第12話 冒険は常に命懸け

12話 冒険は常に命懸け



「……え…?」


 外に出たジャスティスは村の違和感に思わず声を洩らした。



(…誰も…、いない……?)




 ――そう。


 村には、来た時とは違い『誰も』いなかった。


 それは人だけではなく、家畜である山羊(やぎ)や鶏ですら姿がないのだ。



「…どう…、して……?」


 ジャスティスは困惑と呆気に取られたような複雑な顔をし、戸惑いながら目を瞬かせる。



 老人宅から、村の入口へと周りを見回しながらゆっくり歩みを進める。途中で足を止め――



(――誰もいない)


 人影はおろか家畜や動物まで姿が無く、まるで建物だけを残して生物だけが忽然と消えてしまったようだった。



「僕……夢でも見てる……?」


 あまりにも『有り得ない』光景を目の当たりにし、ジャスティスは自分が夢でも見ているのではと、目を数回瞬かせた。


 一度目を閉じて数秒待ってからゆっくりと開けては見たが、目の前の景色は変わらなかった。生きている物の気配が感じられない。



「…やっぱり、誰もいない。……どうして?」


 静かに呟きながらゆっくりと、辺りを探るように歩く。


 先日、通ってきた村の門まで来て再び立ち止まる。村を振り返って小さな溜息をひとつ吐いた。



「…みんな、どこ行ったんだろ…」


 そう呟いてジャスティスは顎に手をあてがい考え込む。



(…どこかに行った訳じゃないよね? だって家畜までもいないんだもん。……もしかして、消えた……?)



「…そんな事……」


 突拍子もない考えをした自分を慰める様に笑うジャスティス。でもそれは空笑いに過ぎず、すぐさま神妙な面持ちとなる。


「…本当に、みんな消えちゃった…?」


 自身を落ち着かせるようにジャスティスは呟く。



 もうこの村から出てしまおうか、そんな考えが頭をよぎる。



 色々と腑に落ちない事や気がかりな事はあるけれど、早めに港に向かいたかった。



 どうしようかな、とジャスティスが考えてその場をウロウロとしていると――




「…うぅ、グス……ッ」


「―…ッ!」


 どこからか幼い子の泣き声が聞こえたようでジャスティスは振り返り村の中央あたりに視線を向ける。



「誰かいるのッ?」


「…グスン、グス……」


 村の中央に位置する噴水のある踊り場。噴水の影に隠れる様にしゃがみ込んでいる小さな男の子の姿がジャスティスの目に入った。



「…キミ…一人なの?」


 ジャスティスは男の子がびっくりして怯えない様に優しく問いかけながらそっと近づいていく。



「…グスッ、…お…お兄ちゃん、だれ…?」


 男の子は頬に伝った涙を手の甲で拭いつつ少し怯えた瞳でジャスティスを見上げた。


「ぼ、僕は旅をしてて…昨日泊めてもらったんだけど…朝起きたら誰もいなくて……」


 ジャスティスは男の子を怖がらせないように慌てた感じで言い訳するように言い、男の子の前で片膝を地につけるようにしゃがみ視線を男の子と同じ高さにした。


「僕はジャスティスって言うんだけど」

 そう言い男の子を安心させるように微笑みかけるジャスティス。

「キミの名前は?」


「…ぼ、ぼくはパシューっていうの」


 男の子――パシューは、ジャスティスが危険ではないと分かりホッとしたのか小さな笑みを浮かべる。



「そう」

 ジャスティスも笑顔で頷く。

「…えっと。パシューのお父さんやお母さんは?」


 ジャスティスがパシューにそう聞けば、パシューは眉を悲しそうに下げて、


「…朝起きたら誰もいなくなってた。…お兄ちゃんみたいにいっぱい探したんだけどいなくて…返事もなくて…だんだんさみしくなってきて……」


 そこまで言って次第に言葉尻をすぼめたパシューの瞳にはジンワリと涙が浮かんでいる。



「ああごめんね」


 ジャスティスはパシューの頬につたった涙を拭い、


「つらいこと話してくれてありがとう」


 パシューを慰めるように、その小さな身体をそっと抱きしめた。



「ううん、大丈夫」

 パシューは首を横に振ってジャスティスの腕の中で小さく身じろぎして離れ、急に思い出したように


「あ。そういえば!」


「どうしたの? パシュー」


 ジャスティスが驚いて聞けば、


「みんなこっちにいるかも!」


 と言いながら、パシューは村の北の方へと駆けて行ってしまう。



「…待ってよ、パシュー」


 ジャスティスもまた立ち上がりパシューの後を追った。



 パシューは村の北側の山に続く門の前でジャスティスを待っていた。



「パシュー。みんなこっちにいるの?」

「うん。行こう、お兄ちゃん」


 ジャスティスが聞くとパシューは嬉しそうに頷き、早々にジャスティスの手を引きつつ村の北門を出る。


 


 


*****






(――まだお昼前なのに空が暗い)


 ジャスティスは、どんよりと曇った薄灰色をした空を仰いでそう思った。


 村に起こった異変を探るべく、パシューに連れられ村の北門からこの山岳へと足を踏み入れたはいいが元々寒い地方なので辺り一面は雪に覆われていた。


 所々見える砂利道を進んできたが、先立って行ってしまったパシューとは途中で逸れてしまった。



(…パシュー、どこ行ったんだろう…?)


