メリーアンの意思

「……いいえ、いいえ。当たり前だわ、そんなこと。礼には及びません」


 慌てて首を横に振ると、ライナスは顔をあげて、力なく微笑んだ。


「心の余裕がなくて、いろんなものが見えていなかった。すまなかったね」


「……それは、みんなそう。あの神殿に来る人の多くが」


 そう言うと、メリーアンも微笑み返した。

 

(この人も、私と一緒ね)


 どこか暗い道を歩いているような、不安げで疲れているような顔をしている。ライナスもメリーアンに対して、同じことを思ったのだろう。メリーアンの隣に並ぶと、静かにフェアリークイーンの人形を眺めた。


「体調はいかがですか?」


「……まあまあかな。外へ出てみると、少し気分がよくなったよ」


 メリーアンは頷いた。


「この博物館に来ると、特に気が紛れます」


「……展示物を見ていると、その昔、黄金の時代を見ているような気分になる。辛いことから視線を逸らせるのは、いいことなのかもしれない」


「……」


 メリーアンも最初、そのようにしてこの博物館に入ってきたことを思い出した。何も考えたくなかった。だからただ一心に、がむしゃらに、ここで働き続けてきた。


(……でも今は、もう違う)


 メリーアンは、ふと気づいた。


(私、ここで働きたいから、働いているんだわ)


 勉強は楽しい。

 もっとここで、妖精のことを知りたかった。

 だからここで、夜間警備の仕事を続けたい。

 妖精たちと関わり続けて、いろんな話を聞きたいと思った。


 ユリウスとは、もう二度と元の関係には戻れないのだろう。

 それでも、メリーアンはさっきエドワードに言った。

 ここで働くことが、私の役目だからと。


(ずっと暗い道を歩いていた)


 だけどもう、遠くの方に、小さな光が見えているような気がした。


 わかったのだ。

 メリーアンは、ユリウスがいなくても、もう大丈夫なのだと。


「なぜ妻だったんだろう、と何度も考えて、その死を受け入れられずにいた。その理不尽さに怒ったりもした。だけどもう、彼女はここにいないと受け入れると、ひどく悲しいて、ただただ寂しい」


 いつかフェーブルが言っていたことを思い出した。


 大きな悲しみに出会った時、人は最初、それを否認する。

 そしてなぜ自分なのかとその理不尽さに怒りを感じる。その理不尽な出来事をどうにか解決できないかと必死に交渉し、最後には諦めて憂鬱な気分になる。


 ──でも、それを抜けると、希望が湧いてくるよ

 

「私は、いつかこの暗い道を抜けるのだろうか」


「……」


 ライナスの問いに、無責任にはいとは言えない。

 だがメリーアンはじっとライナスを見上げて、静かに頷いた。


「そうであればいいと、心から願います」


 メリーアンは想像する。


 遠くのほう。

 暗い道のその先で、妖精たちの瞬く光が、メリーアンを待っている……。

 


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