り囲む様に顎に手を添え胡座(あぐら)をかき話を聞いていた。


「その『山賊等』の名前とか知らないか?」


「名前ハ知ラナイ。我等ハ『仲間』ガ心配ナダケ…」


 シュマテャは気落ちした様に肩を落とし項垂れる。



「なぁ、一つ相談なんだが」


 カインが思い立ったように口を開くとシュマテャは顔を上げる。


「その山賊、俺が何とかしてお前等の仲間を取り戻すって言ったら、村への手出しは辞めてくれるか?」


「ソレガ可能ナラ、我ガ種族ノ敬意ヲ示ソウ」


 シュマテャは真剣な眼差しでカインを見つめ、カインはそれに対し意思を固めた様に深く頷いた。

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