ミルテアの怒り

 甘い香りがキッチンいっぱいに広がる。

 焼き上がったパウンドケーキを見て、メリーアンは満足げに頷いた。


「私、いつも火加減が強すぎたのね。もう同じ轍は踏まないわよ」


 焼きたてのパウンドケーキに、そっとナイフを入れる。

 はらりと一切れ倒れたパウンドケーキには、チョコレートの綺麗なマーブル模様が入っていた。


「ルルルの好きなものはパウンドケーキ。パブの好きなものは、チョコレート」


 単純な話だ。

 だからマグノリアは、二人を同時に呼び出すときはマーブルパウンドケーキを持っていったのだろう。


 その出来に満足していると、扉からひょこっとミルテアが顔を出した。


「ふわぁ、いい匂いですね」


「パウンドケーキを焼いたの。ちょっと味見してみる?」


「いいんですか?」


「もちろん」


 二人でパウンドケーキを味見する。

 もきゅもきゅとパウンドケーキを頬張っていたミルテアの顔が、輝いた。


「すごく美味しいですっ! メリーアンさん、お菓子作りが上手になったんですね!」


「火加減を覚えたのよ。もう消し炭になんかしないわ」


 ふふ、とメリーアンは少し得意げに笑う。

 苦手だと思っていたことも、案外練習が足りなかっただけだったりするのかもしれない。しばらく二人でパウンドケーキを食べていると、ミルテアがなぜかモジモジとし始めた。


「? どうかしたの?」


「あの……私、メリーアンさんに謝りたいことがあって」


「?」


 先を促すと、ミルテアはパッと頭を下げた。


「ごめんなさい。実は午前中、メリーアンさんと、その……婚約者さんの話、祭壇の裏を掃除しているときに、聞いてしまったんです」


 メリーアンもたまに掃除を手伝うので、祭壇の裏が倉庫のような空間になっているのは知っていた。

 メリーアンは肩をすくめた。


「顔を上げて、ミルテア。聞かれたって構わないわ。別に誰に秘密にしているわけでもないし」


 ミルテアは顔を上げると、気まずそうに謝罪した。


「なんだか込み入った話を聞いちゃって……私、メリーアンさんの私情に結構首を突っ込んじゃった気がして、申し訳ないなって。でも……」


「? でも?」


「あの人、最低ですね!」


 頬をパンパンに膨らませるミルテアに、思わずメリーアンは苦笑してしまった。


「でしょ? なかなかのクズよ、私の婚約者だった人は」


「……それでメリーアンさんがずっと落ち込んでいたのかと思うと、なんだか腹が立ってきちゃって」


 本気で怒っているミルテアに、メリーアンはなぜか心がじんわりとあたたかくなった。


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