全うする

(だからローザもララの元から去ったのね……)


 ユリウスが言っていた。

 ローザは書き置きを残して、あっさりと去ってしまったのだと。

 それはもしかしたら、リルレナの神聖力が薄れてきたララに、もう忠義を尽くす必要はないと思ったからなのかもしれない。


「どうしよう、この話が本当なら、クロムウェル領のみんなは……!」


 色々なことが一気に起こって、メリーアンはパニックを起こしそうになっていた。

 

(私、すぐにみんなのところに行かなきゃ……!)


「落ち着けよ」


 焦るメリーアンを、エドワードが冷静になだめた。

 

「先に魔獣の件で探りを入れているが、今のところ目立った大きな被害はない。湧き始めてるミアズマが、まだそんなにないんだろう。こちらからすぐに陛下に連絡しよう」


「そうですね。クロムウェル領には〝慈愛とフリージアのエリス〟の神殿があります。すぐに連絡を入れて、領民たちに浄化の祈りを施せば、まだ大きな問題にはならないでしょう」


「……そうよね、冷静にならなくちゃ」


 メリーアンは冷静にならないと、と言い聞かせつつも、暗い気持ちになってしまう。


(みんなで、白銀の大地を取り戻そうって。そのために毎日毎日頑張ってきた)


 ミアズマのせいで作物も上手く育たず、魔獣の被害で人が死ぬ。

 そんな生活でも、いつか神に選ばれた者が現れ、この地を浄化してくれると信じて、毎日頑張ってきたのだ。

 メリーアンはもう、ユリウスの婚約者でもなんでもない。

 それでもあの地で育ってきたことには変わりない。

 あの場所で、メリーアンはたくさんの人と交流し、思い出を作ってきたのだ。


(こんなのって、こんなのって……)


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 ユリウスの浮気が、ここまで大変な事態を引き起こしてしまうとは。

 

(ユリウスは、ただではすまないわね……)


 ミアズマランドの浄化は、国の悲願でもある。

 塩の産地でもあるクロムウェル領を復興させれば、国としても十分な利益を得られたはずだ。


(私……みんなのところに行きたい)


 だけど。


(私には今、やらなければいけないことがある)


 メリーアンは、妖精の展示室の管理人候補だ。

 あの場所を離れるわけには行かない。

 最後まで責任を持って、責務を全うする。

 それがメリーアンの使命だ。


「大丈夫だ、メリーアン」


 拳を握りしめていると、エドワードに肩を捕まれた。


「すぐに陛下に連絡を入れる。あとは国がうまくやってくれるはずだ」


「エドワード……」


「私たちもすぐに動きますぞ」


 ハイプリーストも頷いた。


(どのみち、私が戻ってできることなんて、何もないものね)


 エドワードが、メリーアンの前に膝をついた。


「俺を信じてくれ。必ずどうにかする」


(いつだって、エドワードは私を助けてくれた)


 メリーアンの中にあったのは、エドワードへの揺るぎない信頼だった。


(じゃあ……エドワードのために、私は何ができる?)


 ──私は、妖精の展示室の管理人に、なるのよ。


 メリーアンは滲んだ涙をゴシゴシと拭って、立ち上がった。


「……クロムウェル領を、よろしくお願いします」


 任せられた仕事を、全うするのだ。

 今日この日まで。

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