ライナス

「本当に馬鹿な男だな」


 二人が去ってからしばらく、メリーアンは疲れたように、長椅子に座っていた。いつの間にやって来たのか、隣にはエドワードがいて、メリーアンと同じようにステンドグラスを眺めている。


「……そうね。最低のクズ野郎よ」


 メリーアンは自嘲気味にそう言った。

 

「……今日はありがとう。エドワード。不快な思いをさせてしまってごめんなさい」


 エドワードがそばにいたからこそ、メリーアンは勇気を出して、冷静にユリウスの話を聞くことができたのだ。それでもショックなものはショックなのだが、やはりそばに誰かがいるのといないのとでは全然違う。

 静かな声でそう言うと、エドワードは真っ直ぐ前を見つめたまま、ボソリとつぶやいた。


「あんたの方が傷ついて、よっぽど不快だったろうよ。俺はただ、そばで聞いていただけだ」


「……いいえ。そばにいてくれただけで、救われたわ」


 そう言って、メリーアンは疲れたように微笑んだ。

 二人の間に沈黙が落ちる。

 しばらくしてエドワードがぽつりと呟いた。


「あんたとこうして出会ったのが、今の俺でよかった」


「……?」


「十代後半よりも、二十代後半の方がまだマシだ。いろんなことが我慢できるようになった」


 それって、どういう意味?


 聞き返す前に、エドワードはメリーアンの髪をくしゃくしゃと撫でた。


「きゃっ!? 何するのよ!」


 メリーアンが首をプルプル振って髪をすいていると、エドワードはニヤッと笑って立ち上がる。

 メリーアンが抗議する前に、さっさと歩き出してしまった。


「辛かったら、今日くらい休んでもいいぞ。別に一日くらい、どうってことないからな」


 振り返りもせずに、エドワードはそう言う。

 メリーアンはムッとして、思わず言い返してしまった。


「休まないわよ! だって私の役目なんだもの!」


 エドワードは答えず、手をひらひらと振って神殿を出ていったのだった。


     *


 エドワードに言い返したものの、確かに精神的には疲弊していた。

 ただ体が元気で丈夫なのは、メリーアンのいいところである。

 メリーアンは神殿でじっとしているのも嫌になって、気づけば博物館の、妖精の展示室にふらふらと立ち寄っていた。午後の展示室には客がたくさんおり、夜の静かな雰囲気はあまりない。


(ねえルルル。私、ちゃんとユリウスと話したよ。パブもこれで納得してくれるかな)


 月を見上げるルルルの人形を見ながら、そんなことを思う。


(でも、結局、私は仲直りできなかったけど……)


 どうしたものか。

 話あえばどうにかなると言った手前、あまり自分の失敗はパブたちには話したくないなと思ってしまった。


(あれ? あの人……)


 しばらく考え込んでいると、ふとフェアリークイーンの人形を見つめている人物がいることに気づいた。


(ライナスさんだわ)


 妻と子どもの埋葬を行って以来、祈祷場でずっと祈りを捧げ続けていたが、今日は珍しく外出したようだ。

 その顔は疲れているように見えるものの、食事をしっかりとっているおかげか、荷車を引いてやってきた時よりはずっと顔色が良くなっていた。

 近くでメリーアンがじっと見つめていたせいだろうか。

 ライナスは視線に気づいたのか、メリーアンの方を振り返った。


「君は……」


 神殿ですれ違ってはいたが、直接話したことない。

 自己紹介しようかと思ったが、ライナスはそれを遮った。

 ライナスはメリーアンの元へやってくると、静かに頭を下げた。


「ずっとお礼を言いたかったんだ。私がこの街にやってきた時、君は荷車を押して神殿へ運び入れるのを手伝ってくれたね。あの時は本当にありがとう」


「えっ……」


 メリーアンは驚いた。

 まさか覚えているとは思わなかったのだ。


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