 

 パシューが通ったであろう砂利道を、ジャスティスも同じように進んではみるが尾根から吹いてくる風によって行手が遮られている気がしてならない。それに加え空模様は今にも雪を降らしそうだった。



「ー…パシューッ?」


 北風で飛ばされそうになる外套(マント)を胸元で掴みつつ出会って間もない少年の名を叫ぶ。


 そうしたところで返事がある訳でもなくジャスティスの呼び掛けは風に乗って消え去った。




 当てもなく砂利道を進むと次第に空から白い斑点の綿埃(わたぼこり)のようなものが舞い降りてきた。



 ――雪が、降ってきた。



 ジャスティスは歩みを止めて空を見上げる。


 小さな雪粒は徐々に増えていきジャスティスの鼻や顔に当たっては染み込むように溶けていく。



(…どうしよう…。戻ったほうがいいかな)



 そう思い来た道を振り返るが――



「……え…?」


 ジャスティスは視界に入った景色に絶句し小さく驚きの声を上げた。


 道はもう既に無くなっており、あるのは辺り一面の真っ白な絨毯。



「…ぇ、ちょっと…待って……」


 信じられないという表情で呟くジャスティス。慌てて前方に目を向ける。


「…道が……」

 

 自然と漏れる声。


「…道が…ない……」


 ジャスティスはまた驚いて目を丸くした。



「え、どうしよう…戻ったほうがーー」



 

 ーーォォオオオン……!




「ー…ッ何? 今のッ?!」


 困惑し呟きかけたジャスティスの言葉尻に重なるように木霊(こだま)した何かの鳴き声。



「なんか、いるッ?!」


 即座に双剣を抜きあたりを警戒するように窺う。



 ――息をひそめ注意深く周りを見回すが特に何も見当たらない。


『何かの鳴き声が反射して聞こえたのかな』

 無理にでもそう思い込もうと少し力を緩めた途端、



 ーーウオォォォン!!



「ー…ッ?!」


 今度ははっきりとした【獣】の鳴き声。ジャスティスは瞬時に身構える。ゆっくりと視線をさまよわせると前方に黒い影が二つ。



「何あれッ? オオカミッ?!」


 ジャスティスが口中で小さく叫ぶとそれに応えるように黒い影は咆哮した。



 ウオオォォンッ!!



 それを合図に、四方から姿を現す黒い影が四体。前方にいる二体の影より一回り小さい。




(…ちょ、え……? 囲まれた…ッ?!)



 ジャスティスの前後左右の五メートルあたりのところに立ちはだかるように構える四匹の獣。この辺りを縄張りとしている狼の群れのようだった。


 行手を阻まれ四方を囲まれたジャスティスは身動きとれないでいた。双剣を握る両の手に微かな力が籠る。


 四方の狼等は低い唸り声を発しつつ牙をむき出しにして敵意を見せている。


 前方の少し高い位置にいる二匹の狼はリーダー格なのであろう、一匹がこちらに向かって一際甲高く鳴き声をあげると息つく間もなくジャスティスを囲んだ四匹の狼等が同時に襲いかかってきた。



「ー…ッ?!」


 ジャスティスは二匹の狼の攻撃を身体を翻してかわし、もう二匹の噛みつきを双剣にて受け止めた。



「……クッ…!」


 流石に山の獣だけあって力が強い。前脚で柄を押さえ込み上下の牙で刃の部分を挟むように咥え込んでいる。


 間髪入れずに残った狼等は突進してきてジャスティスの脇腹や背中に頭部をぶつけてくる。反動でよろけたジャスティスから一旦離れるように剣を咥えていた狼等が離れる。



「…ハァッ……」


 ジャスティスは苦しげに息を吐いて片膝を地につけた。



「…ちょ…待って、何で……あうッ?!」


 態勢を整えようと立ち上がった瞬間に狼等が頭突きを仕掛けてきてジャスティスの身体はよろめく。その隙を狙って二匹の狼が前脚の爪でジャスティスの脇腹と太腿を切り裂いていく。


