第11話 その村の名は

11話 その村の名は



 ――ジャスティスはまたファルフォム丘道を東に進む。朝日が目の前にあり少し眩しいくらいだ。


「…いつになったら港に着くんだろ」

 ある程度の舗装された道を眺めつつひたすら歩く。太陽が頭上に来る頃ジャスティスはその村に到着した。


 丘道を登りきったあたりの丘の中腹にシエンタ村はある。


「こんな所にも村があったんだ…」

 村の簡素な木の門をくぐるジャスティス。辺りを物珍しそうにキョロキョロと物色していると、


「これは珍しいな、こんな所に何か用か?」


 畑を耕していたであろう、鍬を担いだ男性が声をかけてきた。


「えっと…あの港に行きたくて…」

「『港』に?」

 ジャスティスが当たり障りなく言えば、男性は農作業を止め鍬を置くと意外そうにジャスティスを見回してきた。



「坊主…、どっからきたんだ?」


「あ、ディズドからですけど…人と港で待ち合わせしてて」


 ジャスティスがそこまで言うと男性は何かを察したのか、すっとジャスティスに近寄り、

「…お前、ハンター資格あるか?」

 小声で呟くようにジャスティスに聞いてきた。


「……」

 ジャスティスもそんな男性に倣うよう声を出さずに首を縦に振る。


「…そうか」

 男性は顎に手を充て思案顔で俯き暫し考え事をする。


「あの…でも。学校で自動的に資格得ただけなので実践経験はないですけど……」


 何かハンターとしての仕事を頼みたいのだろうと思ったジャスティスは、自分にはハンターとしての実践経験がない事を慌てて告げた。


「…いや。そうじゃないんだ」


「どういう事ですか?」


 小さく頭を振るう男性にジャスティスは首を傾げる。


「……」

 男性は言おうか言わないか迷っている風だったが、意を決して『よし』と一つ頷くと、

「お前、他の奴に頼まれ事されても絶対に引き受けるなよ」


「え? あ、はい。…分かりました」


 男性のあまりにも真剣な面持ちにジャスティスは戸惑いながらも小さく頷いた。



『じゃあな、坊主』男性は短くそう言うと逃げるようにその場を後にして畑に戻り顔を隠すように俯きがちで作業を再開した。



 そんな男性にジャスティスは少し不思議に思いながらも、村の半ばまで足を進める。

 二日ほど日を越したので早めに港には行きたかったが、太陽の位置を考えると今日あたりはこの村で一夜を過ごした方が良さそうだった。

 

 再び辺りを見回していると、かなり歳の老いた男性がこちらへとやってきた。身なりからして農民のようで、革のズボンやチュニック、ウールの外套(マント)を羽織っている。


「おや? 旅人さんかの?」

 老人はジャスティスを見るなりにっこりと笑いかける。それに対しジャスティスは無言で頷いた。


「坊やは、これからどこまで行くんだい?」


「……」

 優しく問いかけるように老人に言われ少し考えるジャスティス。

「…えっと。港まで…人と、待ち合わせしてて……」


「港に?」

 老人は目を丸くして、

「…今からだと途中で日が暮れてしまうよ?」

 少し言い聞かせるような素振りを見せる。


 その事はジャスティス自身も分かってはいたが、最初に会った男性の言葉を思うと一刻も早くこの村から出たかったが、



 キュルルル……



 それを阻むようにジャスティスのお腹が情けない悲鳴をあげる。


「おやおや」

 老人が再び目を丸くすると、


「…す…すみません」

 ジャスティスは恥ずかしくなって俯いてしまった。



「…坊や。もしこの村で一夜明かすなら、迷惑でなければ儂(わし)んとこ来るか?」


「…ぇ…で、でも……」

 老人にそう言われジャスティスは少しだけ躊躇する。最初に会った男性に言われた事が、心に引っ掛かっていたからだ。


「…無理に、とは言わないが……」


「…あ、いえ。そうじゃなくて」

 ジャスティスは慌てて首を横に振り、

「…ご、ご迷惑じゃないかって……」

 小さく呟いて俯いてしまう。


「なんのなんの」


 老人もまたジャスティスと同じように首を横に振った。


「儂には坊やくらいの孫がいての」

 戸惑っているジャスティスの外套の裾を後手に掴んだ老人はそのまま自宅へと足を進める。


「…は、はい……」


 老人に裾を掴まれ断るに断りきれなかったジャスティスは、情けなくも老人に連れていかれる状態となり仕方なく老人の歩調に合わせて後をついていく。



 ――老人の家は小さく粗末な作りだったが、中に入るとおしゃれなテーブルや椅子、食器類が整頓された台所など、老人の見た目からは思いもよらない雰囲気の内装だった。奥の部屋は、何かを作業するようなスペースがあり作業台のような物が目に入る。



