第14話 ディザイガの新騎士団長

14話 ディザイガの新騎士団長



「そうと決まったら少し寝かせてくれるか?」


 ゴブリン族が住まう小屋の中。


 集落のリーダーであるシュマテャと焚き火を囲んでいたカインは、タドット村とゴブリン族の【困り事】を引き受けたはいいが今はもう真夜中を過ぎている。流石に睡魔に襲われてきた。


「…オ、オオ、ソウダナ」


 その場でゴロンと横になるカインの姿を目の当たりに、シュマテャは丸い瞳を更に大きくし呆気に取られた表情となる。他のゴブリン等と目配せし仕方なさそうに肩を竦めた。


 そんなシュマテャ達を他所(よそ)に、カインは早々にイビキをかきつつ寝入ってしまった。




 ――カインは数時間後に目を覚ます。盛大な欠伸(あくび)と共に身体を起こし辺りを寝ぼけ眼で見やる。焚き火を囲う様にして小屋の壁際辺りに数体のゴブリン達が大の字で寝ている。その中にシュマテャの姿はなかった。藁(わら)で編み込まれた扉らしき幌(ほろ)をめくりすぐ側に設置された縄梯子(なわばしご)をつたい地上に降りる。



「オ前、早起キダナ」


 拓けた場所の集落の踊り場にシュマテャはいた。目の前には焚き火があり、その周りには串に刺さった干し肉やキノコ類が焼かれておりカインの食欲中枢を刺激する香りを醸し出している。



「…悪い。だいぶ寝ちまった」


 バツ悪そうに頭を掻くカイン。


「ナンノ」

 シュマテャは小さくかぶりを振るうと、

「腹ゴシラエスルトイイ」

 丁度いい頃合いに焼けた肉をカインに差し出した。


「ご馳走になるぜ」


 言うや否やカインは差し出された肉付き串をひったくる様に受け取りガツガツと平らげる。途中、キノコ串やらも数十本は食べたであろうようやく満足したようで、


「あ〜美味かった。早速だけどもう行くわ」


 口の中で【ゲップ】をしつつカインは足早に集落を後にした。



 朝日が登りカインの背後から陽の光が差し、カインはその光に沿ってウェイター森林のけもの道をひたすら西の方へ進んでいく。小一時間ほどかけてようやく木々がまばらになり少し枯れかけた平原を裂くように丘が見える。



 ――【奴ら】はその丘を拠点としていた。


 簡素な作りではあるが防寒の効いた小屋や生地の厚い幌を使ったテントなどを設置し数十人程の山賊等が生活をしているようだ。


 カインは膝を折ってしゃがみ、そのままの姿勢で拠点にいる彼等に気づかれないよう極力気配を殺し少し迂回しつつ拠点内に近づいていく。小屋の裏手に回り込むと荊棘(いばら)を組み編んだ【牢(ろう)】とおぼしき建物が隅にあった。目を凝らしよく見ると牢の中には、かじろうて身動きが取れるであろうゴブリン達が閉じ込められていた。



(…成程。シュマテャが言っていた通りだな)



 カインはそう思い、小屋の真下の隙間に身体を潜らせる。小屋は地面から一メートル程高い位置に建設しており、カインがしゃがむと難なく潜れるくらいの空間はあった。その場で耳を澄ませるカイン。


 小屋の中には二、三人程の人物。周りには――拠点の入り口に見張りが二人。他の小屋には誰もいない。テントの中にも人の気配はなさそうだ。



(…五、六人はいるか)



 そんな事を頭の片隅で確認しつつカインはその身を入り口付近のテントの裏側へ移動させる。



 先ずは入り口の二人――そうカインが思い立った時だった。



「おい! 何かやってくるぞ?!」


 入り口を見張る山賊の一人が突如声をあげた。


「ー…ッ!?」


 カインは驚き声が漏れないよう片手で口を塞ぐ。『見つかったか?』、そう感じたのだがどうやら自分の事ではないらしい。声を上げた山賊が見る先は真北に繋がる細道。この道はウェイター森林を迂回する形で造られたタドット村から続く道だった。


 見張りが騒ぐ中、小屋から風格の良い大男がのっそりと姿を現した。


「何事だァ!」


 大男の第一声が拠点内に響き渡る。


「サンポーさん! 何者かの隊がこちらに向かって来ます!」


 カインは気配を隠しつつしゃがみながら拠点から少し離れた位置へと移動する。少し急斜面になった岩肌を登り窪みがある場へ行くと拠点全体とその周りが良く見渡せた。正面から陽の光に照らされて山賊等からは丁度死角の位置となる。



「…なんだあれは?」


 サンポーと呼ばれた大男は入り口まで移動し手を目上に掲げ見張りが指す先を訝しく見据える。



「…あれはッ?!」


 迂回道からこちらへやってくる団体の中にある人物の姿を見つけたサンポー。


「…お、お頭ァ…ッ!!」


 大声で叫びつつ駆け出していくサンポー。



 ちょうど拠点の手前でサンポーの行く手はお付きの騎士等によって遮られた。



 その様子を岩場の影から見守るカインもまた【お頭】の姿を目に、驚愕の表情を浮かべる。



(お頭って、あのモンテロウの事かッ?)