「…クッ、痛(つ)ぅッ……?!」


 痛さに顔を歪めるジャスティス。彼が休む間もなく狼等は突進したり爪で引っ掻いたりしてくる。


 牙を剥き出して大きく口を開けた一匹の狼がジャスティスの左腕に噛みついてきた。


「…ク、アァァッ!?」


 ジャスティスは悲痛の叫びをあげたが無理に腕を引き抜こうとはしなかった。そんな事をしたら腕が引き千切れてしまうと本能的に悟っていたのであろう。


 その間にも狼等の猛攻はやまずに、背中や脇腹に突進や引っ掻きをジャスティスに浴びせてくる。それに耐えるべくジャスティスは両足に力を込めて踏ん張ってはいるが狼等は手加減はしてくれない。


 狼等は、【獲物】が弱り始めているのを感じたのか――残りの二匹はまとめて襲いかかってきた。



「…ゥアァァアアッーーッ!!」


 ジャスティスは左の太腿と右の脇腹を同時に噛みつかれてしまう。この世の断末魔のような痛々しい悲鳴が雪降る山に悲しく響いた。

 残りの一匹は、ジャスティスの右手の剣を奪おうと腕に前脚を引っ掛けて爪を立て柄を咥えてジャスティスの手から剣を引き剥がそうとしていた。


 ジャスティスは右手に力を込めてそのまま狼の口に柄ごと押し込むように振り下ろした。



『ギャンッ!』


 【獲物】の予期せぬ行動に不意をつかれた狼が低く鳴いてその場から離れた。そうすると周りの狼等に一瞬の戸惑いが生まれ、その機を逃さずジャスティスは右手で火の術を詠唱なしで唱えた。



「ー…ホウガッ!!」


『ゥギャウッ!!』


 眼前にまともに火の球を浴びた狼が痛々しい鳴き声とともに離れ、他の狼等もジャスティスから一旦退いた。



「…ゥ…グゥゥ……ッ!」


 喉で呻いて両膝をつくジャスティス。左手で噛まれた右脇腹を抑えて小さく、「キュピレイ」と、唱えた。傷を浄化し傷口を治す簡易的な治癒の術だが、脇腹の傷は思っていた以上に深く傷口は塞がらず血が徐々に滲んできている。




 ――ゥウウウゥゥ…ッ!!




 頭部にジャスティスの術を食らった狼は致命傷だったのか側で倒れていたが残りの三匹は【仲間】を失ったのか更に凶暴な敵意の気配を醸し出していた。



 ジャスティスはその場で動くことも出来なかった。腕や腿、脇腹からは流血し意識が朦朧としてくる。



(…これ、が冒険……?!)



 自分が密かに思い描いていた【冒険】とはあまりにもかけ離れており、愕然とすると同時に身を持って思い知らされた。



(…常に、危険と死と隣り合わせ……。僕が今までしてきたのは……単なる冒険『ごっこ』だったんだ……。実際は…こんなにも厳しい、事…だったんだね……)



「…フ…。フフフ…」


 ジャスティスは自分の浅はかな考えに心底嫌気がさし、またそんな自分を嘲笑うように笑みをこぼした。



「…一人だと、こんなにも何も出来ないんだ……」



 ――そう。


 森ではロウファと。城から抜け出す時はカインと。


 ジャスティスは、一人で冒険するという過酷さをここでようやく理解したのだった。



 少ない力を振り絞ってジャスティスは立ち上がる。武器は左手の双剣だけになっていた。


 背後から再び狼が背中を引き裂いてくる。よろめく瞬間に左の脛(すね)に噛みついてくる狼。


「…ッ、ゥ…ッグゥッ……!」


 苦痛に顔を歪めるジャスティス。脛に牙を入れる狼を睨みつけ柄を狼の眉間に思いっきり叩きつけた。鳴き叫び離れる狼。横から狼の体当たりをくらいジャスティスの身体は力なく地面に打ちつけたれた。



 ――横たわったジャスティスはどうにかして半身を起こす。前方と左右に立ちはだかる狼達。



「……」


 ジャスティスは何かを悟ったのかふいに虚ろな表情となる。引っ掻かれ噛まれ、大量に出血し、意識は既に失っているのかも分からない。傷口はドクンドクンと脈打ち、力はもう入らない。




(…僕…。ここで、死ぬ…のかな……)



 そんな事がジャスティスの脳裏に浮かぶ。




(…死ぬ? 僕が? 狼に襲われて? …ああ僕。ここで死んじゃうんだ……。…カインさん…ごめんなさい。僕…港に行けません。……ロウファ…。キミとは…仲直り…したかった……)




 ――呼吸が荒くなる。目の前には、狼が口を開けて突進してくる。瞼が重い。寒い。でも、もう疲れた。眠い。疲れた。視界が白く霞む。



 ジャスティスは目を閉じる。



 彼の意識はそこで途絶えた――

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