今できることを
「……博物館であんたに最初に言ったこと、覚えてるか?」
しばらく黙って話を聞いていたエドワードが、そう言った。
「……好きも嫌いもない。あるものを、あるがままに展示する。そして人は歴史を受け入れるだけだ……って」
初めて言葉を交わした日のことを、メリーアンもよく覚えていた。
「ああ、そうだ。俺がそう言ったのは、過度な罪悪感は正しく歴史を見る目を歪めると思ったからだ」
エドワードはそう言って、窓の外を見た。
燃え上がるような夕日が、静かに沈んでいく。
「二百年前のアストリア人は、確かに妖精を虐殺した。俺たちに直接的な罪はないが、祖先が罪を犯したということには変わりない」
罪は、犯した人のものだ。
たとえその血が流れていようとも、今のメリーアンにはなんの罪もない。
どうしようもできないことなのだ。
「だから、今あんたがひどく後悔したって仕方ねぇよ。そこで立ち止まってても意味なんかない」
エドワードはメリーアンを見てはっきりと言った。
「悔やむことだけが、妖精たちにできることじゃない。今やるべきことをやるんだ」
「やるべきこと……」
「同じ過ちを繰り返さないようにすることが、今アストリアにできることだ。だからあの博物館はある」
メリーアンは思い浮かべた。
都合の悪い事実でも全て開示し、展示するオリエスタ魔法史博物館を。
「……妖精との戦争は、歴史という大きな流れの中で起こった出来事の一つでしかない。人が行き着くその未来を少しでも良くするために。繰り返さないように、情報を歪めてしまわないように、正しく伝えることが博物館の役割だ。そしてそれを守ることが、俺たちの役割だ」
エドワードはメリーアンよりもずっと、自分のやるべきことを理解していた。
メリーアンは少し心が軽くなったような気がした。
(……エドワードの言うとおりよ。ここで立ち止まっていたって、意味なんかない)
カップをぎゅっと握る。
「それに、アストリアも捨てたもんじゃないぜ、メリーアン」
「え?」
「人同士の戦争は、勝った国が全てだ。たとえば残酷な兵器を使用して国民を虐殺しても、勝てばそれさえ肯定される。戦争を終わらせるためには仕方がなかったのだと」
肯定、とまではいかないかもしれないが、「仕方がなかったんだ」でまとめられてしまうことは、よくあることなのかもしれない。
「ありとあらゆる情報が歪められ、国民の認知が歪む。明らかにこちらからの侵攻なのに、いろんな理由をつけて相手国のせいにしたりな。情報を有耶無耶にすることなんて、いくらでもできる。だがアストリアはその過ちを今日まで正しく伝えてきた。あんたが読んだその本が証拠だ」
「……」
メリーアンは机に置いてあった本に視線を落とした。
最初から最後まで、人間を庇うような言葉は書かれていなかった。
淡々と述べられた事実だったからこそ、メリーアンはショックを受けてしまったのだろう。
「二百年もありゃあ、戦争の原因はいくらでも妖精のせいにできただろうよ」
でも、そうはならなかった。
都合の悪い事実に耳を塞がず、自分たちの過ちを正しく伝えてきた。
それはアストリア人が、深く後悔しているからだ。
(……エドワードの言いたいこと、よく分かったわ)
──また彼に助けてもらった。
「……ありがとう、エドワード」
言葉はそれだけで十分だった。
彼は頷くと、少し涙ぐんでいたメリーアンから視線を逸らすように、窓の外を視線をやった。
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