ありふれた浮気②
この領地がいつまで持つのか。
持たせることができるのか。
日々メリーアンに支えられつつも、プレッシャーに悩むユリウスに、ついにその時がやってきた。
ミアズマの核を浄化させることができる存在──〝聖女〟が現れたというのだ。
願ってもない朗報に、国中が沸いた。
数十年ぶりに、聖女の器たるその人物が現れたのだ。
国はすぐに浄化作戦を開始し、ユリウスもまた、その作戦に組み込まれることになった。もちろん否とは言わなかった。何よりも、ユリウスが一番待ち望んでいたことだったのだから。
*
「初めまして。ララと言います」
そう言って深くお辞儀をする護衛対象は、あまりにも美しく、清らかで、男たちの心を一瞬で奪い去っていった。
ああ彼女はリルレナ神そのものだ、と呟く声がする。
あっという間に近衛たちは聖女ララの虜になっていた。
しかし聖女の近衛兼話し相手となったユリウスは、尊敬こそすれ、周りの男たちと同じように、聖女に入れ込むことはなかった。
もちろんララのことをとても魅力的だと感じていたのは嘘ではないいが、ユリウスには、メリーアンがいた。領地で待っている人々がいた。何よりこの任務だ。絶対に成功させて、ミアズマをこの地から浄化させなければならない。
その責任の重さを考えていると、とてもじゃないが、聖女に骨抜きにされている心の余裕など、なかったのである。
しかし、ユリウスとララの心を近づける出来事が起こった。
初めのミアズマランド浄化の際、浄化は成功したものの、ララは疲労や恐怖で大きく体調を崩してしまったのだ。
何も言わず、次の浄化予定地へ向かうララが、ただただ、哀れだった。
十七歳、メリーアンと同じ歳だ。
慎重に行程を組まれ、厳重に守られているとはいえ、今まで平和な農村で暮らしてきた娘だ。魔獣など、見るだけでもおぞましいだろう。
疲弊する彼女を少しでも元気づけようと、ユリウスはあえて陽気に振る舞った。彼女にたくさんの面白い話を聞かせ、その恐怖を少しでも薄めてやろうと、なんとか自分も毎日笑顔を浮かべた。
近衛たちでさえ、ミアズマランドの恐怖に心を潰されそうになっていたときだ。ユリウスの領地で鍛えられた陽気さは、全員の士気を向上させた。
その甲斐あってか、ララにも笑顔が戻ってきた。
ユリウスはそれが、嬉しくてたまらなかったのだった。
ユリウスはただ、彼女を元気づけたいだけだった。
ある時、ユリウスはララに聞かれた。
「騎士様は、どうしてこんな状況であっても、明るく振る舞うことができるんですか?」
「俺の領地では、毎年多くの人々が死にます。泣いても、笑っても、どんなふうに生きても死ぬときは死にます。だったら、とことん楽しく生きてやろうって、みんな言うんです。クロムウェル領民はみんなね」
すると、ララはしばらく考えて、微笑んだ。
「あなたはその笑顔の裏に、たくさんの涙を飲んできたんですね」
「……」
──ほんの少し、ユリウスがララに心を開いた瞬間だった。
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