「…素敵なお家ですね」

 ジャスティスは直感的に感想を漏らした。



 自分も家庭を持つようになったらこんな感じの家に住みたいなぁ、なんて呑気な事を思ってしまう。(…そんな相手、今はまだ居ないけど……。)心中で唇を少し尖らせるジャスティス。確かに今、自分が置かれている状況では色恋沙汰どころではない。そんな憂鬱な気分を払拭するように小さく溜め息を吐く。



「…粗末なモンだけんど、おあがりなさい」

 老人は、木のボウルに入ったチーズを乗せたパンをテーブルに置き椅子を引くとジャスティスに座るよう促す。


「…すみません」

 ジャスティスは外套や荷物を傍らに置くと遠慮がちに椅子に腰掛けた。


 ご迷惑だろう。そうは思ったものの背に腹はかえられない。先程からお腹が空腹を訴え続けていたのだから。因みに――明け方ドワーフのラオに貰った干し肉はここに来るまでの道中で平らげてしまっていた。



「頂きます」

 老人が向かいの席に座ったのを見計らってジャスティスはパンに手をつけた。

 

 パンに乗せてあるチーズは、少し炙ってあるのか程よい蕩け具合になっておりパンとよく合う味で、ジャスティスは初めて食べたようでとても美味しそうに食べている。




 向かいの少年は余程お腹を空かせていたのか、ほんのニ、三口で食べ終えてしまったので老人は呆気に取られつつも、

「ははは。良い食べっぷりだ」

 目を細めて笑い、自分用のパンを器ごとジャスティスに差し出す。


「…こ、これ…」

 ジャスティスが再び困惑して向かいの老人を見ると、

「儂(わし)はいい。坊やが食べなさい」


「…す…すみません…」

 ジャスティスは恥ずかしくなって俯いてしまったが好意を無碍(むげ)にする訳にもいかずおずおずと差し出されたパンを食べ始めた。



「はぁ、美味しかった」


 差し出されたミルクを一気に飲み干してジャスティスは満足したように笑みを浮かべる。


「坊やは本当によく食べるねぇ」

 老人は少し呆れたようだが、嫌味ではなく感心しているようだった。



「…す、すみません。美味しかったので…」


 ジャスティスは、はしたない姿を見られたと思い、恥ずかしくなって俯いてしまう。



「いやいや」老人は優しく首を横に振り、「よう食べるのはいい事だ」言って、ウンウンと頷いている。



 ――窓から見える景色は既に真っ暗で、老人は立ち上がるとジャスティスを【客間】に連れて行き、

「…些末な寝床だが、もう休みなさい」

 サイドテーブルに持ってきた角灯(ランタン)を置く。



「あ、ありがとうございます」


 ジャスティスは荷物を置くと老人に頭を下げた。



『なんの、なんの』

 老人は柔和な顔で首を横に振るう。



「…明日は、早くに旅立ちなさい」

 

 ――客間から出て行く際、老人は背中越しにジャスティスにそう呟いた。



「…どうして、ですか?」

 ジャスティスが首を傾げ静かに問いかけると、



「……」

 老人は小さな溜息を吐いてジャスティスの方に向き直る。

「…この村は…長居しない方がいい……」

 低く囁くように呟いた。



「…はい」

 ジャスティスは素直に頷いて眠るために目を瞑った。



 老人が部屋から出ていったのを気配で確認したジャスティスは目を開ける。




 ――あんな風に言われたら、気になって眠れないよ…。

 初めに会ったおじさんも何か変な感じだったし……ここのおじいさんだって『村には長くいない方がいい』なんて言うし。


 この村に一体何があるんだろう――?



「……」


 ジャスティスは自然と小さな溜息を吐いた。


 彼は少しでも気になる事があると首を突っ込みたくなる性分で、後先考えずに先走る事も多々ある。そんな彼の天真爛漫とも言える性格をよく知る者は、半ば諦めにも似た感情で心優しく見守ってくれていたらしい。



 明日になったらもう一度おじいさんに聞いてみようかな。



 そんな事を頭の片隅で考え、ジャスティスの思考は睡魔によって遮断されたのだった――






 ――東の空から太陽が顔を覗かせる頃、ジャスティスは目を覚ました。

 一晩泊めて貰ったお礼ついでに、昨夜のおじいさんの言葉がどうしても気になっていて――ジャスティスは身支度を早々に済ませて部屋の扉を開ける。



「おじいさん、おはようございます」


 奥の作業場にいるんだろうな。


 と、勝手に思い込み少し大きな声を掛けてはみたが返事はなかった。



「―…おじいさん?」


 不思議に思ったジャスティスは、少々失礼だが台所の方まで見に行ったが老人の姿はなかった。


 部屋の辺りを伺いつつ、何度も老人を呼んでみるが返事はなく姿も見えない。



(…外に、行ったのかなぁ……)



 そう思い、ジャスティスは荷物を持って老人宅を後にした。

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