マグノリアからの手紙

 ライナスと別れたメリーアンは、再び神殿の自室に戻った。

 ふと机に置いてあったマグノリアの手記が目に入る。


(そう言えば、手紙……)


 ララとユリウスの騒動ですっかり忘れていたが、このマニュアル本の中には手紙が挟まっていたのだ。

 メリーアンははっとして、本を広げて手紙を手に取った。

 

(次の管理人へ……ってことは、私が読んでもいいってことよね?)


 正確には、候補なのだが。

 メリーアンは少し考えると、ペーパーナイフで慎重に手紙を開封した。

 万が一自分が管理人になれなかった場合、次の管理人に少しでも綺麗な状態で渡したかったのだ。


(マグノリアの字だわ……)


 メリーアンは手紙の内容を目で追い始めた。


     *


 次の管理人へ


 これを読んでいるとき、あなたがひどく落ち込んでいるのではないかと私は想像します。


 なぜなら、私自身もそうだったからです。まだ何も妖精たちについて知らなかったころ、彼らについて勉強していくうちに、人間たちの愚かな行いに心底絶望しました。自分がアストリア人であることが、恥ずかしくなったこともあります。


 もしかすると、周りの方々は、私がとても良く妖精の展示室の管理をしていたと言うかもしれません。でも本当のところ、ちっともそうではありませんでした。何度も失敗を繰り返しましたし、きっと妖精たちを失望させたことすらあると思います。ですが彼らは、私を見捨てませんでした。


 妖精たちは純粋です。

 残酷な歴史があったと言うのに、それでもまだ、人間の可能性を信じて待っています。それは彼らの中に、人間と穏やかに共生していた頃の幸福な記憶があるからです。その記憶を大切にしているからです。


 彼らは、人の善も悪も、全てを含めて愛しているのです。


 妖精同士でも、時々感情が複雑に絡んで、ぶつかり合ってしまうことがあります。ですが誠実な気持ちで、その絡んだ糸に手を伸ばしてみてください。

 妖精たちは純粋で、問題はいつだって単純です。

 妖精たちは、管理人が嘘つきなら、嘘つきになりますし、自分にすらできもしないことを強いてくるなら、その言葉には従わないでしょう。


 ですがあなたが誠実であれば、妖精たちも誠実になります。

 大切なことは敬意を忘れないことです。

 いつも誠実な心でいることです。

 迷ってしまったら、なんのために博物館があるのか、よく思い出してください。


 どうか自信を持って。

 あなたの意思が私の意思です。

 どうぞあなたの思うがまま、その道を歩み続けてください。

 私はあなたを信じます。



 心からの敬意を込めて。


 マグノリア・ケイコ・メロウズ


     *


 目の端に浮かんだ涙をそっと拭って、メリーアンは手紙を読み終えた。


「……素質があるとか、選ばれたからじゃないの。私がそうしたいと思ったから、そうしたの。あなたがそれでいいと言うなら、こんなに心強いことはないわ」


 窓から風が入ってきて、そっとメリーアンの背を撫でた。

 まるで誰かが背中を押してくれたみたいだ。


 メリーアンは手紙をおくと、手紙が挟まっていたページを確認した。


 

 〝仲直りのマーブルパウンドケーキ〟

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