複雑な想い

「……アン、メリーアン、おい、大丈夫か?」


「……」


 誰かに肩を揺さぶられて、メリーアンは目を覚ました。

 どうやら図書館の机に突っ伏して、眠っていたらしい。

 ここに来たときはお昼だったのに、もうすっかり日が暮れている。

 夕方の光が、優しくメリーアンの頬を照らしていた。


 泣いていたせいだろうか。

 目が赤く腫れて、ヒリヒリしていた。

 滲んだ視界で振り返れば、エドワードが立っていた。


「……ごめんなさい。調べ物をしていたら、いつの間にか居眠りしてたみたい」


「……」


 エドワードは何かを言いそうになって、それから口を閉じた。しばらくして、ぽつりとメリーアンに問う。


「……大丈夫か?」


「……」


 いつもだったら、きっとメリーアンはうん、と頷いていたかもしれない。

 けれどメリーアンは、なんて言っていいか分からなくなってしまった。

 それはメリーアンがあまりにもショックを受けていたからかもしれないし、あるいは、少し……ほんの少しだけ、エドワードを頼りたいと、甘えたいと思ったからなのかもしれない。だって、いつも大変な時に助けてくれたのは、エドワードだったのだから。


(私……?)


 エドワードに対する気持ちが少し変化しているような気がして、メリーアンは自分でも戸惑ってしまった。


「……部屋に行こう。なんか美味いやつ、淹れてやる」


 エドワードが右手を差し出した。

 メリーアンは戸惑ったように頷いて、彼の手をとった。


     *


「美味いやつって言ったじゃない!」


 とんでもなく苦いコーヒーを飲まされたメリーアンは、先程のまでの落ち込みが一気に吹き飛んで、思わず叫んでいた。


「は? 普通のコーヒーだろ。〝美味いやつ〟だろうが」


「全然違うわよエドワード。あなたどんな舌をしてるの……」


 エドワードの使用している職員室。

 部屋でぼけっとしていたメリーアンは、エドワードの淹れてくれたコーヒーを飲んで、その衝撃に驚いていた。


「ミルク! ミルク貸して!」


「はいはい」


 コーヒーにミルクを足すと、ようやく飲める味になった。

 そのことにホッとしていると、エドワードがなぜかニヤニヤ笑っていた。


「……何よ?」


「いや? 元気になってよかったと思っただけさ。あ、別にそれ、俺が普段飲んでるやつだからな」


「……」


 メリーアンは呆れるような、それでも胸があたたかくなるような、不思議な気持ちになった。

 

「あんた、そうやって元気にしている方がいいよ。絶対に、いい」


「……どうもありがとう、エドワード」


 エドワードは、メリーアンが泣いていたことに気づいて、わざわざ部屋に連れてきてくれたのだろう。

 少し照れたように微笑むと、彼はなぜか、どきりとしたように一瞬目を見開いた。それから、ふいっと目をそらす。


「エドワード?」


「……なんでもない」


 エドワードは首を横に振ると、改めてメリーアンを見た。

 メリーアンはカップを膝の上に置くと、ぽつりぽつりと、先ほど調べていたものについて、エドワードに語り始めた。


     *


「……私、嫌になるわ。自分がアストリア人であることが」


 語り終えると、メリーアンはどっと疲れてしまった。

 パブとルルルの最期。

 あまりにも、辛くて悲しくて、想像しただけで胸が苦しくなる。


 なんとなくだが、パブの言っていることが分かるような気がした。

 何冊も本を読んだからわかる。二人がどれほど仲が良く、ずっと一緒に過ごしていたのか。でも最期、二人は離れ離れになってしまった。パブは後悔しているのかもしれない。ルルルを一人で行かせてしまったことを。


(私に、何ができるというのだろう)


 ルルルとパブが死んだ原因も、喧嘩の原因も、全て人間のせいなのに。

 二人の間に人間であるメリーアンが入って、一体何になるというのだ?


「……エドワード。私には、できないかもしれないわ」


 直視できない。でもしないといけない歴史。


(私たちは、妖精を虐殺した側……)


 初めて博物館に来た時も、同じことを思った。

 とても嫌な歴史だ。できれば見たくない。自分たちに都合の悪いことには、耳を塞ぎたい。


(私たちの時代のアストリア人がそうしたわけではない)


 でも確かに妖精たちを追いやったのはアストリア人で、メリーアンはその血を受け継いでいた。


(……クイーンや、フェーブルや、ルルルたちは、私のことをどう思っているのかしら)


 どんな顔をして彼女らを慰められるというのだろう……。









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