ララの言い分

 だが、これではっきりした。

 やはりメリーアンとユリウスが、元のような関係に戻れることはないのだと。

 いや、最初から明白ではあったのだが、メリーアンはその事実を受け入れらずにいたのだ。けれど今はもう、二度と元のような関係に戻れないのだと、メリーアンは静かにその事実を受け入れていた。


(ライナスと同じだわ)


 妻と子どもを亡くした彼も、最後は静かにその死を受け入れた。

 悲しみはきっとこれからも続く。

 それでも受け入れることは、前に進むための大きな一歩になる。

 

「私たちはもう、一緒になれないんだね」


「……本当に、すまなかった」


 ユリウスは深く頭を下げた。

 それを見て、メリーアンは悲しい気持ちになる。


 いくらメリーアンが願ったって、彼はララと進む未来を選ぶのだろう。

 馬鹿な男だが、自分のしでかした罪の大きさは、よく理解しているようだ。ララはこれから、自分の体を傷つけてまで子どもを産む。父親となってしまったユリウスが、それを放っておくことは決してない。

 そしてメリーアンを傷つけた罰は、金銭で支払うのだ。

 もしもララの立場が聖女などではなかったら、きっと立場は逆だっただろう。改めて思う。なぜ聖女になど手を出したのかと。 


 メリーアンはひどい脱力感を感じた。


「……分かったわ。もういい」


 話し合ったけれど、心はスッキリしなかった。

 ただ、二人の関係の結末がはっきりしただけだ。

 なんだか、モヤっとするような終わり方だと思った。


     *


「……そろそろ戻ることにするよ」


 沈黙が落ちた聖堂に、ユリウスの声がぽつりと響いた。

 メリーアンも頷いて、二人は立ち上がる。

 その時、聖堂の扉の方から、足音が聞こえてきた。

 振り返れば、ララが立っていた。

 メリーアンは思わずびくりとと震えてしまう。

 ユリウスとは話せるようになったが、やはりララは苦手だった。


(この人、なんだか不気味なのよね……)


 話が通じないというか、なんというか。

 メリーアンが警戒していると、予想通りララがこちらへやってきた。


「二人きりで、何をしていたの?」


「……話し合いだよ」


 ユリウスがそう言うと、ララは少し困ったような顔で、メリーアンを見た。


「それで、メリーアンさんは、ユリウスと別れてくれるのよね?」


「……私が渋っていたんじゃありません。慰謝料のことで、少し手違いがあっただけです」


 メリーアンがはっきりそう言うと、ララは眉を潜めた。


「でもメリーアンさんは、ユリウスと離縁したくないんでしょう? だから本当は、渋っていたんじゃないの?」


「……はぁ」


(……なんだろう、なんかこの人、少し変わった?)


 話が通じないのは相変わらずなのだが……上手く言えないが、以前まであった圧倒的な自信が消えてしまったように感じる

 しばらくララを観察していたが、メリーアンはふと気づいた。


(不安そう、なんだわ)


 以前までは、自分がすることを、そして周りを信じてやまないようだったのに。今はどこか、ユリウスも信頼しきれていないような、そんな雰囲気があった。


(そうだわ、いつも一緒にいたあの侍女がいないんだ)


 ローザとか言ったか。

 いつもべったりひっついていたと言うのに、どこへ行ってしまったと言うのだろう。


「あと、領民たちに言って、私への嫌がらせもやめさせて欲しいの」


「嫌がらせって……なんですか?」


「だってメリーアンさんが命じてるから、あの人たちは私を敬わないんでしょう?」


「……?」


 メリーアンは首を傾げた。


「なんの話? 私、何も言ってませんけど」


「嘘よ。だってじゃあ、なんでみんなララに怒っているの? 仲良くしてくれないの?」


「……?」


 それは……よくわからない。

 

「あなたが何もしない限りは、領民たちも怒ったりしないと思います。彼らは善良な人たちですよ、とても」


 ララとメリーアンの間に気まずい沈黙が落ちた。

 ララは明らかに不機嫌だ。

 もうこれ以上ここにはいたくないと思ったところで、ガタリと音がした。

 見ればエドワードが立ち上がっていた。

 だが、エドワードがやってくる前に、ユリウスがメリーアンの前に出た。


「ララ、その話はもう解決したんだ。領民たちが怒っているのはね、メリーアンのせいじゃない。僕らのせいなんだよ」


「……私たちの、せい?」


 ララは理解できない、というように眉を寄せた。


「それはおかしいわ。だって私はみんなを助けた聖女じゃない。私に感謝こそすれど、無視したり敬意を払わないなんて、変よ」


「もちろんそうだけど……これは物語じゃない。これからも、人生は続いていくんだ。結婚はたったひとつの通過点に過ぎないよ。君の振る舞いがふさわしくないのなら、人々は反発するに決まっている」


「私の、何がいけないの? みんなが私に尽くさない方がおかしいわ?」


「……はあ」


 ユリウスのため息。

 聞いているこっちまで、頭がクラクラしてくる。


(ユリウスは、もしかして──)


 気付きたくないことに気づいてしまった。

 ララに愛情はあるのか。

 ……微妙なところだ。


「ごめん! お金のことはまた連絡する。僕らはもう帰ることにするよ」


「……分かった。気をつけて」


 これ以上ここで話していても、埒が明かないと思ったのだろう。

 ユリウスはララを連れて、足早に神殿を去った。

 ふとメリーアンは気になって、その背中に声をかけた。


「ねえ、いつも連れているあのローザとかいう侍女はどうしたの?」


 ララとユリウスが振り返った。

 ララの顔には、不愉快そうな表情が浮かんでいる。


「ローザはやめたよ。王宮に帰った。どうしてかわからないけれど、ある日あっさりやめてしまった」


「……え?」


(それって……)


 それだけ言うと、二人は神殿から去っていった。

 彼に最後にかけるべき言葉はなんだったのだろうかと、メリーアンはぼんやり思ったのだった。

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