 カインは、両手を後ろ手に縛り上げられているサンポーと同じくらいの大男に見覚えがあった。縛られている大男の名はモンテロウと言う。この山賊達の【頭】、つまりは代表者である。モンテロウとは【賊】での繋がりで面識があった。


 とある事情でディザイガ城の大臣は、【賊達】にある依頼をしてきた。普通の依頼なら斡旋所を通す筈だが、大臣からの依頼は【極秘裏】に行ってほしいとの事もあって賊達なら働いてくれるだろうと、この国中の賊とやらを集めての極秘裏にしては大々的な依頼だった。


 依頼の内容は、この国のどこかに眠る世界の秘宝である、【理(ことわり)の指輪】を見つけてきてほしいとの事だった。理の指輪、またの名を【エレメンタルリング】と言い、この指輪は世界の理を示す宝玉をつけており、この国に代々伝わるエレメントの力は【欲望】であり、それに伴う宝玉はオブシディアン、つまりは黒曜石(こくようせき)が埋め込まれた指輪の事である。



 そして偶然にも、モンテロウはエレメンタルリングを見つけたのだった。だが手柄はカインに譲られた。

 モンテロウは大臣の不穏な動きを危惧したか、カインにある思いを託し別れた筈だった。



 カインが捕まったのはこのせいである。カインは指輪を手に大臣の元を訪れが、これを機にして大臣はカインが指輪を盗んだと疑いをかけ牢獄に入れたのだった。その後のカインは脱獄し今に至ると言う事だが――




「聞け! 蛮族ども!」


 詰め寄るサンポーを払いのけて、拠点の入り口まで足を進めてくるディザイガ城の騎士等。



「――先日、この国の秘宝を盗み出した賊の一人が脱獄をした。皇妃(こうひ)はこの事につき大層ご立腹であられる。この国を脅かす蛮族どもが奴を匿っていないか、または結託していないか――」


 前口上のように拠点全体に響く声で一人の騎士が言うと、拠点内から賊達は少し騒めきつつも騎士の言葉を聞いていた。


「――よって、皇妃の命(めい)によりこの国の悪しき賊どもを全て残らず排除するに至った」



(…何? もしや『脱獄した賊』ってのは俺か?!)


 カインは岩影に身を潜めつつ騎士の言葉を聞いていた。



 ざわめきを見せる拠点内の山賊ども。



「どういう事だぁッ?!」


 騎士等に怯まずサンポーが前に躍り出る。手は既にシミター (三日月刀)を握っていた。サンポーの迎撃とも取れる行動はあながち間違いではなく、他の賊達もサンポー同様に武器を手にしている。



 騎士等の目的は、【頭(かしら)】は言わば囮(おとり)で本来は賊の一掃を行う事であった。



「…『どういう事』とは?」


 サンポーに対峙するように一人の赤髪の少年が受け応える。



「…何だァ? この小僧は」


 サンポーは後ろの仲間らを庇う様に少年の前に立ち塞がり威嚇しつつ少年を見据えた。



「貴様ッ、新騎士団長に向かって……ッ」


 一人の騎士が、サンポーと少年の間に割り込むのを少年は黙って手でそれを制した。


「ーー俺はディザイガの新しい騎士団長になったロウファ・アシュトンという」


 名を名乗ったロウファはゆっくりと槍を構えて、


「…俺の初陣の手柄となってくれないか?」


 にやり、と笑いながら槍の切っ先をサンポーに向けた。



(ロウファ…? どこかで聞いたような…って、あれか! ジャスティスの級友のロウファか?!)



 カインは、『ロウファ』と名乗る少年の名に聞き覚えがあり、探るように少年を見やる。

 


「ふざけるなァ! お頭を離しやがれッ!」


 サンポーもまた三日月刀(シミター)の切っ先をロウファに向ける。その瞬間にロウファが先に動いた。


 ロウファは槍の先をやや下段に構えサンポー目掛けて槍を素早く突き出した。しかしながらサンポーは難なくそれを避けて、


「動きはまあまあ早いな」


 好戦的に笑いシミターを斜め横から振り上げてロウファの槍を弾いた。



「ー…次!」

「…おおっと!」


 叫ぶや否や槍を手に突進してくるロウファを間一髪で避けて身を翻すと同時にシミターを振り降ろすサンポー。彼が降ろしたシミターの刃はロウファの繰り出した突きを上段から打ち止め、双方の武器が擦れ響いた音と共に二人はまた間合いを取るべく距離を開けて離れた。


 サンポーとロウファの戦いに感化され周りの騎士たちも残る他の山賊らを始末するべく刃を向け、山賊等の拠点は騎士と賊等の交戦の場と化した。

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